2.World Error  天野静流さん作

「ほら、今もだよ」


 啓馬が呆れたような声で言った。フォークで人を指すのはマナー違反だろう、というのは突っ込まない。めんどうくさいからだ。



 あれから引きずられるように連れて来られたのは女性の間で有名になったパンケーキ屋だった。入った瞬間にまず視覚には女性だらけなのが分かり、次いで嗅覚を包むのは甘ったるい匂い。


「これは飯じゃなくてデザートって言うんじゃ……」

「おごって貰ってるのにそういうの言いっこ無し無し!」


 男二人で入って良いのかって思うくらい浮いてる……と思ったら、ビジネスマンっぽい男性も一人で席に座っていた。


「ここはランチもやってるからな。男でも入りやすいんだよ」

「なるほど」

「さすがに喫煙席はないんだけどな」

「俺はタバコ吸わないし、どうでもいいな」


 こんな甘い匂いがタバコの臭いで消えるの、もったいないと思うし。さて、俺は店定番のパンケーキで、啓馬が頼んだのは山盛りのワッフルだった。俺のは上にアイスが乗ってて、中々美味そうだ。

 ナイフを入れ、パンケーキの弾力に逆らいながら、口に入れやすい大きさへとカットしていく。ふわりと膨らんだ断面と、さらに増す甘い匂いが食欲をそそった。あつあつのパンケーキに、熔け続けているアイスを掬って口に入れる。温かいと冷たいが口の中で揃うって中々不思議な気がするのに、それが甘さによって調和されていく。絶品だ、さすが名店。



 そんなパンケーキの続きを味わって口の中が甘くなったところで、たぶん甘くはないだろう啓馬の言葉を促す事にした。


「今もって、何が」

「なんかその顔さぁ、自分の作りたい話を考える時の顔じゃないんだよ。テストの問題集でも解く時の顔っていうの?」


 そう言って、啓馬も目の前にあるワッフルの山を切り崩していく。生クリームを少し掬ってから、口の中へと運んだ。途端に「んー!」といかにも「美味いです!」と言わんばかりの声を上げて、真面目な顔してたくせに一気に顔を緩ませた。


「んっま! ほら、ここ美味い店なのにさ、なんでそんな不機嫌そうな顔で食うんだ?」

「ニコニコしながら食べるなんて不気味でしかないだろ」

「別に良いじゃん、誰かと食べてる時くらいは笑っても。美味くないのか?」

「違う、パンケーキは美味い。だが、それを表現するための技術が俺の顔にない。それだけなんだ」

「うーん、ここでも表現とか技術とかの話を出すのかお前……」


 お前らしいけど、と啓馬はワッフルを頬張りつつ苦く笑っていた。しかし表現するための技術、知識、こういうのは重要だ。噛み砕いたり、食べ易くカットしたり、パンケーキだって丸ごと口に含むなんて出来ないように、文章も適切なカットが重要だろう。


「創作なんて実際のところ問題集みたいなもんじゃないか? どうしたら自分が楽しいか、どうしたら相手が楽しいか、どうしたら世間を驚かすことが出来るのか……俺にとって、これは課題みたいなもんなんだ」

「んー……課題か。よし、じゃあ俺からも課題だ! 次はこの人の作品だぞ。文字数は調べて置いたから、見るのは1話から7話までだ。合計すると10488字だな」

「あれ、企画内容って10000字以内じゃなかったか?」

「話のキリが悪いから……まぁ誤差って事で」

「適当過ぎんだろ」


 さて、食後のコーヒーがやってきた。さっき読んでた小説のせいで、一杯頼みたくなったのかもしれない。まぁ、ブラックで飲めないから砂糖二個とミルクも入れる。砂糖が消え、ミルクが混ざりベージュ色になると、俺はスマホを取り出して啓馬の勧めた作品を読み始めた。


 二作品目は天野静流さん作『World Error』だ。



「さて、感想は?」

 再び啓馬が顔を上げた俺へと尋ねて来た。あんだけ甘いワッフルを食べた後だというのに、啓馬が食後に頼んだのはクリームソーダだった。俺からすると信じられない。口の中どうなってんだお前。

 話を戻そう。正直に言えば……あっさりと読み終わった。読了後は「読んでて楽しい」と感じた。


 これはつまり――


「読みやすいな、正直真似したいくらいには。1話目のひっくり返し方も良いと思う」

「おぉ、拓也が褒めた!」

 大袈裟に驚いて見せた啓馬を睨む。わざとらしく視線を逸らされた……この野郎……!

「お前、俺を何だと思ってるんだ」

「仏頂面で愛想が無くて毒舌なだけの男だと思ってたぞ」

 いけしゃあしゃあと言って退けられたんだが、俺なんでこいつ友達なんだったっけ。

「話を戻すけど……気になる点はいくつかあるぞ」

「ありゃ、やっぱ厳しめにもいくのか……」

「いかないと、企画にならないのだろ」


 そりゃあ俺だって出来たらオブラートに包みたいし、そもそも揉めるような事を言いたくないんだが、なるだけ伝えやすいように、なおかつ傷つけないようにって難しいんだよなぁ。しかし期待して貰ってるかもしれない以上、やるしかない。


「まず、1話1話が短いと思ったかな。2000字いかないのはちょっとなぁ」

 俺が切り出すと啓馬は途端に「えぇ?」と素っ頓狂な声を上げた。

「そりゃさすがに厳し過ぎないか? WEB小説ってこれくらいが主流だぞ? 投稿スピードも重要視されてるし……」


 それは分かる。俺だってスピード重視なのは理解してるし、これは単純に好みの話だ。でも「あえて」の話でもある。


「地の文章が分かり易くてスムーズに読めるのに、いちいち次へ次へって止まる作業がめんどくさくってな……どんでん返し的な要素も細かいペースで出すと一気に読んだら違和感を覚えるとこもあったりするし……」

 しかしこの変は個人の匙加減というのもしっかり分かっていた。


「これは作家の好みだから俺がどうこう言ってもって感じだし。もし商業になってもそこを直せばいいから深く考えなくていいかもしれないけどな。でも俺の場合、自分で投稿する時は最低でも3000字以上は欲しくなる」

「それ単純にお前が活字ジャンキーなだけじゃないのか……?」

「いーや、読み応えを重視したい読者は最低でもこれくらいは欲しいはずだ。俺だけじゃないぞ。絶対そうだ!」

 力説して声がデカくなっていく俺に対して、周りの客(大半が女性だ)が何人かチラ見してきた。啓馬が「まぁまぁ、どうどう、落ち着け」と馬でも落ち着けるかのように俺をなだめてきた。

「でもさぁ」

 啓馬がまじまじと俺を見て来た後で、へらりと笑った。


「お前『自分の文章が見難い! 書き直したい!』ってちょいちょい悶えるくせに、1話が4000字から9000字近くって書いてる方も読んでる方も疲れないか……?」

「ぐっ」

「読者だってサクッと見れる方が良いと思うなぁ、俺。読み難い文章って自覚してるお前の場合ならなおさら駄目だろ」

「うぐぐぐっ……!」

 それは俺も反論しようがない。確かに読み難い文章をだらだらと見せてる自覚はあるので、近い内にリライトしたいし、正直俺だって見やすくしたいんだ。でも書きたい部分も沢山あって、区切る部分がよく分からなくて、それで、それで……!


「区切ったとしても俺がその状態に納得いかないんだよ……っ!」

「難儀な性格してんな……」


 啓馬はまた笑い半分、呆れ半分といった様子で悶える俺を見ていた。そして、クリームソーダのアイスを崩しながら話し出す。


「でも逆を言えば、この人は短い文章で要点を押さえてて伝わり易く、なおかつ地の文章がしっかりしてるって事だな?」

「そうだな、正直2000字未満の1話目で読者を引き込めるのは凄いと思うぞ。だけど……うーん」

「まだなんかあんの?」


 6話目を読み直したり、他の話を見返したりしながら、俺は少し考えこんだところがある。


「最初の1話目は確かにどんでん返しがあってスピード感があるけど、そこからがちょっと遅く感じた……かもしれない」

「かもしれないって?」

「上手く言えるか分からないが……もう一騒動あってもよかったかもな。頭脳戦メインみたいだから作品の色とは合わないかもしれないけど……一応、主人公が特殊な能力を持ってたのは最初の方で分かるけど、出て来るのは6話だったし」

「うーん、普段からバトル物が中心のお前的にはちょっと物足りないって感じか」

「でもさっき言った通り、地の文章がしっかりしてて読み易かったし、これはそこまで気にする必要がないとも思うんだよなぁ」

「なんか自信なさげだなぁ」


 そうは言われたものの、正直俺より地の文章がしっかりしてる上にサクサク読ませられるスピードと設定にあんまり言う事はない訳で。


「俺よりしっかりしてる人の小説にそこまで強く言えるかっての。後、自分の反省点でもあるからこう思うんだよ。展開スピードって難しいし……漫画だと説明しなくていいことは小説だと説明が要るし」

「じゃあさ、設定とかは?」

「俺は好きな方だな、異能力系。でもさっきも言ったけど、異能力系だったら動かしながらの説明が良いのかなーとも思うし、最初に物凄い能力の女の子が出てきて飛行機をどうにかする部分、で、次は弾丸を受け止めてるからスケールダウンっぽく見えるかもな。特殊な弾丸だったとしても、序盤はそれの何がすごいのかよく分からないからなぁ……もっと先を読めば、色々と分かるかもしれないけど上限が10000字だとどうしてもこういう感想になるな」

「でもキャラクターの設定とか、紹介の仕方が上手くて分かり易いよなー。1話目のどんでん返しがやっぱりすごいし」

「それはヒロインと主人公の関係性も気になるような書き方だし、これから読み進めれば色々と分かるんじゃないかって期待は持たせてくれるな」


 そこまで語って、俺は大きく溜息が出てしまった。今更だが、俺みたいな奴が感想送るとか中々キツイ。

「どした?」

「あー……嫌だ……これが本人に見られる訳だろ? 滅茶苦茶嫌だ……」

「大丈夫だって、感想見た人が、これが原因でお前の事を掲示板でボロクソ書いたとしても元からデビューもしてないし、社会的な地位が何もないお前のダメージはゼロだよ」

「啓馬……」


――紛れもなく全部事実だけど、そこまで言う必要があるか?


「……友達止めていいか?」

「ごめんごめん。でもお前の場合、ちょっと心配し過ぎなんだよ」

「いやさっきの言葉は心配し過ぎとかそういう話じゃない……」

「悪かったって! ほら、追加のデザート頼んでいいから」

「いらん……」


 本当になんでこいつと友達なのか、俺も未だに分からない。

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