鵯越え

@SyakujiiOusin

第1話

                鵯越え


                                百神井応身


 綿のように短い繊維を縒って糸にするのを紡ぐといい、麻や生糸のように長い繊維を縒って糸にするのを績む(うむ)という。

 諏訪湖を発し、伊那谷を削って浜松で太平洋に流れ込む213キロメートルに及ぶ川を天竜川と呼ぶ。その両岸に形成された平野部は、河岸段丘と呼ばれる地形をなしている。

 流域一帯の山野は、そこかしこに桜の花が咲き乱れて薄桃色の霞に覆われた如く霞み、柔らかな光の中に時折強く差し込む陽光が、緩やかにあたりを揺らしていた。春爛漫であった。


 このあたり一帯は、古くは麻績の里(おみのさと)と呼ばれ、縄文時代の昔から開けていたので、竪穴式住居跡が遺跡として多数残り、土器や石器、黒曜石の矢尻などの出土も数多く、小規模な円墳や前方後円墳なども散在している。

 この地に、あまりに古くて祀られている神様の神名も定かではなく、神職が不在となって久しいのだけれど、村人たちが護り伝えている麻績神社というのがある。

 それは天竜川が為したという広大な河岸段丘の中段に位置し、田園地帯となっている河岸から一段上った山腹の中段に苔むした水垣に囲まれて鎮座している。

その社殿に至る石段の手前には、信州最古の学校校舎である旧座光寺麻績小学校校舎( 長野県指定文化財)があり、その脇には樹齢約350年余といわれる麻績の里 舞台桜(飯田市指定文化財)の古木が植わっている。

胸高周囲約4m、樹高約12mの古木で、開花時の美しさで広く知られている枝垂れ桜である。特徴的なのは、一花に5枚から10枚という不安定な花弁の数で咲くことである。このような変異の桜はほかに類例がなく、半八重枝垂れ桜とも呼ばれている。

 麻績神社の裏手の山を登ると、山頂近くに座光寺南本城.別名上野城とも呼ばれる座光寺氏によって築城された山城跡がある。城は残っていなくて、縄張り跡が残るのみであり、築城時期は定かではない。

 麻績神社と南本城の中間あたりに少し開けたところがあって、そこに蚕養神社(こがいじんじゃ)というのがあったが、養蚕が廃れるに従い蚕養神社も朽ち果てた。

 段丘の上の段も開けてはいるが、そこに至るには南本城の下を流れる沢に沿った稲荷坂と呼ばれる道を使う。比較的なだらかなのであるが、山道であることに変わりはない。

山城跡を経由して上段の集落に至る道は険しいこともさることながら、道らしい道は残っていないから、そこを通る者は殆どいない。

翔馬は小学校の帰りにその道を通ることがある。低学年だったころに父に教えられた懐かしい道であり、一人になりたいときは、木々の間を潜り抜けながら花の香りに包まれることが楽しみであった。学校が半日だったこともあってまだ明るいので、久しぶりにその道で帰ることにした。

蚕養神社の跡地に差し掛かった時、そこに可愛らしい少女が薄縁を敷いた上に座り、摘み集めたタンポポの花で花輪を編んでいるのを見かけた。見たことのない少女であったが、村から都会に移り住んだ親が帰郷したのについてきた子であろうと単純に理解した。

傍らを通り過ぎるときに、知らない子相手ではあったが、それでも「こんにちは」と声をかけた。少女は小首を傾けて微笑み「こんにちは」と挨拶を返した。笑顔に親しみを感じて、翔馬は足を止め、少女と話をしたくなった。

「君の膝の上にいるのは、君のペットなの?」と尋ねると「珍しいわね。見える人は滅多にいないのだけど、あなたにはこれが見えるの?」と聞き返された。「見えるけれど、それは初めて見るから、何なのかはわからない。」「そ~お、これは龍の赤ちゃんなの。あなたはこれに触ることができるかしら?気に入られないと咬まれるのよ。」「触ってもいいの?」と聞きながら頭と思われるあたりを撫でた。それはおとなしくしていた。

「あなたは気に入られたのだわ。この先はこの子があなたを守ってくれることになるわ。もう誰からも虐められることはなくなるわ。」と、不思議なことを口にした。

「そうなの?僕はどちらかと言えばいじめられっ子だから助かるけれど、イジメられることは大して苦にしていないんだ。母に教えられたことを守ることにしているからね。」

母が言うことはこうなんだ。「人は生まれてくるときに果たさねばならないお役目を背負ってくるものなの。それは決して楽にできるものばかりではないけれど、乗り越えられないほどの苦難ではないわ。努力と時間は必要だけれど、それをしないと次に生まれ変わった時に最初からやりなおすことになるの。どんなお役目かが最初から判っていればいいんだけれど、それは何なのかを探すところから始まるの。誰もが手探り状態だから、自分では見つけるのが適わないことを、無意識のうちに他人に絡むことで知ろうとするのだけれど、それが虐めという形に見られることが多いの。あなたにはそれを受け止めてあげる器があるわ。そこはお互い様なのだと考えないと、人ではいられなくなるの。助けを求めて寄ってくる子を手助けしてあげることができたら素敵でしょ?魂が幼過ぎて虐めることしかできない子は、気の毒だけど来世まで待ってもらうしかないの。そういう見極めは自然にできるようになるわ。世の中のことを目先の損得だけで考えるのでなければ、見えてくるものなの。」

ある意味で厳しい教えであった。親が関知しないで、判断を子供に全て任せると言っているということである。しかし、それは何万年ものあいだ繰り返されてきたことである。人は他の命を犠牲にしなければ生き延びられないが、それだからこそ体の中に取り込んだ命を生かしきらなければならないのだという教えであり、前著「夏風越の」で、薄田数馬たちの仲間たちと身命を賭した経験を持つ琴音にして言える言葉でもあった。

人間にはわからないだけのことで、神の意志としか言いようのない世界というのはある。現代人は普段感じ取れなくなってしまっているが、幽かに残る原体験が心の底に神仏を祀る行事として残っているのもそれである。それは連綿として続いている。

霊(いきりょう、しょうりょう、せいれい、いきすだま)とは、生きている人間の霊魂が体外に出て自由に動き回るといわれているもの。人間の霊(魂)は自由に体から抜け出すという事象は古来より人々の間で信じられており、多くの生霊の話が古い文学作品や伝承資料に残されている。広辞苑によれば、生霊は生きている人の怨霊で祟りをするものとされているが、実際には怨み以外の理由で他者に憑く話もあり、死の間際の人間の霊が生霊となって動き回ったり、親しい者に逢いに行ったりするといった事例も見られる。

一般的に守護霊といわれている存在は、善霊に分類される。守護霊は、幽界という領域からであったり、人間界とは全く異なる天上界からであったり、霊界から来ているといわれている。守護霊は先祖霊がなることが多いと思われているが、恩師や友人、尊敬している人物であることもあるのだともいう。守護霊が多くついている人間は、その善なる影響を受けるため、この世で非常に活躍することができるとされているが、科学的でないとして信じない人の方が多い。しかし、科学が何でも証明できるというわけではない。

人は、動物にしろ植物にしろ、他の命を身内に取り込まずに生きることはできないのに、生きることを許される理由というのは、人類がこの世界に生まれて何万年も経つが解明できないままである。

倫理や宗教や道徳をもって解き明かそうと試みても確かなことは判らないし、その理由の糸口にさえたどり着いていない。それだけに、日ごろの言動は少なくとも偽悪的であるよりは偽善の方がまだ許されて然るべきなのだと思える。

善霊の働きが無ければ、人間は悪霊にそそのかされて、人としての常識とされる段階にまで培われた道すら踏み外す。人間はもともと自我心があるから、何らかの判断基準を生まれながらに持っている。それにより、善霊は悪霊からの悪影響を防ぎ、人間を正しい道へ導く役割があるということらしいのであるが、悩ましいのは、何が善で何が悪なのかが誰にも解らないことである。

 必要以上の殺生を犯さないようにしようとすることになってきたのは、自然に広まってきた感情であろう。楽しみの為だけに狩猟などをして、他の命を奪うだけで終えるのは避けられるようになったが、生き物を飼育するというのは、命というものに触れる機会ではある。

 天竜川に近いところで育った子は、魚を捕るのが上手い。休み時間に学校の前を流れる小川の泥を掬って泥鰌を捕まえ、水槽で飼う。

段丘の上段で育った子は山に近いから、クワガタムシなどを採るのが上手い。学校帰りに沢沿いの小道に入ったところにある団栗の木が、それを採る翔馬の穴場であった。

カブトムシ・クワガタムシが好む木は、クヌギとコナラ。どちらも縦に深い溝が入った樹皮と、縦長でふちがギザギザした葉っぱが特徴なので、探せばすぐに見つけられる。クヌギもコナラもドングリがなる樹なので、秋になって根元にドングリが落ちていたら間違いない。その場所を覚えておけばよい。 コナラのドングリは楕円形で帽子をかぶった典型的なドングリの形、クヌギのドングリは丸っこく、トゲトゲした帽子をかぶっている。ドングリの実を拾って真ん中に軸をつければ独楽が簡単に作れて玩具になる。

カブトムシを採るには、それらは枝にしがみ付いているから、無理やり引きはがそうとすると爪が欠けて弱ってしまう場合があるので、お尻を優しく突ついてみる。昆虫はお尻が急所なので、さわると驚いて足の力を弱めるから、その隙に木からはがしとる。木の幹を足でドンと蹴飛ばすことで、幹の上の方にいるクワガタムシが驚いて地上に落下するのを拾い上げるという方法もある。遊びの延長で身についた知恵であり、学問として学んだわけではない。

鍬形虫は、コウチュウ目・クワガタムシ科に属する「大きな顎」を持つ昆虫のことである。世界では約1500種類が知られていて、最大の種類は体長120mmに達する。

捕まえてきてそれが目の前にいれば、興味を抱いてそれらの生態を調べる子が出てくる。人気のある種類はノコギリクワガタであり、それを何故か義経と呼んだ。次に人気なのはミヤマクワガタであり、背中の形から背板と呼びならわされていた。

クワガタムシの成虫は比較的飼育しやすいので、古くからペットとしての扱いが一般化していて、教室の後ろに虫かごを置いてみんなで世話をしていた。

校庭の横には花壇もあるから、そこには思い思いの種を蒔いて花を咲かせるのを好む子がいて、春の水仙から始まり、百日草、千日草、朝顔、向日葵、菊と、次々に育った。授業以外に身につくものが多かったのである。

クラスで女子に人気のある子というのがいる。容貌が好もしいというのもさることながら、普段の言行が影響するのであるが、優しそうな外見が人気の基であると考えてしまう者が多い。優しい子は一見弱弱しく見えるから、与しやすしと侮る。それが自分より人気があるとなると我慢できず、目の敵にして虐めの対象にする。翔馬がクワガタムシを沢山採ってくることで人気を得ていると勘違いした沢田高夫は、自分だってそんなことはできると言って数人で山道に入った。そこはスズメバチが巣を作っている近くであり、大声で騒ぐ彼らは蜂の攻撃目標となった。蜂は振り払えば益々興奮して攻撃のために集まる。黒い服装をしていたら格好の目標になることは常識である。羽音に気づいて蜂を見かけたら姿勢を低くして、そっと遠ざかるしかない。それをしなかったから、一気に襲われた。一緒にいた子が這う這うの体で逃げ帰り、教室に残っていた翔馬に助けを求めた。翔馬は近くにいた子に保健室の先生に知らせるように告げ、現場に向かった。

スズメバチが追いかけてくる距離は種により違うが、概ね10m~50m程度である。刺された子は地上に蹲って動けなくなっており、頭上には蜂がまだ恐ろしい羽音をたてて飛び交っていた。翔馬は屈んで高夫に近寄り、引きずるようにしてその場から遠ざかると、おんぶして教室まで戻った。

急いで傷口を流水で洗い流し、手で刺された跡から毒液を絞り出すように両手を使った。水で洗うことは毒を薄める効果と傷口を冷やす効果が期待できる。保健室の先生は患部に虫刺されの薬(抗ヒスタミン軟膏)を塗った。後は、医者の仕事になる。気を付けないとアレルギー性のショック死を起こすことがあるからである。幸い、大事には至らなかったが、その高夫は、以後助けてくれた翔馬に心酔するようになった。何しろ蜂に刺された痛みと恐怖は強烈だった。あの恐ろしい場所に足を踏み入れる勇気が自分にはないと判っていた。

中学校時代はあっというまに過ぎ、高校への進学を控える年となっていた。高夫は翔馬の進む学校に自分も進学し、そこで翔馬を守ることで役立つことがあるのではないかと考えるようになっていた。高夫が知らないだけのことで、翔馬が実はとんでもない武道の実力者だから、そんな心配は不要なのであった。翔馬が思っていることは、個人の身体的能力を使うことで争うことを極力避けるという一点であった。そんな小事に関わることは、母に対しても顔向けできないことになると、幼い時から身に浸みて知っていた。母は姉と慕っていた真央を目の前で亡くした。それも自分を庇って身代わりになってくれたのである。母はその真央姉が思い出だけではなく、体の中で一緒に生きているのだと信じている節がある。死後の世界があるかどうかということになると、それを見た人が戻って証明したことがないからはっきりしないが、エネルギー不滅の原則は真理であろうから、明確に否定できない。死後の世界があり、現世に転生することがあるとの考え方ができれば、現世に生きる人たちの身の処し方は変わるかも知れない。

滅多に人目に触れることはないが、山野には毒蛇というのがいる。日本で毒蛇といえば、マムシ、ヤマカガシ、ハブの3種のみであり、ハブは沖縄に存在するヘビであるから、普通に毒蛇として恐れられるのはマムシであるが、知られていないだけのことでヤマカガシはマムシより強い毒を持っている。咬まれてもすぐには腫れない特徴がある。蠍というのもいる。いずれも、表面にはあまり出てこないので、問題視されることは少ない。そういう性質を持つ人間も、普段は隠れている。

蛇蝎のように嫌われるという表現があるが、スズメバチもマムシもサソリも害だけが有って有用な働きがないわけではない。他人の言うことに耳を貸し、自分にとって大切だと思えたら取り込むことができる幅をもたないと、社会に溶け込んでの働きができるようにはならない。人格が形成されるにつれて、他人の意見を聞くことができなくなるが、この世のことだけでも解らないことが多いのだから、育つ過程では柔軟性を失わせないというのが、母である琴音の考え方であった。

琴音には、三千世界いつでもどこでも誰にでも通用する正義というのがあるとは思えなくなっていた。若いころは破滅を防ぐ為に仲間と力を合わせたが、それにより理不尽にも真央を失った。自分たちには判らないが、宇宙的には人智を越える理由があったのかも知れないと思うしかない。

人はどうしても五感に関連する肉体的な快感を誰もが求めがちである。その先に意識の世界があるのだが、そこは全てが混じり合っている世界で、感じることはできても名前すらついていないから、どう判断してよいやら思考が組み立てられない。名前がつけられることで実体化する波動の世界であり、そこに至らないと、人は苦難から抜け出る道をみつけられないのだと感じさせられていた。そこへは自らが進み入らなければならないから、人に教える言葉というのはまだ判らないままでいる。自分だと思っているものが自分ですらない。

目に見えるものが全てではない。人間の知識が全てを解明しているわけではないから、畏まるということを疎かにしていると、今生の修業は行き届かないということかも知れない。

魑魅魍魎とは、山の怪物や川の怪物であり、人間に害悪を齎すとされる様々な化け物・妖怪変化の類のことである。魑魅は山の怪、魍魎は川の怪であるという。また、百鬼夜行とは、日本の説話などに登場する深夜に徘徊をする鬼や妖怪の群れ、及び彼らの行進である。それらは縁をえれば浮かび上がってくるが、現在は影を潜めていて人の口に上ることはないけれど、無いのだと決めつけることはできない。解らないのである。

それらは、自らに力があってもその境遇から自ら抜け出すことができず、似たような境遇にある人間に憑依することで救われようとしているのかも知れない。自分で乗り越えねばならないのだと気づくには、強い指導者が必要となるのかもしれない。

朱に交われば赤くなるとか、類は類をもって集まるとか言われて、悪事に傾く者たちが群れることがあるが、逆の場合があるのも事実である。武道であれ芸事であれ職人技であれ、高みを極めようと努力を重ねてある領域に達すると、人格まで磨かれてしまっているということがある。その段階にある人たちは、携わっていることに違いがあっても、会った途端瞬時に理解しあえる。人というのは本来そうできている。

何の目的が負わされてこの世に生まれたのかに気づける人は少ない。精々が百年でいずれ死ぬのに、なにをしたらいいのかは解らずじまいで終えて忘れ去られるのが普通である。好きなことに巡り合えてそれに打ち込めることができたら幸せなことかも知れないが、そうでなくては適わぬということでもあるまい。他人様の役に立たねば生きている甲斐がないと構えることも違うのではないかと思うのだと母は言う。自然にできることの中に気づきがあって、それに従うのが良いのだと経験上から話してくれるのみであった。

自分を信じ努力することは大切であるが、それで得られたものが全てではない。自分以外の大きな力が複雑に作用しあうのである。例えば、日本は大戦での敗戦を経験したが、掲げた理想が如何に高かろうと、時とバランスというものを無視はできない。日本は戦争に追い込まれたというが、原因となるものは様々ある。一説には日露戦争の戦後処理を誤ったのだというのがある。ロシアと戦うためには、英国と米国による戦費の支援があった。日本の独力で戦えたわけではない。支援を受けたのであれば、条件があった筈である。勝つには勝ったが継戦能力はなかった。それでも勝ったのだから戦果を求めたのは仕方がない。しかし、それを独り占めしようとする動きに乗りすぎたのではないのか?援助国との利権配分を配慮していたらその後が違っていたかも知れない。そこで欲をかきすぎたことが戦費を援助した国々からの不信感を強めたということはありえよう。独力でできることは少ない。

大国というのは、それまでに培った国力は強大で、それに対抗できる力はまだ整っていなかったのだから、日本の理想を押し進めるのにはまだまだ実力不足であった。ものごとを成すには時宜というのが必要なのである。それまでは実力を蓄えるという判断も不可欠なのである。五族協和を唱えるのは尚早であった。日本国の成り立ちを思えば、目指すのは五色人協和でなければならなかった筈であるが、まだそんな実力は培われていなかった。

素直に耳を澄まして問いかけ続ければ、時に語り掛けてくるものがあり、それが自らを高めてくれる。死んだ方がましだと思うような苦しみの連続の中でも生きなければならないことにも意味がある。健全なる肉体になれるように心がけることもまた大事なのだ。

せかなくとも、自然に進むべき道は解ってくる。それに従ってさしたる成果があがることはなくても、今生はそれで可としないと大切な魂を傷つけるだけになる。この世に生まれ出る確率は極端に低い。それが身近で縁を得るとなれば、数字では表しがたいほど稀有なことになる。

我が国は、豈無國歟(あにくになけむや)という神の計らいで、「よろこびあふれる楽しい国はどこかにないだろうか、」ないのなら創ろうということでできた国なのである。そもそも天地剖判(てんちぼうはん)・開闢(かいびゃく)前は、全てが一つであったのである。それが分れたとなれば、そのおのおのに役割が分担されたのだということになる。争いあわねばならない理由なぞないのに、それが未だ絶えることがない。神がようやく姿を現した最初のころ、働くことを尊び結び付くことの重要性を暗示する名がついた神々がまず挙げられたような神話を持つ国は他に類がない。この国に産まれ出たということは選ばれたのだとしか言いようがないし、今は気づけないでいるだけのことで意味が必ずある。

日本語の「キ」は現在使われている「気」ではなくて「氣」であった。縄文の時代に米作りが始まり、食糧を得るために他と争うことなく氣を合わせて協力して生きていくことがその頃から可能になった。古代より世界中から集まった五色人が住み着いて、多民族で構成されている地であった。食料をめぐって争わずにすむことが、民族主義に走ることよりも平和国家をつくっていく意識の大本に結び付いたということができる。「和をもって尊しとなす」、すなわち禾の代表格である米を中心に、同じ釜の飯を食うことで仲良くできるではないかと考えたということになる。日本語には言霊が宿ると信じられているから、氣という考え方と文字ができた。現在用いられている気という文字では表せない意味がある。米とメでは、現れてくるエネルギーが違う。気という字に簡略化したのだとの説明には妥当性がない。

气部(きぶ)は、漢字を部首により分類したグループの一つである。康熙字典214部首では84番目に置かれる(4画の24番目、辰集の最後)。

气の字は雲気を意味する。わき上がる蒸気や雲気の形に象るという。偏旁の意符としては気体に関することを示す。そこに米が組み合わさったのである。

民族主義に走ることなくまとまりを見せたが、それぞれの民族が信じていた神が時折頭をもたげると、争いの種にはなった。一神教の神は、他の神を認めないからである。同じく、人間の中にも自分が一番の上位にあることを望む者が出ても不思議ないのである。

しかし、それへの制限として寿命というものがある。多くの生物は生殖により子孫を残し終えるとその生は次の世代に移るが、人には老後というのがある。その老後に何を成し何を残すのか?課題は大きい。


沢田高夫は、入学するやいなや早速目をつけられた。組織をつくっている者たちは、自分たちの意に背きそうな者ものに対しては嗅覚が利く。とるにたりないとなれば早々に潰してしまうし、仲間に引き入れることが得だと判断すればそうする。手に余るほどの実力が相手にあるかどうかは見定める期間をおく。強力な集まりの一群を統べるリーダー格の一人が三年生である畑三郎であった。沢田は監視対象となった。沢田はどうやら翔馬と親しいらしい。翔馬には迂闊に手を出せないという情報は、すでに持っていたということになるが、翔馬が自分たちの敵対勢力になるとは彼には思えなかったからでもある。

何故に派閥を作り徒党を組み自分のことだけを通そうとするのかが解らない。そもそもは一つにまとまっていたものが、それぞれの役割を分担して果たすべく分かれて生まれたのだと考えないと、意識が共有されていることが多くあることを理解しがたい。

翔馬は小学校時代に虐めの対象になった経験を持つ。その頃でさえ、腕力を振るえば圧倒的な差で彼らを組み敷くことは可能であったが、争うことなく許容して受け入れる器量を持つことが、いずれ大多数を納得させる力を発揮し、人の世により大きな働きをする場に立てるのだということを幼少時より教えられていた。居るだけで皆が和む雰囲気を持てねば、いざというとき役に立たない。自己を主張するだけで良しとするなら、さしたる者にはなれない。何も頭に立つことが目的ではなく、今生の役目が判るまでは実力を鍛えておくべきだという趣旨からであることを理解していた。母が子に富貴を望んでのことではないということも解っていた。命がけで働いた経験からくる説得力は、多くを語らなくとも伝わっていた。

如何に愛していても、いつ何時別れが訪れるのかは誰にも判らない。真央姉との縁がそうであった。

我が国では全知全能の神というものを日々の暮らしの中での信仰の対象としてはいないし、最初に現れた天御中主の神も一度名前があがっただけである。最高神として祀られているのは天照大神であり、八百万の神と呼ばれる神々が祈りの場に身近な存在としてましまし、その得意分野を分担して人々を護るのであって、絶対神ではない。

1万6千5百年前に縄文文化として開けた国であり、麻も芥子も身近にあったが、本来の働き以外の使い方を人はしなくなった。父母がまだ幼少の頃には、そこかしこの畑で栽培されていたというが、間違った用途に使われるようになって姿を消した。古来からの文化がなくなる流れになったことの一つであろうが、他にも考慮されることなく否定されてしまったものが多い。失えば取り戻せなくなるものというのはある。殊に精神的部分を支えてきた考え方というもののなかにそれらはある。

縄文時代の日本国に住む者は、日本の地がもつ精妙な波動を感じ取ることができ、神羅万象の全てが神に通じているとして生きていた。その精妙な波動を感じ取れる人々は、世界各地から東を目指して集まったから多民族国家であったのである。その精神性の高さをいつの間にか見失った。わずかに祈りの世界でそれが伝わるのみである。

麻は、植物の茎の表皮の内側にある柔繊維、または葉茎などから採取される繊維の総称である。狭義の麻(大麻)は、神道では重要な繊維であり、様々な用途で使われる。

麻は、世界最古の繊維作物とされ、その繊維は縄文時代の遺跡から出土されているが、

注連縄(しめなわ)は、神道における神祭具で、糸の字の象形を成す紙垂(しで)を付けた縄をさしていう。標縄・七五三縄・〆縄とも表記するが、縄は左縒りである。

「社(やしろ)」或いは神域と現世を隔てる結界の役割を持つものとされ、神社の周りあるいは神体を縄で囲い、その中を神域としたり、厄や禍を祓ったりする意味もある。御霊代(みたましろ)・依り代(よりしろ)として神がここに宿る印ともされる。古神道においては、神域はすなわち常世(とこよ)であり、俗世は現実社会を意味する現世(うつしよ)であるとされて、注連縄はこの二つの世界の端境や結界を表し、場所によっては常人が立ち入ることを禁じる印にもなっていた。山の大岩、湧水地(泉水)、巨木、海の岩礁の「奇岩」など、人々が何か偉大なるものと感じるものにも注連縄が張られる。


翔馬は街中で面影に記憶のある美しい少女を見かけた。人混みの中にあって、翔馬以外にはその美しい少女が見えていないかのようであった。少女は、後に続けと翔馬を誘うように先に進んだ。女性の後をつけるなどということは翔馬には考えられないことであったが、見えない糸で引かれるように長閑な丘を歩いていた。この地で生まれ育ったにも拘わらず、見慣れない道であった。ほどなくして築地塀に囲まれた大きな屋敷に行き着き、少女はその中に消えた。翔馬の面前に大きな門が現れ、その前に品の良い年配の女性が翔馬を迎え入れるかのように佇んでいた。淑やかそうに見えて、武術の達人のような雰囲気が伝わってくるのであった。

「姫様がお待ちです。」と言って、来ることが予め決まっていたかのように、挨拶を交わすこともなく、かねてからの知り合いが訪ねてきたかの如く奥座敷に通された。

「前に会っていることを覚えていますか?」と、座るや否や問いかけられた・

「貴方もいろいろ経験して、体は蜂や蛇や蠍の毒には負けぬようになっていると見受けます。あなたの父母たちは八という字を持つものに関わってきましたが、その意味まではわからなかったようです。日本語の持つ語彙数は極めて多く、言葉の多さはそれによって齎される思考の深さや理解力は増します。言葉によって書き残された日本の歴史量は膨大で、それが何を表しているのかは意識をそこに向けても俄かにわかることでもない。日本には文字がなかったなどとまことしやかに言い立てる学者がいるが、日本には記紀以前に古代文字で書かれた古文書が40以上はある。殊に我が国は古代の歴史から目を逸らせるかのような文字の変更がなされ、一貫して真の部分を悟られないような教育が続き、それによって本来伝え育てなければならないことから遠ざかった。日本人が何かに気づくことを恐れての動きがあってのことかも知れないが、その間に世界は乱れを加速させた。古事記や古代文字で残されているのは歴史の秘密であり、他国のように次の王朝に都合よく書き換えられた政治的目的をもったものとは違うのです。

西洋の旧約聖書も、それは宗教書というよりは歴史書。古代から伝わるものは、血脈を正しく伝え続けないと解らなくなることが多いのです。それが残っている民族は数少ないのです。世界を私しようと考える者たちにとっては邪魔な存在とみなされた民族は滅ぼされました。しかし、神の真意を理解できる日本を抹殺することはどうしてもできなかった。神の真意を侵すことは不可能なのです。神代文字やペトログリフや古文書や古事記に封じ込められた秘密が明らかになるときは必ず来ます。人知れず血脈を守り伝えている者たちが世に現れるときがくるということです。貴方たちはそれを守る役目があるのだということにおいおい気づくことでありましょう。

日本の神話には、八岐大蛇だとか八咫鏡だとか八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)だとか八にまつわるものが多い。遅れて渡来した仏教にも八識というのがあります。いずれも難解です。大和言葉というのは五七調の韻を踏みます。その波動が神意に伝わりやすいからです。古事記も万葉仮名で書かれたから、漢字文化圏の者であっても簡単には理解できません。心の奥底に潜む美意識が「朝日に匂う山桜花」というところまで理解した学者はいたけれど、全体像をとらえるまでには至っていません。宇宙は広大無辺なのです。何が求められて人類が生み出されたのかも判らないままでいます。

前置きが長くなりましたが、この先ちょっとした変化が起こるでありましょう。心して見過ごすことのないよう願います。」言い終えると同時に今いた空間は消えて、翔馬が気づいたのは先ほど居た街中であった。

地軸の大変動に耐えて、精妙な波動が太古より残っている地。そこに生きていることに人類としての意味がある。


人は人間性を高めることを求めることだけを目的としているとは限らない。支配欲・権力欲・金銭欲に囚われ、自分だけの利得を確保しようと画策する者だって居る。そういう彼らは自分が矢面にたって動くことよりも、他を使嗾して陰から操り実利だけを得ることに長けている。彼らは自分たちの思惑通りに動く者を見つけるのが巧い。自分が他より頭がいいと思いあがっている者の意識を擽って、彼らが自分のこととして動くようにさせてしまう。彼らが失敗しても傷つくことはないから、その時点で簡単に切り捨て、次の手段を考える。混乱が起こればつけこむ隙ができるのだと考えている。表面に現れてくることだけでは判らないことが多いのである。

制服反対運動というのがもちあがった。美人としてちやほやされている中川冷子が、校則を破って派手な私服を着て登校したことによる。冷子は小当たりに様子見をしてみたことであり、それを押し通そうとまでは思っていなかった。見咎めた教師の注意の仕方が気に入らないとして、表現の自由だと言って反発しただけである。我儘育ちの感情的気まぐれが、自分が想像した以上の騒ぎになるとは思わなかった。制服は入学時にその着用が校則であると受け入れたものである。ルール破りが自分に不利益となって跳ね返ることを負う気まではないから、陰に引っ込んだ。他人が尻馬に乗って騒ぐのは勝手である。手ひどい叱責を受けた可哀そうな子ということに留めておいた方が都合が良い。

折あらば中川冷子の美貌に取り入ろうとしていた青山理助が旗振り役となって動いた。

学生服を着崩している畑三郎に近づき仲間にしようとしたが相手にされなかったので、学生たちに人気のある翔馬に話を持ち掛けたが、翔馬も相手にしなかった。表現の自由というのは徒党を組んで主張するようなものではなく、その表現が他にとらわれず自由であると思われれば、自然に認められるものであり、それは他に迷惑をかけないものだと思っている。ひとしきり騒いではみたものの、それは立ち消えとなった。

中川冷子は、この先に自分の手駒として使えそうな者たちを予想外で手に入れたということになる。

早朝の講堂横を翔馬が通り抜けようとすると、そこを通ることを予め知っていたかのように一人の偉丈夫が壁に背を持たせかけて立っていた。

「君が薄田か?」「はい、そうですが。」「俺は畑だ。」強烈なオーラを纏っていた。いつもは遠目で見るだけであるが、周りには取り巻きがついているから一人で居るところを見たことがなかった。

「あ、失礼しました。先輩でしたか。初めてお目にかかります。」翔馬も聊かの物怖じすることなく応じた。

「ふん、挨拶なんかしなくともよい。「ひとつ尋ねたいが、薄田が今回の騒ぎに与しなかったのは何故だ?」

「取り立てて理由にするようなことはありません。ただ胡散臭いと思っただけです。」

「矢張りな。自然に感じ取る能力があるということか。ところで薄田というのは豊芦原に因む苗字か?」

「先祖のことは聞いたことがないのでわかりません。」

「まあいい。俺の畑という姓は以前は八田であった。誰にも言ったことはない。薄田とはこの先に縁がありそうだ。どうやら生き残った卵が孵化し始めたようだからな。」と不思議なことを口にしてその場から去っていった。


地震 雷 火事 親父。この世で、特に怖いものを順に並べたことばということになっているが、いかに鈍感であっても大いなる意思に触れることができる予兆でもある。

 かつて、父親は一家の大黒柱として重んじられ、権威をもっていた。ところが今や世に「雷親父」とか「頑固親父」が減って、頼りない父親が増えたかに見える。親父というのは強風のことだという説もあるが、噴火のことを指しているのかも知れない。

制服反対報道のきっかけとなった教師は排斥運動の目標ともなったが、反対運動を唱える者たちの多くが近隣に住む顔見知りであるとは言えず、どこからか湧いて出たような存在であり、騒ぎと混乱を起こすことで利を得ようとすることが目的なのではないのかと疑われた。日頃は対立しているように見えた畑三郎の一団が教師の擁護に回ったことで、騒ぎは長く続かなかった。畑たちは、その教師の気骨のある言動を、日ごろから認めていたのである。

人心を惑わすのに失敗したと判断するや、それらの勢力はいずかたへともなく消え失せた。

畑は、その昔先輩たちが聞いたのだという山鳴りを感じるようになっていた。それは翔馬も同様であった。放置すれば容易ならざる事態が出来する恐れがある。それらを感じ取れる者たちの目覚めは、この地に住み続けた人々に託されているのだと思われた。

1700年ほどの昔、他を食い物にする者たちで覇権を争う弱肉強食の地であった場から逃れ、平和を求めて光に導かれるまま西の果てからの長い旅を続けて東の果ての国にたどり着いた一族の裔だというのが、畑の祖先であると言い継がれている。そこに住まっていた民たちが彼らを温かく迎え入れてくれたので、安住の地とすることができた。そこは西からの圧力を受けて東に大きく弓なりに撓んでいるような地形をしていたが、6千8百余の島に分かれ、この民族が関わる地はいずれも緑が茂り、偉大なるエネルギーは外圧を見事に受け流していた。爾来、その地に乱れが生じると必ずどこからともなく現れる指導的動きをする役割を持つ者に協力し、身を賭して恩義に報いるために働くということが一族の隠された掟となった。この地の人々の信頼関係はいざとなると強かった。

先祖が渡来したのだと聞いてはいても、神の言語を使う国に生まれ育ったことには重大な意味があるのだと思うようになっていた。


翔馬は暮れなずむ南アルプスの山の端を眺めていた。峰々を僅かに浮き立たせている光もやがて闇に沈む。光は必ず影を伴う。影は光でもあるが、陰と闇は何故か悪のイメージの方が強いけれど、光と闇もセットであろうから、それが悪であるとは決まらない。

この星は食物連鎖の軛から逃れられないが、必要以上に貪ろうとするから争いが起こるようにも感じる。同族を食い物にする生物は人間以外にいないのではないのかとも思う。

言葉が持つ力が想像力を生み、それが物質化して現実社会をなしているのだとしたら、その想像力が描き出した姿を他に納得させえた者が支配者になる。思索の力は重大であるが、普通人がそこに意識を向けることはおよそ無い。

関心事は目先の損得であり、他者との比較が優先されるのが現状としての世界である。

文明が発展する場所は、古来より火山の活動があるところに多い。火山の活動により住む場所が壊滅することがあっても、必ずその場所に立ち戻って復興を果たした。そこに清らかな水が絶えることなく得られ、涼やかな風が吹けば、神が護る地であるから、文化は受け継がれ続ける。日本人は、他から教えられて育つというよりは自ら身を修めて高みを目指すというのが根本的な生き方の理念であった。自分さえ良ければそれでよしとする民族ではなかったから、多くの民族が集まる多民族国家であった時代もあるが、長い時間をかけて同化してきた国なのだと翔馬は理解するようになっていた。しからば、人類のために中心的役割を担わなければならないことになるが、何をすれば良いのかはまだわからない。ただ、小さくはあっても何かが動き始めたのだという予感だけはあった。


中川冷子は苛立っていた。一族の多くが衰えてきているからである。自分の容色を維持するためにも新鮮な血が必要であるのだが、その確保が長期にわたって不足していた。平和な世の中では、人知れずそれを得るのは難しいからである。

役立たずの人間であるとの評価しかしていない青山理助に期待などしていなかったが、その機に乗じて混乱を増大しなければならない者たちが退去して身を隠さねばならない事態に立ち至ったことが我慢ならないのである。

波動が高く、怪しの気配を感じ取ってしまう者たちが動き始めてしまった。この国には古来よりそういうことに敏感な者たちが多いのである。人間を支配しようとしてきた目論見が崩壊した後、折角時間をかけて態勢を取り戻せる基礎段階にまで隠忍してきたのに、下手をすれば再び壊滅的打撃を蒙る。とりあえず山に逃げ込んで身を隠している同族を人知れず葬ってしまうしかない。

身近に置いている四天王を遣わしてそれを急ぐしかない。翔馬や畑たちが山に異様な者たちの痕跡を追って入りそうな気配を見せている。彼らなら張り巡らせた結解を破って根拠地に攻め込むのは時間の問題である。そこに残されるのは人ではなく、不可解な残骸であるから、それが表沙汰になれば、いずれ危険は冷子たちに及びかねない。

四天王は慰労のためとの口実を設け、大量の酒を持参して山砦としている穴山に入り込んだ。したたかに酔いが回ったころ合いを見計らって、その砦の首魁と幹部の首を切り落とした。中川への報告のために首魁の首だけを持ち、洞窟の入り口は爆破して閉ざした。

携えた首は大きな蜥蜴にしか見えないから、途中で誰かに会っても見咎められることはない。しかし首になったその蜥蜴は「鬼ですらここまで卑劣な輩はいない。恥を知れ」と激しく罵ったので、やむなく穴を掘って埋め大きな石で封じるしかなかった。

そうなのである。彼らは鬼よりも始末が悪い。人間を餌として飼いならす知恵を積み重ね、それを悟られることなく地に潜んで生きてきたのである。表舞台に出て金力や権力によって支配することに長けている者もいるが、基本的には陰にいる。

尻尾切りで終わらせることができたかどうかは判らない。本題が解決したわけではないからである。

次なる火種を燃え上がらせることはいかようにもできる。人種差別はない土地柄ではあるが、女性が慎ましやかに過ごしているのが問題にもなっていないから、この地に男女同権やら女性差別の疑いがあるとの細かな事例をあげつらって煽り騒ぎの発端をつくれば、混乱させたい勢力は頼まなくてもやってくる。混乱に乗じるための拠点づくりの再構築をしなければならない。


畑は権現山の奥から時折遠く聞こえてくる鳴動を感じ取っていた。ただ、異様な兆候に触れるたびに伝わってくるメッセージがないことから、人為的なものなのではないかと思っている。

畑は、校門を出たところで沢田高夫を呼び止めた。

「沢田、お前は翔馬の親衛隊であることをもって自ら任じているようだが、何があってもついていく覚悟はあるのか?」

「先輩、理由は自分にも解からないのですが、ずっと前からそれが自分の定めなのだと感じてしまっているのです。」

「権現山の鳴動について翔馬が何か言っていることはないか?」

「鳴動ですか?自分には感じ取れませんが。」

「まあいい。翔馬は感じ取っているに違いないから。」

「そういえば、ときどき山の方を見ているようですが。」

「沢田も判っているだろうが、翔馬は特別な能力を持っていて、時が至れば一人ででも動く男だ。我々の想像を超えたところで働く役目を負わされている者なのだと、この前かれと話したときに感じた。俺は彼が動くときにはそれに助力しなければならない役目を負わされている。翔馬が山に向かって動き出す気配をみせたら、俺にも知らせてくれ。」


翔馬は自分が何者なのかと考えるようになっていた。幼き頃より母の愛情を疑ったことはない。しかし母の愛情は自分のみにとどまらず自分の背後にあるものについても見通しているかのようであった。父についても語ってくれたことはない。父をいかに深く愛していたかはわかる。しかし母自身も父の信ずる仲間たちと一緒に立ち働いたことがあったと言うのみで、その詳細を語り聞かせてくれたことはない。それをしなくても、翔馬の今生は導く者が顕れたときに決まるのであると思い決めている節があった。いずれ翔馬が旅立つときがきて、それが今生の別れになることになっても、静かに送り出してくれるということは痛いほど伝わってきているから、生半可な決心で動くことはできない。大義が求められる。

記憶に残る道を辿って姫の館を訪ねてみることにした。何か自分について知っているように思えたからであった。

姫は翔馬を迎え入れると「よう来やった。何か知りたいと思うようになったのか?」と尋ねた。

「己が何者であるのかということか?それなればこれから自分に自然に解かってこよう。前に麻績神社の境内であって以来、そなたのことは気にかけていた。苛めにどう対処するかという厳しい試練から始まったが、わが身のことだけにとらわれず育ったことは見ていた。流石、父母の血を色濃く引いた者と感心していた。そなたの父母たちがそうであったように、知りたいことに意識を向ければ、それらが蓄積されている無尽蔵な知恵の領域に繋がる能力はほどなく目覚めよう。」

人類は猿から進化したと膾炙されているが、猿はどこまでいっても猿。遺伝子の83%も違う生物が如何に進化を繰り返しても人にはなりえぬ。他の生物と同様に神が創り出したものであるが、悲しいかな地球上にあるものは背反するもので構成されているので、人についても同様に反人類となるものまで作ってしまった。人は、そんなものがなくても、気づくことができれば、自分の中にある能力で自浄できるようになっている。反人類の彼らはその宗教でもわかるように一神教で縛られている。突き詰めれば最後の一人になるまで争い続けることになる。この世は相反するものがセットになっているとはいえ、反人類はなくてもよかった。そうは言っても、人類の精神性を高めるために、まだしばらくは鬩ぎあいの時代を経ねばなるまい。その時代を支えるのがそなたたちの役目じゃ。

第一段階で人は物質として作られたが、それが精神的活動を積み重ねることで成長し、意識としての存在まで昇華させることが目的であった。それは波動そのものであり、宇宙は波動の世界なのであるからじゃ。一気にそこまで到達することはできないから、段階を踏む。

かつては家を守る女性の存在があり、男は安心して外の7人の敵に向かっていけたのです。神は必要があって、人間を男女に分けてつくった。

上古代の人たち(縄文時代のころ)までは、男と女が調和しながら生きる知恵を残していたが、段々にその境目が薄れていった。神々でさえ分かれてその役割を分担しようとしていたのにです。

男の特性は、自我を主張し、自分に有利に立ち働く積極的、行動的な能力を持ったことであり、対する女の特性は、男の生命力を奮い立たせ全能力を心ゆくまで発揮させる能力を持ったことであった。男の上に立ってリードするのではなく陰の力に徹する性のことだったのであり、補完しあうことで子をなして代をつないだ。

 人間の生命力、活力の源は「女性性」にある、と古代の日本人は察知していたのです。古来より、「女ならでは明けぬ国」と公言できるほどに、男も女もそのうちに持っている「女性性」の量を増やすことこそが大事だと悟っていたのです。


神と呼ばれるようになっている宇宙からの大いなる意思が創り出した人類に求めたものは、日本に始まった。神々がヒヒイロカネを作るのに必要とした金がここには大量にあったこともその原因であるらしい。創り出された人に求められたのは、最終的進化に至るまでは神に繋がる意識の継続であるから、この星から去ることになったとき、その残留思念を祭司として祀る者の血筋を残すことで見守るためのよすがとし、それに携わる者たちを通じてこの地に在るものたちの平和を願って去った。見捨てたわけではない。

であるからそれらを伝える地は侵されることはなかった。戦争末期に伊勢神宮を多数の爆撃機で襲ったが、大量の爆弾が一発たりとも神域に着弾することはなかったことでもそれと知れる。神器を保持する者が神あるいは神の代理人とするとの言い伝えはあっても、神そのものであると名乗った者はいない。それをしようとした者は滅びた。もしも神を僭上しての者が支配していたのであれば、日本の神々を滅ぼすことくらいはやったかも知れないが、占領後に懸命に調べてみても、日本は祭司の役目を負っているのだと解るに及び、手が出せなくなった。攻撃側に居た勢力は、できることなら日本を滅ぼしたかったが、それはできなかった。失われたアークを信じている彼らは、それが日本にあるとして神の存在を恐れたからである。

そなたの父たちが遭遇したような脅威は差し迫ってはなかろうが、日本に培われながら失われてしまった平和への意識は、取り戻して敷衍していかねばなるまい。日本が太古より負っている責務なのである。さして急ぐ必要はなさそうだが、小さなことから始めていくことになろう。


翔馬が帰宅すると、自宅の自室の床の間に、父が出かけるときに残していったと言われる日本刀が飾られていた。父もその父から伝えられたものであった。翔馬にはまだその自覚はないが、母は翔馬に渡す時期がきているのだと悟っているかのようであった。

姫は小さなことから始めるが良いといった。翔馬が気掛かりなのは権現山である。その昔、父たちがそこに関わったと聞いた記憶がかすかにある。

思念を凝らして麓から山頂までを見渡してみると、人類のためにはならなさそうな人工的な構築物がつくられつつあるような雑念が感じられた。実際がどうなのかを調べてみようと山道に続く麓を訪れてみると、そこには異様な雰囲気を醸し出す者たちが結界を守るかのように散見された。排除しなければならないものがあるのではないかと思うに至った。

思念で見た風景を探索するのに数日は要するだろうと山入りの支度を整え、念のため母が用意してくれた刀をザックの横に縦に括り付け、山に向かった。

山裾に着くと、そこには畑三郎とその仲間が5人、加えて沢田高夫の総勢7人が同じような身拵えをして待っていた。

「何故ここに?」

「まあ、虫の知らせよ。翔馬が動くようであれば、勝手ながら助太刀せねばならぬ。」

「動きが察知されているようでは、私の修業が足らないということになりますね。」

「そうではないぞ。翔馬へと同じあたりからの虫の知らせだろうから、敵に知れていることではあるまい。我らが上り口あたりで陽動作戦をするから、翔馬は沢田とともにここから分かれて間道伝いに山頂を目指せ。我らは目を逸らさせるためにひと騒ぎして撤収するだけだから心配はいらない。」多くの説明はなくても、畑とは通じるものがあった。

間道に入るにあたり、沢田には声をかけた。「危険が及ぶかも知れないが良いのか?」

「うん。今まで話したことは無かったが、俺の家は神官の流れを汲んでいるから、幼少時に一通りの素養らしきものを躾けられている。異様なものに遭遇すればなんとなく判るし、この先でその能力は育つのだという予感がある。気遣いしてくれなくとも大丈夫だ。」

翔馬と沢田が道なき道を掻き分けて中腹くらいまで登った時、麓の方からの騒ぎの声があがったのが聞こえてきた。

「ここは入山禁止だ。帰れ!」「そんなことは聞いていないぞ!第一看板一つでていないではないか。今日は鍛錬のために登山するのだ。」

登山口で押し問答しているのである。山道を警護している者たちが麓に向かって移動している気配を二人は感じ取り、間隙をついて一気に山頂にたどり着いた。

見下ろすと切り立った岩の壁の下に、目指す目標らしきものが発見できた。

敵陣を攻めるのに兵力差があるとき、それらを分散してしまうのは常套手段である。その上で天蓋の要塞として頼りにして守りが手薄になっているところから攻め入るのも戦術である。

山並みが狭い地形を利用した縦深防御態勢は、外敵を防御するに最適の布陣であるように見えた。防御側にとって、狭隘な通路に拠ることは、絶対的な有利となる。いかなる大兵力を持っていようとも、一度に投入できる兵力が限られたものとなるためであり、防御側は攻撃側の来襲地点を特定できるばかりでなく、作戦次第では、相手を壊滅に追い込むことも可能なのだ。

これは物資の集積地であると同時に、万が一が一前線で敗北した場合、後退して立てこもる後詰めの要塞としての意味を持たせようとしていたのであろうが未完成であった。

翔馬たちは、自分たちの弱点を最初から知っていた。頭数に差のある相手を壊滅に追い込むためには奇襲策をとるしかなかった。山中の間道を経由しての迂回奇襲は成功したといえる。背後は傾斜の強い断崖で自然の防壁になっていて、そこへの備えは無かったからである。

日本における龍は神の化身であるが、ドラゴンと呼ばれるものは悪の化身である。数匹が崖下の風を遮る岩壁に対して、山中であり人目に触れることはあるまいと気を許してのことか、獣身を現わした姿で立ち働いていたのみであったこともあって、反撃することもなく逃げ去った。その昔、雀蜂を駆除したときよりも容易であった。

翔馬は余勢をかって一気に洞窟を急襲した。そこには産み付けられた卵が棚に整然と並べられ、まるで孵化室そのものであった。空調で温度管理されているようである。洞窟内の破壊は翔馬が分担し、電源を供給する装置らしきものは電気に詳しい沢田が再起不能にした。

「おのれ、またしても邪魔だてしたか!」と、歯噛みする声があたりを震わせた。

とりあえず隠密裏に作戦は成功した。ふもとに再集結した8人は互いが無事であったことを喜ぶよりも、次なる段階に足を踏み入れてしまったことを覚悟していた。今回の8人が敵側の標的となったことは間違いない。折あるごとに攻撃されるであろう。

 旅立ちの予感はあったが、とりあえずは卒業を果たし、その後の進学にも備えるのが人の子としての役割として先んじる。負わなければならない大役はその後に現れてくるのだと思われた。並行して修めなければならないことが目前に山積したということになる。

 翔馬は母の体が透明感を増し、時々透けて見えるように感じるようになった。父と離れていても意識エネルギーの交流は常になされていて、そのオーラが影響しあっているのだと推し測られる。我が子の負わなければならない役目を知っているからのように思えてならなかった。

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鵯越え @SyakujiiOusin

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