第59話 この世界に来た意味

 私はお母さんのお陰で彼に告白する決意することができた。

 あとはいつ告白するかだけど……


 ただ一つだけ気になることがある。


 『前の世界』で白血病になり、そんなに長く生きられないことを知った私は彼に辛い思いをさせたくなくて告白するのを諦めた。


 でも、結局私は飛行機事故で命を落としてしまう。

 誰にも何も想いを伝えられないまま……


 果たして『この世界』でも同じことが起きるのだろうか?

 『この世界』に来てから少しだけ『前の世界』とは違う未来を経験している。


 私は『この世界』に来たのは彼に告白する為だとずっと思っていた。


 でも彼がつねちゃんの事を好きだということが分かった私は『この世界』に来た意味を再び考え直していたのだ。


 私が『この世界』に来た意味……


 一つだけ考えたことがある。


 もし私が『この世界』で彼に告白しなかったら……彼のことを諦めて他に好きな人ができたら……そういう未来を選択したら、もしかしたら私は白血病という病気にならないのではないか?


 そう、彼に告白しなければ私は十五歳で死なないのではないか。

 みんなみたいに高校生になって大学生にもなって社会にも出て、そして両親に花嫁衣装や孫の姿を見せることだってできるのではないか……


 その為に……私に彼を諦めさせる為に……私を生きさせる為に『この世界』では彼がつねちゃんのことを好きだって分からせる様に神様が手配してくれたのでは?


 なんてことも考えていた。



 でも……


 私は『生きる』ことよりも『想いを伝える』ことを選択する。

 一度死んでいるのだから別にいい。


 やはり私は彼に想いを伝えたい。

 お母さんの言う通り、彼の記憶の中に、思い出の中に私という存在を埋め込ませたい。

 

 私はどんな未来になって生きていても、きっと彼のことは忘れられない。


 飛行機事故で死ぬ瞬間に味わった『想いを伝えられなかった』という同じ後悔を同じ苦しみを味わいたくない。


 だから私は『覚悟』を持って彼に告白をする。





 七月後半、今日から夏休み……


 私達、『ミニバスケットボール部』は八月に行われる六年生にとっては最後の大会に向けて男女共に夏休み初日から体育館で練習をしていた。


 そして休憩が入り、私が体育館外にある水飲み場で顔を洗っていると、彼が話かけてきた。


「い、石田……?」


「何、五十鈴君?」


 彼は最近、私に何か遠慮気味な感じで話をしてくる。


 きっと彼は私に七夕祭りでのつねちゃんとの会話を聞かれたんじゃないのかと疑っているというよりも、恐れているように見える。


 私は『今は』彼にそのことを言うつもりはないので『元演劇部』として必死に何も知らない様な感じの演技をしている。


 心の中では彼に『大丈夫、今は誰にも言わないから安心して』と叫びながら……


「お、俺さ……八月の前半の一日だけ練習を休もうと思っているんだ……」


「えっ、そうなの? 何か用事でもあるの?」


「うん、まぁな……」


 彼はとても申し訳の無い様な表情をしている。

 もしかして……つねちゃんとデートするのかな……


「でも用事があるなら仕方が無いじゃない。まぁ、五十鈴君はレギュラーだから頻繁に練習を休まれるとみんなも困るかもしれないけど……」


「休むのはその一日だけなんだけど……でもみんなには休むってのは言いにくくてさ……」


「それでどうするの?」


「仮病で休もうと思ってる……」


「えっ? でもまぁ、別にみんなにはバレないと思うし、いんじゃないの?」


 私がそう言っても彼は何か落ち着きが無い。


「他に何かあるの?」


「じ、実はさ……石田にお願いがあってさ……」


「えっ、何のお願い?」


「うーん……や、やっぱいいよ。高山に頼んでみるよ。とりあえず今の話だけは内緒にしてくれると助かるんだけど……」


「う、うん……分かった」


 私達はそんな会話をし、そして体育館に戻ろうとしたら、今度は平田君が私に声をかけてきた。


「い、石田……ちょっといいか?」


「え? うん、別にいいけど……」


 彼は私を置いて先に体育館に戻って行く。


 彼が体育館に戻って行くのを見届けたあと平田君は視線を私に向ける。

 なんだか顔が赤いけど体調でも悪いのかな?


「い、石田さ……明日って何か用事あるのか?」


「えっ? 用事って、明日も私達練習があるじゃない」


「い、いや、それ以外の用事があるかってことだよ」


 この子、何を言っているんだろうと思ったけど私は練習以外の用事は無いと伝えた。すると平田君は意外なことを言い出した。


「あ、明日さ……練習サボって二人で水族館に行かないか? 俺、タダ券持ってるんだよ」


「へっ??」


「だからさ、明日、練習サボって二人で……」


「ちょっと待って、平田君!!」


「な、なんだよ?」


 はぁ……思わず私はため息が出てしまった。そして平田君にこう言った。


「平田君、あんた何を言っているのよ!? あんたはバスケ部の副キャプテンじゃない!! それなのに練習サボって私と水族館に行こうだなんて……もうすぐ最後の大会があるっていうのにさ……ほんと情けないわね!!」


 私、少し言い過ぎたかな?

 それに私、凄く矛盾してるよね?


 平田君、ゴメンね……私、彼が練習をサボることは黙認できるのに平田君がサボることはどうしても黙認できないわ……それに私にまで練習をサボれっていうのは……


 それにしても平田君は何故、私だけ誘うんだろう?

 昔から私のことを苦手にしている様な感じだったのに……


 平田君は私にここまで怒られるとは思っていなかったのだろう。

 学校一やんちゃな平田君が半泣き状態で茫然としている。


 ど、どうしよう……

 私のせいで平田君が明日から練習に来なかったら……


 練習に来ても身が入いらなかったら……


 うーん……そっ、そうだ……


「平田君、ゴメン。私、言い過ぎたわ。でも今は練習に集中しようよ? だからさ、大会が終わったら『みんな』で水族館に行くっていうのはどうかしら? ね? そうしましょうよ?」


 茫然としていた平田君だったけど、少し生気が戻ったみたい。


「わ、分かったよ。そうするよ……俺、副キャプテンなのに変なこと言ってゴメンよ……」


 平田君はそう言うと体育館に戻って行こうとして私に背を向けながら小声で、


「でも……みんなでかぁ……」


 と、呟いていた。



 ほんと、私って矛盾してるよなぁ……

 彼がやる事は全て許せてしまうんだからなぁ……


 だって彼が大好きなんだから仕方無いよね……




――――――――――――――――

お読みいただきありがとうございました。


隆に告白すると決めた浩美だが一つだけ気にしていることがあった。

それでも浩美は『死』を恐れずに告白すると改めて誓う。


そんな中、隆と平田が同じように練習をサボる話をしてきたが浩美は矛盾した対応をしてしまう。

これも彼のことが大好きだから仕方が無いと思う、浩美であった。


いよいよ、『あの日』が近づいてきました。

どうぞ次回もお楽しみに。

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