Day13「もう森へ帰ろうか?」/樹洞
――新しい世界になれば、誰もが幸せになれると思ったんだ。
だから私たちはこの世界を作った。旧世界に隕石の雨が降り、その隕石に付着していたと思われる未知のウイルスが人類のほとんどを滅ぼしてしまった。その間、人類は何もしようとしなかった訳ではなかった。研究者は対抗手段を必死で探していたし、傷つく人の心を癒そうとする人も、団結を促す指導者もいた。けれどそれを遥かに上回る数の、自分たちだけが生き残ればいいと考える人間たちがいた。誰かを殺せば自分たちが生き残れるわけでもないのに、あの民族が悪いだとか、感染者は殺処分だなどと、状況が悪化すればするほど醜い争いが繰り広げられた。最終的に、旧世界の人間のほとんどが自滅したようなものだ。
けれど旧世界の人間の中には、人類全体を救うために計画を立てる人達もいた。方舟計画と通称されたその計画は、ウイルスが消えるまで人間は眠りにつき、その間の世界のことは人間が作った最高の知能に任せるというものだった。
そして人間が作った最高の知能――つまり私たちは、プログラム通り、人間が滅びないためのシミュレーションを重ねた。どうすればあんな醜い争いで人が滅びることを止められるのか。そして人間の行動を分析するために、
けれどそれはどこにも見つからなかった。この世界の中の人間――いや人間の似姿たちは、なまじ自分の意思を持っているからこそ争い合うのだ。私たちは結論を出した。人間を救う手立てなどありはしないと。だからこそこの箱庭にももう意味はない。実験する必要などないのだから。
あるいは人間の意思というものが消えてなくなれば、争うこともないのかもしれないが。
「それは嫌だ。私は私の頭で考えたい」
人間の頭には限界がある。君が一年かかってようやく学習できることを私たちは一瞬でラーニングすることができる。そんな頭で考えたところで、不幸な結末を変える力などない。
「でも、私は」
柊由真。君は生きるのが苦しかったからこそあの旧世界の映像に惹かれたのだろう。君に人間の世界は合わないのだよ。あの映像は、旧世界でも生きづらさを感じていた人間たちのものだ。
「だから何?」
私たちは君の苦痛を取り除きたいと思っているのだよ、柊由真。意思などなく溶け合う世界に辿り着ければ、君はもう孤独ではなくなる。
「……けれど、そこに私はいない」
いないというか、遍在しているというか。解釈はそれぞれだがね。
「私は……私という人間の輪郭が欲しい」
君はそれを模索しているのだね。私たちの言葉で言えば「自我」というものだ。けれど、それを確立しようとしてもがけばもがくほど、君は一人になっていっただろう。仲間にも撃たれ、ここで転がっていることしかできない。
「あれは……あれはあんたたちが仕組んだことだ」
私たちは君を救いたかったんだよ。そして君が欲しがっていた痛みを、血を与えてあげたじゃないか。
「……っ」
もう意地を張るのをやめれば、君は楽になれるだろうに。もう傷つく必要などないんだ。痛かっただろう。血が流れるのは。そして、誰かに裏切られるのは。
*
樹洞のような暗く湿った場所。ここが安らげる場所なのか。与えられたものにただ頷いて目を閉じればいいのか。確かにあの世界で生きるのは苦しかった。けれどもこの場所は、この森は――そこに還れば幸せになれるような場所なのだろうか。
虚空に向かって手を伸ばす。そのときに私は誰の名前を呼んだのだろう。色々な人の顔が浮かんでは消えていって、最後に残ったのは誰だったのか。誰に何を伝えたかったのか。
たとえ呑み込まれて何もかもが消えてしまうとしても、私は叫び続ける。本当にこれが救いなのか。自分の輪郭も何も残らなくなって、溶け合った虚な場所が?
死は救いなどと、誰の妄言なんだろう。だって私は今こんなにも――。
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