第2話


 学園内に併設された共同のグラウンドで、高等部の先輩たちが寒さに耐えながら、昼休みにも関わらず、部活のために休みを返上して体を動かしている。

 僕は中等部の校舎で、気持ち程度しか効いていない暖房に体を震わせながら、そんな先輩たちの運動する姿を眺めた。


『暇だぜっ、勇ーッ!』


 そんな僕の周りに友人たちが集まり、その中の1人が僕の肩に手を乗せた。

 重い…、そう感じても、友人を邪険にする事はしない。


『なぁッ? 勇って、「片山先輩」と幼馴染ってマジ?』


 片山…ていうのは、愛佳姉ちゃんの苗字。

 友人は、僕が見ている方向を見て、その中に愛佳姉ちゃんがいるのに気づくと、おもむろに聞いてきた。


「急にどうしたの?」

『いやだって、すんげぇ羨ましいなあああぁぁぁ~~~~ってさッ!』


 僕の肩から手を退けると、その友人は自分自身の体を抱きしめて、気持ち悪く体をクネクネとよじらせる。

 その動きに引いたのは僕だけじゃなかく、近くに居た女子が、引きつった顔で距離を取ったのを、不本意ながら目にしてしまった。


『容姿端麗、文武両道、おぱ~いがちょっと控えめなのがたまにキズ、それでもおつりがくるハイスペック美女、むしろおつりで家が建つッ!』

「どういう計算だよ、ソレ…」

『とにかく、そんな完璧美女と幼馴染なんて…、自分がお前の立場なら…、想像だけで鼻血が出る…、いやむしろそれだけで収まる気がしない…』


 友人は鼻息荒く、少し頬を赤らめながら熱弁する。

 正直気持ち悪い。


『なんかさ、こいつの部活の先輩が、この前片山先輩に告ったらしくてよ』

 嫌悪感のあまり、顔にその色が出ていた僕に、別の友人がフォローに入る。

「そんなのいつもの事じゃん」


 そう…いつもの事だ。

 先輩、後輩、同級生、多種多様な男子からの告白を、決め台詞なのか…いつも同じ言葉で蹴り飛ばしてきた。


 「輪廻転生してから出直してこい…」、なんで人を振るのに、その言葉をチョイスしたのかは知らないけど、本人から聞いた話では、それで全てを斬り伏せたらしい。


『変わった振り方するよねぇ~。でも、その先輩は、別の事言われたんだってさ?』

「…べつ?」


 特に姉ちゃんから聞いてないけど、なんかあったのか?


『なんだっけ? 輪廻は交差したから、もう他には何もいらないから、無理ッ…だっけ?』


 記憶が朧気なのか、友人は助け舟を求めるけど、体をクネクネさせていた友人は、腰でもやってしまったのか、手で押さえながらしゃがみ込んでいた。


『とにかく、いつもと振り方が違ったから、学園内じゃ、それなりに噂になってるよ?』

「ふ~ん」


 輪廻?…交差?…、愛佳姉ちゃんは、なんだか頭の中に自分だけの世界を構築しているというか、愛佳ワールドとでも言えばいいのか、変な所があるから、その言葉の意味を理解するのには、いささか時間が掛かる。

 直近で変化した事と言えば、僕との関係の変化かな。

 交差…交わる…結ばれる…て事を言いたいのなら、付き合い始めたから…て事だろう…、言葉が変化球過ぎて相手も困惑しただろうけど、今回はそれを補うかのように、無理ッの一言が追加されていて、そっちは、すごい直球だ。


『いつもは振るにしても、直接的な事を言わなかったのに、今回は無理だって断言して、彼氏でもできたんじゃないかって、あちこちで噂になってるんだよ』

「つまり、その真意を確かめるために僕の所に来た訳?」

『そういう事』

『お前、片山先輩と仲良いじゃん? 話だと、登下校も一緒にしてるって聞くし、噂の彼氏殿がお前なんじゃないかって話も当然出てる。違ったとしても、幼馴染である以上、なにかしら情報を掴んでるんじゃないかって話だぜッ!』


 腰は回復したのか、その鼻息の方は収まらない中で、友人は立ち上がった。

 恋愛云々の話…というより、噂話の真意を知りたいって、興味の方が強い感じだ。


『噂は噂だろ? 別に何でもいいじゃん』


 噂っていっても、真実だし、なんて答えていいのか、僕の頭のスペックでは処理しきれず、だからこそ、友人との話は、この後も、いくつも質問を投げかけられても、知らぬ存ぜぬとはっきりさせずにはぐらかしていった。

 こんなだから、出来る限り秘密にしてるのだ。



 この中等部最後の冬、他の学校では当たり前のように入試だなんだと騒がれる頃、この学園では進級テストをやる。

 高等部への進学は当然としても、僕達中等部生にとっての踏ん張りどころ。

 そこで、この先…学園を卒業した先、進学するのか、就職するのか、その行く末を大まかに決めるから…。

 僕が希望したのは進学を望むコース、愛佳姉ちゃんも受けてるコース。

 そこに行きたくて、いつもいつも高みにあるような気さえしていた…その背中に追いつきたくて、同じ場所に立ちたくて、勉強も頑張って…、そして合格した。

 嬉しかった…。

 憧れであり、大好きだった愛佳姉ちゃんに少しでも近づけたような…、そんな気がしたから。

 そんな進級テストの結果が出た日、舞い上がった気持ちを抑えきれずに、僕は愛佳姉ちゃんの家に行った…、どうだッ!…て、いつも僕を子供扱いする姉ちゃんに一泡吹かせたい気持ちに拍車がかかった。

 いつもいつもいつも…。

 頭を洗うのが下手なんだから手伝うよ…て言って風呂場まで押し入ってくる姉ちゃん。

 一緒にご飯を食べる時に、僕が苦手なモノを僕の皿から奪って、逆に好きなモノを入れてくる姉ちゃん。

 事ある事に僕んちに来て、母さんとアルバムを広げながら、勇くんくぁいいよ~…と鼻の下を伸ばす姉ちゃん。

 そして、そのまま僕に抱き着いてくる姉ちゃん。

 学校で、いつも文武両道で…容姿端麗で…と、皆から高嶺の花と呼ばれているのが嘘のように、だらしなく僕に接してくる姉ちゃん…。

 嫌な訳じゃないけど…、いつからか、そんな接せられ方が子供扱いされているように思えて来て、そんなに僕は頼りないのかな…て、なんか自信をなくして…。

 だから、いつも勉強を教えてもらったりしてたけど、その時は1人で頑張って、進級テストで結果を出した。

 僕はいつまでも助けてもらってばかりの僕じゃない…て証明した。

 僕は…できる男だって…証明して見せた…。


 そしたら…。


 その日の夜…、姉ちゃんの両親…、おじさんとおばさんがいる前で…、告白された…。

 何故か、姉ちゃんは嬉しさのあまり涙まで流して、僕に抱き着いてきた…。

 場の勢い?…空気のせい?

 僕もおじさん達も、何度も姉ちゃんに聞き直した。

 でも姉ちゃんは僕達の言葉に首を横に振り、LikeじゃなくてLoveだよッ…と、子供のように泣きじゃくりながら、力説した…。

 その瞬間の勢いに、僕の方こそ流されたのか…、そもそも逃げ道なんて存在してないし、そんな気も無くて、僕は愛佳姉ちゃんの告白に、首を縦に振った。


 悪い事なんて全くない…イイ事が起きたはずなのに、やっぱり姉ちゃんには勝てない…て、僕の笑顔は何処がぎこちなかった。



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