祝事には赤飯

「よし」


 翌日の朝、おれはカバンに荷物をまとめて病室を出た。

 そしてロビーで手続きを済ませた後、そのまま病院を出る。

 ようやく退院だ。といっても、わずか三日だけだったけれど。


「あ……」


「やほ……」


 予約していたタクシーを拾おうと乗り場に行こうとした時、そこには美香がいた。

 休日なので、当たり前だが私服姿だった。

 ジーンズにロンT、パーカーという意外にもラフな格好だった。しかし、それがまた似合う。スタイルの良さが際立つというものだ。


「荷物持ち必要かなって思ってさ……」


 照れ臭そうに頬をかきながら、言ってくる。


「そっか……わざわざありがとうな。でも、タクシー呼んであるんだ、まだ身体痛いしさ……」


「え、あ、そうなんだ……じゃあ、私いらなかったかな……」


 はははと苦笑いを浮かべる。


 しかし、その好意を無我にするわけにもいかない。


「いやまぁ、でも家の中に運ぶ人手はほしかったからさ……」


 だから、おれはこう言った。


「あ、うん!」


 おれの言葉に美香はたちまち、パァァと笑顔になる。

 やべぇ、この破壊力……

 身体の痛みも吹き飛び……はしなかったけど、かなり癒された。


 そして、二人揃ってタクシーに乗り込み、そのまま家まで向かうのだった。

 いつになく、至近距離にいる美香からはほんのりと良い香りがした。

 これはシャンプーの匂いかな……

 心が落ち着くいい香りだ……


「あのさ、海斗……」


「うん?」


「なんか近くない……?」


 少し気まずそうに美香は言った。

 その言葉でおれはハッとすると、気づかぬうちに美香の髪に顔を寄せていた。


「あ、悪い……!」


 おれは慌てて顔を引っ込めた。

 完全に無意識だった。


「別にいいんだけどさ、少しびっくりしちゃって……」


「いや、本当悪かった……」


 いつもとは違う雰囲気を漂わせながら、おれ達を乗せたタクシーは家へと向かうのだった。









 ♦︎












「はぁ、久しぶりの我が家……」


 タクシーを降りて、おれの口からそんな一言が飛び出た。

 わずか三日しか空けていなかったのに、随分と久しい気持ちになってしまう。


「それじゃ、悪いんだけど、これ頼めるか?」


「うん、まかせて!」


 おれは差し出したカバンを元気いっぱいの美香に託す。

 そうして、玄関を開け、二人で家の中に入る。

 ちょっと待て。なんか成り行きで美香を家の中に上げてしまった……

 いやいや、別に何もしないから大丈夫だよな……


「って、あ……?」


 玄関に入ると見慣れない靴が二足あった。

 もしかして……?


 おれは一つの疑問を抱えつつ、リビングのドアを開ける。


「お!帰ってきたか!」


「迎えに行けなくて、ごめんね」


 そこにはまだ朝だっていうのに、テーブルイスに座り、缶ビールを飲んでいる親父と洗い物をしている母さんがいた。


「それはこっちのセリフだって。いつ帰ってきたんだ?」


「ついさっきだ……って、お前、後ろにいるのは……?」


 親父はビールを飲む手を止め、おれの後ろにいる美香に視線を注ぐ。

 それに釣られて母さんも美香のことを見る。


 二人にじろじろと見られて、美香は少し困ったように会釈をした。


「母さん!今すぐ赤飯を炊けー!!今日は宴だー!!」


「ガッテン!」


「いや、ちょっと待て、あんたら!」


 絶対面倒な勘違いしてるじゃん!!


 おれのツッコミがリビング中に響き渡るのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る