第6話 ミサイルが墜ちれば良いんだ

日曜日の夜は憂鬱で、多量の睡眠薬に頼らなければ眠りに就くことさえままならない。

昨年大学を卒業して、都内のアパレルメーカーに就職した宮部真純の心は病んでいた。

母親は専業主婦。

父親は高等学校の教諭。

ひとり娘の真純を愛情いっぱいに育てあげ、就職が決まった時の両親の笑顔はタカラモノの様に真純の脳裏に焼き付いて離れない。

四年前に開催された東京オリンピックのマラソンを、家族三人で沿道で応援していた頃が懐かして、その時の写真は今でも大切にスマホの画像フォルダに保存してあった。

大学時代の友人と出掛けた海外旅行や温泉旅行。

プリクラの写真や、お気に入りのサイトで見つけた子猫の写真も真純にとっては大切なタカラモノー。


真純は久々の休暇を、丸一日自宅マンションで過ごしていた。

母親の家事を手伝って、昼食を家族みんなで食べながらテレビを観ていた。

報道特別番組の『日本国 戦争状態に突入』という見出しも、真純にとっては現実味のない空想の出来事としか思えなかった。

宮古島近海からの映像には、激しい振動の後の強烈なオレンジ色の閃光が映し出され、それはつくりものの様にも思えて仕方がなかった。

父親は言った。


『北と中国の陰謀じゃないのか? なぜ韓国は声明を出さないんだ? わざわざ無人島に核爆弾なんておかしいだろう?』


母親は『恐い』と何度も呟いていた。

真純は昼食のカルボナーラを食べながら相づちをうっていた。

本音はどうでも良い。それだけだった。


夜20時を回った頃。

真純はシャワーも浴びずに自室のベッドに腰掛けて、襲い掛かる不安感と絶望感に悩まされていた。

先月の総労働時間は305時間を超えていた。

始発の電車で会社へ向かい、終電で帰宅する生活がずっと続いている。

担当店舗の月間収益予測報告書をまとめ、改善報告書を作成し、各エリアマネジャーとの会議に次ぐ会議。残業が続いたある日の、上司が放った台詞が真純の頭から離れない。


『残業は能力が足りない証拠。会社に迷惑をかけている!』


真純は誰にも相談出来なかった。

周囲の期待を裏切りたくはなかったのだ。

特に両親を悲しませたくはない。

その一心で働き続けた。

しかしもう限界だった。

今日一日の時間は幸せだった。家族水入らずの穏やかな日曜日。両親に目一杯甘えてみたかった感情は、そっと胸の奥にしまい込んだままでいた。

スマホのSNSのタイムラインと、大切な手帳に遺書は残しておいた。

真純は両親に気づかれない様に、自宅マンションのエレベーターに乗った。

7階から23階へと上昇して行く時間。真純は心の中で、何度も両親に謝り続けていた。

非常階段の踊り場に辿り着いてふと夜空を見上げると、そこには真っ白な満月が輝いていた。

真純は思った。


『こんな世の中、ミサイルが堕ちれば良いんだ』


真純は飛んだ。

羽もないのにー。

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