第336話
「酷い……なんかねじれてるし」
元はきっと優雅な教会的な感じだったに違いないその白い建築物は、今は歪に組み立て上げられた積み木のようにねじれ、へばり付き、異様な様で聳え立っている。
あれはいったいどういった方法でここまで歪められてしまったのだろう。
この世界の武器や兵器、戦い方にとんと疎い私には知る由もないが、少なくとも私の知る兵器のようにただ爆裂や破壊、斬撃などを与えただけではこうはならない。
まさか前衛的な芸術品でもあるまいし。
「いや、
「そうなの!?」
先っぽの方とか絶対屋根に当たるだろうところ地上と水平になってるけど!?
「そ、うなんだ…………すごいね」
これが異世界の建築技術と芸術か。
「でも……その割には戦いとか起こってないね」
「起こっていないのか、それとも既に全て終わってしまったのか。何か動くものは」
ふわりと竜が翼をはためかせ、厩舎の高い屋根の上へ舞い降りる。
辺りは耳奥が痛くなるほどに冷たく静まり返っており、物音一つすらしない。
沈黙が支配するその様子は、ここがジンさんの言う通り軍の本部に位置する場所だとは信じ難く、繰り返し耳を澄ますもやはり成果は無かった。
「だめ、なにも……あっ」
その時、竜の背中から周囲を眺めていた私の目をふと何かが惹いた。
木の裏、その根元に誰かがいる。
ジンさんの着ている服に似た、しかし少しひらりとして布地の長い部分がほんの少しだけ覗いている。
いる。
あそこだ。
「あそこ、見える? あの葉っぱが青く光ってる木の裏」
私の声にジンさんは胸元から小型の望遠鏡――それこそ海賊が使っていそうなアレ――を取り出し覗き込むと、小さな囁きに合わせて深く頷いた。
「――団員の制服だ。盾の紋章からして恐らく第二に違いない」
「第二……それって確か」
「ああ、あれは制服の大きさからしてもナナンだろう。彼女の団は
所属人数が少ないからナナンだと分かる?
どれだけ少ないんだ? わざわざ言うほどだから相当だろうが……でもナナンは団長だということをあれだけ自信を持っていたじゃないか、なのにそんなに団員は少ないのか?
つまり団員が少ない団、張りぼての隊長なのか?
ナナンはそんな事にも気付かなかったのか?
……やはり、なんか変だ。
先程からジンさんの言葉は何かが変だ。
何だ、何が変なんだ?
でも変だ。
この違和感、一体何処かで間違いなく経験したような……?
「彼女の避難と安全確保を任せても、いいだろうか」
ぱちりと、深く沈み込みかけた思考が打ち切られる。
「ジンさんはどうするの」
「俺は中枢に直接向かう。仮に中枢が混乱状態にあったにせよ、或いはそのものが壊滅状態にせよ……まずは確認からだ」
「分かった、後で私も向かう」
そうだ、まずは彼女の救出からだ。
動かないあたり怪我をしているのだろうか。困った、私は回復魔法を使えない。
ポーションもあっちの世界でとうの昔に使い切ってしまっているし……
思考、半ば上の空のまま飛竜の背を飛び降りようとする私の胸元に、男の手のひらが突き出される。
「これを」
「え?」
ジンさんが渡して来たそれはリップクリームほどの小さな筒であった。
加えて片端にはやはり似た小さな蓋が付いており、くるりと回転させ掌の上に振り出してみれば、中から丁寧に折りたたまれた紙片が姿を覗かせた。
夜風に吹かれペリペリとそれを広げていく。
月明かりはぼんやりと薄暗く、その細かな部分までしっかりとした観察を行うことは難しい……が、どうやらその四角や大きなマスの連なりを見る限り、この紙に描かれているのはここら一帯の地図であるということだけは理解できた。
このやたらデカい四角が『中枢』とやらだろう、デカい場所にある物は大体えらいのだ。
「私これで悪さするかもしれないよ」
「何かを悪用する人間というものは大抵、人受けが良い笑みを浮かべてすんなりと受け取るものさ。それになに、さして秘匿されたものでもない」
「じゃあもらう」
こんな切羽詰まった時に出してくるくらいだ、まあ偽物ではないだろう。
それに地図とか何にも持ってなかったし、ここら辺だけでもこうやって案内があるのは嬉しい。
いそいそと貰った地図をコートの内ポケットへ仕舞い込み、『アイテムボックス』からカリバーを抜き取って男へ頷く。
「俺は先に中枢へ向かう。あの子を任せた」
「ん、任された」
.
.
.
やはり、というべきか木の裏の茂みに隠れていた蒼髪の少女を見て小さく安堵の息を漏らす。
先程の苦し気な通信から気が気でなかったが、どうやら少なくとも襲われた場所からは上手く逃げ延びることに成功し、この茂みの中に身を潜めていたのだろう。
よく周囲を確認すれば草の擦れ、押しつぶされた痕跡や恐らく彼女のものであろう、身長を超える程はあるかもしれない大きな杖が転がっていた。
「ナナン、大丈夫?」
軽く肩を叩きながら声をかけるも返事はない。
まさか。
一瞬過ぎる不安であったが、かつて半ば強制的にではあるが学んだ緊急の対処方法を頭に思い浮かべ、冷静になれと小さく呟き彼女に手を伸ばす。
確か……手より首元の方が分かりやすいんだっけ。
くい、と本当に軽く首元へ指を押し込むと確かに感じる脈動。
一応鼻元にコートの手首についているファーを近づけると、やはりこれも周期的に小さく揺れ動いており、呼吸も確かに行われていると分かる。
軽く確認を澄ますが、少なくとも茂みからはみ出ている上半身に返り血は無い。
間違いなく生きている、上手く逃げられたから緊張が解けて意識を失ってしまったのか。
一体何が会ったのかを聞きたいところだが……無理に起こしても何が起こるか分からないし、一旦彼女を恐らく安全な場所にまで連れていくべきだろう。
「よ……っと……!?」
心臓が跳ねる。
緊張の糸が再び痛いほどに張り詰める。
なんということだろうか。
運ぶためずるりと茂みから引き揚げられた彼女の左足は、膝から先がバッサリと切り落とされていた。
「――!? まずい、止血しないと……?」
慌てて彼女の足へ手を伸ばすも、しかしあふれ出ているはずの血の感覚が無い。
その断面はつるりとなめらかであり、まるで元から足先なんてなかったかのように肉に埋もれ、皮膚が張り付いている。
……切られて自分で治したの?
でも服にも何にも全く血が付いてない、こんな大きな傷なら絶対にどこかにつくはずなのに。
まさか元から? でもさっき会ったときは間違いなく普通に歩いてたよね……?
「……考えても仕方ないか」
いくら考えようと答えは出まい。
傍らに転がっていたやたらごつい、恐らく彼女のものであろう杖を『アイテムボックス』へ放り込み、片足が無い都合上少しやり辛いが、彼女を背におぶさりすくりと立ち上がる。
敵の予想は何となくついているけれど、彼らがいったいどれほどの規模で攻撃を仕掛けているか分からない以上、この中枢や周囲の街にいるのは危険だ。
ましてや意識を失っている彼女と共になど。
ジンさんの様子も心配だ、早く彼女を預けに行かなくては。
「奇遇ね、
木々の影を抜けた瞬間、頭上から少し低い女の声が私達へ降り注ぐ。
「っ!」
道路、誰もいない。
背後、動く影無し。
なら……
ゆっくりと見上げた頭上、厩舎の屋根の上に一人分の影が座す。
月夜に照らされた白銀の髪がさらりと揺れた。
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