第327話
カナリアの家から飛び出し三日、森を一人歩いている真っ最中だった。
「あっ」
微かに甘い匂いが漂った瞬間、半径数十メートルはあろうかという巨大な魔法陣が私の足元から生まれ、天へと凄まじい勢いで輝く緻密な網が組み上がっていく。
「『アクセラレーション』」
だが
もはや慣れたもので、完成を見るより速く地面を強く蹴り飛ばし、三角飛びの要領でその天蓋まで飛び上がると、完全には編みこまれていない隙間を縫い潜り抜ける。
「ふぃ」
落下する際中、頭上へ巨大な影が落ちた。
竜だ。
人で言えば両腕に当たる部位が巨大な翼へと変化した、いわゆる飛竜、そしてその背に立った人物が共に天へと吼えた。
『――!』
開いた咢には人の指ほどはあろうかという太く、鋭い牙が覗きぎらりと輝く。
そう、もう大体わかるだろう。
私は追われていた、顔も見たことが無い異世界の人たちに。
果たして彼らはクレストの追手なのか?
けれどそれなら気になることが一つある……が、まあそれより先に。
「……はあ。『アイテムボックス』」
虚空から取り出したのは一本のロープだ。
かつて空中から落ちる間は無防備であることに気付き、対策のために買ったはいいものの、以降は琉希と出会ったりで結局使わずに放置していたやつである。
その先にはかぎ爪が付いていて、俗にいう忍者の鉤縄のようになっている上、なんかようわからんモンスターの素材が使われていてとてもよく伸びる。
今にも飛び掛からんと一層力強く羽ばたき、一層瞳孔が狭まったその竜の首元へ勢いよく飛んできた鉤がぐるりと巻き付き、鱗の隙間へと食い込む。
「よっと」
ちょっと申し訳ない気がするが、そのまま中空で軽く縄を引っ張った。
「ごめんね」
すれ違いざま、捕まることに精一杯な背に乗る男、そして竜に小さく呟く。
あの勢い、探索者でもない普通の人なら死んでしまうかもしれないけれど、この人も竜達もかなり頑丈だ。
それは異世界人特有の魔力の問題なのか、それとも竜に乗ってるような人間だから凄い人たちなのかもしれない。
どちらにせよ、二日前ものすごい勢いで墜落した赤い髪の人が、平然とした顔で三十分後ぐらいには襲ってきた時には安堵と、何とも言えない感情が渦巻いた。
帰って来なくていいのに。
「っ、まだ来てるの」
地面へ着地した瞬間、私の周囲から弓矢の如く雨あられに鉄棒並みの太さがある金属の槍が降り注ぐ。
「もぉ……『スキル累乗』、対象変更」
槍達の描く放物線が遂に交わるその寸前。
「――『スカルクラッシュ』」
ドォッ!
強烈な衝撃波が、殴りつけられた地面を中心として瞬く間に広がり、木々は悲鳴を上げるかのように大きく騒めく。
同時に私へと襲い掛かって来た槍達も同様に吹き飛び……中空で連鎖的な大爆発を繰り返した。
そう、この槍爆発するのだ。
大体私二人が両手で囲えるくらいの木を軽く五、六本は吹き飛ばせる、或いは着弾した場所を中心として数メートルがっぽりと穴があくほどの威力。
勿論その程度で怪我することはない……だが私が今着ているコートやスニーカーは違う。勿論多少傷付いても治る機能はあるが、しかしこうもぱんぱか無数に投げられたらいつか壊れてしまうかもしれない。
私には変えの服が無いのだ。一応人間としての尊厳を失っているつもりはないし、森や街中を全裸での疾走は避けたい。
「さて……逃げよ」
もうもうと上がる巨大な土煙の中、こそこそと走り出す。
だがどうせすぐにまた彼らは現れるのだろうな、と、小さく浮かんだ諦めの考えに頭痛が走った。
一体どういった原理か知らないが、この人達本当にしつこくずっと追ってくる。
一度『アクセラレーション』を発動して彼らの姿が見えないほどに遠くまで逃げてみたのだが、三時間もしないくらいでまた囲まれてしまった。
勿論敵じゃないアピールもして手を上げての堂々と前に出たりもしたが、変わらず槍をぶん投げられたので諦めて逃げている。
今日の天気は槍、槍、魔法。
多分明日の天気も槍、槍、魔法。
私には私の目的があるってのに、こうも盛大に追われてしまっては何も出来ない……本当に困った、もうちょい粘れば諦めてくれるってのは、まあ多分私の希望的観測か。
「はあ……」
背後から音も立てずに飛んできた槍達。
その一つを軽いジャンプと共に爪先へと引っかけ背後へと蹴り飛ばした瞬間、追撃と言わんばかりに飛んできた無数の槍が衝突し一瞬で巨大な大爆発を起こした。
「怖」
彼らは私を狙っている、多分本気で殺す気だ。
この世界で私の存在を知っている人はクレストと、カナリアの幼馴染であるあの黒いエルフ……確かクラリスさんだったか、だ。
順当に行けばこの竜に乗ってる人たちはクレストの部下で、私の捜索をしている追手か。
だが彼らの攻撃を避ける程に疑問が私の思考を埋め尽くしていた。
「やっぱり、メインの武器は
もしクレストの追手だというのなら、何故こんな
私に直接対面している彼が追手を出すのなら、本気で殺そうとしてくるのなら、こんな武器は絶対に渡してくるはずがない。
効かないのを十分に理解しているはずだから。
森の中を爆走する私の背後からまた一本の槍が掠め、射線上に生えた無辜の木々を爆破していく。
彼らは捕獲するためのあの魔法だの、ちょっとした障壁だなんだは使っているが、攻撃として最も多用するのはこの爆発する槍だ。
つまりこの武器の攻撃力にこそ最大の信頼を置いている。そう、例えるなら私にとっての
『――!』
『――――!』
「あーもううるさい!」
うんざりだ。
また頭上で彼らが絶叫して槍を投げようとしていたので、走っている最中ちょうど横にあった巨大な岩をカリバーで思い切り殴り飛ばす。
衝撃に耐えきれず拳大に弾けとんだそれは木より高く飛んでいた彼らへまっすぐに襲い掛かり、生鈍い音を立てて竜や彼らの胴へとめり込んだ。
「あっ……」
大丈夫かな。
少し怒りのあまりやってしまったかと思ったが、空から落ちてきたその男は木の枝へと引っ掛かり、なんだか信念の宿った眼でこちらを睨みつけていた。
ついでにどっかから飛んできた槍を彼には当たらない方向へ蹴り飛ばす。
「ふぃ、大丈夫か……行こ」
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