第320話
ブレイブと名乗った男との生活は奇妙なものだった。
互いに身の上はさして話さない。
どこで生まれたのか、何故ここにいるのか、一体何をしてきたのか。
その全てを彼は一切聞こうとしないし、勿論私だって何一つとして聞こうとはしなかった。
おおよそ二週間ほどだろうか。
一日の長さも私の知るそれとさほど変わらないこの世界で、私はこの小さな小屋で彼と二人過ごした。
「ずっと家の中で寝てるのも退屈じゃないかい?」
「でも外に出るのは……」
「じゃあ森の中なんてどうだい? そこならすぐに木で姿を隠せるだろうし」
最初は全く外に出ずひたすら寝ていたのだが、傷の痛みも落ち着いてきて退屈気に窓の外を眺めていたある日の昼頃、彼に誘われて外に出た。
「お」
森の中には様々な生物が溢れていたが、真っ先に私が見つけたのは腕くらいの大きさはある竜のような奴だった。
そいつは棘ばった全身を丸めゴロゴロと転がり移動しており、はて、一体何処で見たのかは忘れたが、なんだか懐かしさを覚えてしまう。
「モロモルドラゴンか」
私の質問にブレイブさんが名を呟く。
「ドラゴンなの?」
「いや、トカゲの仲間だよ。モロモル島ってここからちょっと離れた島に多く生息していてね、群れのボスのキングドラゴンは中々の巨体で初めて見た時は正直震えあがったよ」
「へぇ……」
トカゲが森の奥にゴロゴロと転がり姿を隠す中、ゆっくりと立ち上がって周囲を見回す。
つつくと空中へ飛び上がり、弾ける様に花びらを散らす青い花。
森の奥、遠方でのそのそと動き回るこちらからでも姿が見える程の巨大な動物。
地球ではきっとダンジョンくらいでしか見ることの出来なかった奇妙な生物が、あちら、こちら、目を向ける度に新しく飛び込んできた。
このどれもが
きっと現地人であれば常識的な内容ばかりであった私の質問に、ブレイブさんは嫌な顔一つせずすべての解説をしてくれた。
正直なところ私は薄々感づいていたのだろう、そして彼もまた同様なのだと理解していた。
互いに身の上はさして話さない、そう言ったが現実は多分もう少し違うものだ。
何故私がこんなに無知なのか、なぜ彼は疑問すら抱かず全てを応えてくれるのか、何故異世界人であるはずの私たちが
無数の小さな情報達は全て同じ答えを指し示していて、けれど互いに私たちは答え合わせから顔を背けている。
そう、話さないのではなく話すことが出来ない。もし口にしてしまえば私は、いや、私達は何を口にしてしまうのかが互いに分からなかったのだろう。
「そろそろ戻ろうか」
真っ青な空、深緑の森、風に揺らめく翠の草原そして……蒼の塔。
見慣れないものばかりの世界で、唯一私の見慣れた存在。
だが一つだけ違うのは、
背後の窓をちらりと見る。
風景の大半を映すその透明な物体には、つい先ほどまで見ていたはずの蒼い塔は欠片すら映っていない。
味覚嗅覚に続いて視覚の変化、か。
こればかりは本当に幸運だ。カナリアの話じゃ魔天楼はどれも見えないような処理がされているらしいし、もし普通の人間の視覚のままならばこれだけ大きく堂々と立っている塔を、私はみすみす見逃してしまっていただろうから。
「どうかしたのかい?」
「いや、何でもない」
「そうかい? じゃあ戻って昼のごはんにしよう」
異世界の食べ物に別段目立ったものはない。
鮮烈な赤や黄色の食べ物はあまりないし、あるにはあるのかもしれないが、
今日のお昼ご飯は濃い緑の葉物野菜の炒め物に、小さな肉と根菜らしきもののスープ、中には小麦粉のような団子がいくつか浮かんでいる。
「料理は苦手なんだ」
「私も」
「そうなのかい? 一人で住んでるときはこんなんでも良かったんだけど、少し勉強するべきかもなぁ」
ぽつりと彼が呟いた後、食卓は静寂に満たされた。
食事で味や匂いを感じることはないが満腹感はある、熱いものを流し込む感覚も。
ブレイブさんと話し木製のスプーンを動かす、そんな単純な動作だが満腹感と共に私が人である気分でで満たされた。
「傷」
「ん?」
「傷、どれくらいで治っちゃうかな」
私の言葉に彼は少し寂しそうな顔を浮かべ、優しく笑った。
「……僕には分からないなぁ。でもまあ、君がそれでいいなら、治ってもここにいて構わないんじゃないかな」
.
.
.
「ちょっと街に出てくるよ、街にいる人の回診とちょっと食料を買ってくる。夕方までには帰ってくるよ」
ブレイブさんは食後に小さく微笑み、何も持たずに家を出た。
「おっと、っと」
随分と良くなってきた体ではあるが万全ではない。
ひょんなことでふらついてしまった拍子、身体を支えようと机へ手を伸ばすも指一本分くらい足りず、想像以上に激しくひっくり返ってしまう。
「いて……あれ……」
言葉は裏腹に痛みは別にない、名残のようなものだ。
だがなんとなしにぶつけた額を撫で……転んだ拍子にずれてしまったのだろう、その少し汚れたカーペットの裏の床には、ちょっと見ただけでは分かりにくい小さな線が走っていることに気付いた。
そしてほのかに香る甘い匂い、それはその線の隙間から来ている。
香料や食べ物の匂いじゃない、魔力だ。
私の嗅覚がは魔力、それも濃密な魔力の存在が無くては反応はしない。
カツカツと軽いノックを繰り返すとやはり、明らかにその線を境界として音が変わる。
どれくらいの広さかまでは分からない。もしかしたらちょっとした物入れ程度なのかもしれないが、何やら空間が広がっているようだ。
注意深くカーペットを捲り上げればその線は四角形に繋がっており、床材と一致して見分けを付けるのも難しいが取ってになる場所も見つけることが出来た。
小さな物音、軋んだ金属音と共にそれが持ち上がる。
「これ……地下室、かな」
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