第299話
最後に残されたものは……
「――カリバー」
思えば長いようで、案外短い付き合いだった。
数千円ばかしで買った子供向けの金属バット。でも貧弱な私にとって、最初はそれを満足に振るうことも出来なかった。
でもユニーク武器化なんて私らしくもない幸運に恵まれて、それからずっと一緒に戦い続けてきた。
穂谷さんの持っていた綺麗な二色の双剣や、筋肉の大剣の様に派手な印象なんてない。
元々は本当にそこらへんで投げ売りされている金属バットだ。
それでもずっと握りしめ続けてきて、色んな人を助けてきた。
もはや周りに投げられるものは存在しない。
消滅の可能性や異世界へ向かう魔法陣の護衛を考慮すれば、投げてしまえばもはや取り戻しに行くことすら出来ないだろう。
――大体唯一の武器を投げ捨てて、それでこの先戦っていけるのか?
「っ!」
だが……もうこれしか……!
ギリリと奥歯がこすれ合う。
迷っている暇はない、たった数秒考えこんだだけでもモンスター達の姿はよりくっきり、その細部まで見えてしまえるほどに近付いてきているのだから。
「くそっ! 『巨大――!?」
「ぁーっ、フォ……っち……っけーん……!」
幻聴かと思った。
聞きなれた友達の声。
でも彼女のレベルは千にも満たないもので、こんな地獄絵図の戦場に足を運ぶなんてただの自殺だ。
だからきっと今聞こえたものは風か何かの鳴き声で、焦りや緊張、恐怖からありもしないものを現実と捉えてしまったのだと、そう思った。
「え……?」
ソレは私の背後から現れた。
赤い腹を見せつけ、己の影で周囲を塗りつぶしながら音もなく。
「な、な……は?」
モンスター……ではない。
滑らかな無機質の質感、何か長い塔のようなものや、全体的にカクカクとした印象を与えるフォルム。。
底部へ塗りたくられた、亜酸化銅を原料としたペンキが鮮やかな赤を示し、積まれた複数の砲台が輝かしく天を突く。
船だ。
それも漁船やボートなんて可愛らしいものじゃない、戦いのために創られた巨大な軍艦。
そのあまりに巨大すぎる姿からゆっくりとした動きにも見えるが、瞬く間に私を追い越し、雄々しい壁として目の前に立ち塞がった。
私でも見聞きしたことがある、その名は――
「イージス艦……!?」
本来ならば海洋をぷかぷかと浮かんでいるはずな、女神の盾を名乗る科学技術の叡智が、さも当然と言わんばかりに空を切り裂き宙を舞っていた。
幻覚、じゃないよね?
確かにそこにある。
けれど魔法技術は確かに武器等にも利用が始まっているが、流石にこの巨大な艦艇を浮かせるほどまでに発展した、なんて話は聞いたことが無い。
そのレベルまでに至っているのならまず車とかが空を飛んでいるだろう。少なくとも今はまだ魔力とのハイブリットが限界で、知っている限りの車は道路を走っていた。
……一人だけだ。
私の知る限りで、こんな巨大なものを浮かび上がらせて、あまつさえ自由に動かし回れるような人間なんて、一人だけしか知らない。
でも、彼女はつい先日まで戦うなって必死に止めていて、それがまさかこんなことをしてくれるなんて。
あり得ない。
そうだ。あり得ないはず、なのに……心臓が勝手に期待から高鳴りを始めた。
すぅ、と誰かが息を吸う音が耳を打つ。
『お困りのようですね!』
やはり、スピーカーから流れてきたのは聞きなれた友人の声。
「琉希……!」
『うちもおるよ!』
「芽衣も!」
よく見ればこちらから見える船の端、二人がブンブンと手を振っていた。
『あっ、そろそろ芽衣ちゃんは危ないんで船内に戻ってください』
『えっ……でも……』
『大丈夫ですから』
スピーカーから二人の会話が零れるも、妙な雰囲気に首をかしげる。
「どうして琉希が……いや、そんなことより! 今カナリアが転移用の魔法陣を準備してる! アレに攻撃が当たらない様一緒に守ってほしい!」
あれだけ私に行くなと言っていた彼女がここにいる。
当然疑問は湧く。
だが、来てくれた。それ以上でもそれ以下でもない、その事実を飲み込み協力を仰ぐ。
そしてやっぱり、船上に立つ彼女は徐に頷いてくれた。
『ふっふっふ! 守るのは構いませんが……別にあのモンスター達を殲滅しても構わないのでしょう?』
「え?」
それどころか自信に満ちた笑みを浮かべとんでもないことまで言い始めた。
いや、この巨大な船が空を飛んできた時点で、まさかね? と片隅には考えていたのだ。
だがそんなもの無茶苦茶で、私達みたいな権力も何もない人間がどうこうできるようなことではないと、真っ先に斬り捨てるはずの事で。
『フォリアちゃんは魔法陣の護衛を行っていて下さい。じゃあお願いします!』
そう、彼女が胸元へ掛けていた無線へと告げた数秒後の事だった。
ド ド ド ド ド ド ド ッ !
驚天動地の爆音が鳴り響いた。
空を駆け巡る流星の大群が瞬く間に距離をゼロへと詰め、地面ごと蠢く存在をミンチへと変えていく。
そしておまけだとばかりに打ち出された巨大なミサイルが、見事なまでに大群のど真ん中へと飛び込み……盛大に爆散した。
こちらまで届いた爆風がマフラーやコートを激しくはためかせる。
「ほ……」
えっ。
……えっ?
瞬く間に作り出された惨劇に唖然としていると、船の上からトランシーバーが一つ放り投げられ、明るい隆起の声が流れ出した。
『芽衣ちゃんのお兄さんが元海自の人だって聞いていたので、ダメ元で芽衣ちゃん連れて交渉しに行ったんですよ。そしたら組織も国も壊滅状態で、船は海から移動も出来ない粗大ゴミだってことで途方に暮れていたみたいで、なんかやけくそのオッケー出ちゃいました!』
オッケー出ちゃいました、じゃないが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます