第278話
「ああ、それと薪用の木を数本、無理のない範囲でお願いします」
「えっ、薪って取ったばっかりの木でもいいの?」
マシュマロを焚火で焼くやつしたくて調べていた時に見たのだが、取ったばかりの木では燃えないらしい。
ダンジョンから取って来たばかりの木なら新鮮そのもの、水分をたっぷりと含んでいて燃えそうにないものだが。
すると馬場さんは朗らかな笑みを浮かべ、
「くべ様で火をつけるだけならどうとでもなります。良く乾いたものと比べて火力には当然劣る上煤が多く出るのですが、電気が通るまでは致し方ありません。流石に山小屋やキャンプ用の在庫では全く足りませんからな」
と告げた。
今より法律が厳しくなかった昔の事だが、彼が幼い頃はよくこういった焚火をしては何かを焼いたりとするのが日常だったらしい。
松の葉などを集めては種火にし、切っておいた薪をくべ、川で釣った魚や野菜、そこらに生えた山菜、食べられるものなら何でも焼いて食べたとのこと。
老いなどからかつてのようにあれこれとは出来ないものの、お茶を作ったり、暇な時には知り合いの山を散策したりなどはしていたらしい。
「へぇ……楽しそう」
「まあ現代の快適な生活に慣れてしまえば、決して戻りたいと思いませんがな! 時として過去を懐かしみ少しばかりの自然に戯れる、老骨の手慰みですよ」
会話に花を咲かせつつも腕を動かすことは止めない。
ちゃかちゃかと紙を捲り、目をくまなく蠢かせ書類を読み進めていく。
この小さな街中ですら十数のダンジョンが新たに生まれた。
当然この震災の片付けすらまともに終わっていない現状だ、中をのんびりと探索などとはしていられない。
出来てしまった以上利用してやろうというのが人間ではあるものの、しかし問題もいくつか生まれてしまっていた。
「えっと……じゃあ……」
『アイテムボックス』から震災直後に探索者を集めた時、申請してもらったレベルの書かれた紙を取り出す。
えーっとまず五万以上の人……あ、この人は向こうの避難所に行ったんだっけ。じゃあこっちの人……は小学校にいるのか、
こっちの人は……病院の設備が必要な人を都会の方に運んでるんだった。
困った。
ただでさえ探索者の数は少ないのに、身体能力など様々な面で一般人より上なので便利だからか、あちらこちらへと駆り出されてしまって皆手が空いていない。
「うーん……」
なんとなしに周囲を見回す。
ぽつぽつと目が覚め、見知った顔の人達も食事を始めてはいるものの、流石に一般人にさあ取ってきてと言えるわけもない。
これは……
『あっ』
ふと、一つの視線が交わった。
琉希だ。
誰と会話するでもなく陰鬱な表情を浮かべ、壁際に座る直前に気付いてしまった。
どうやら私が気付く前に彼女はこちらを見ていたようで、何か物言いたげな感情が一瞬沸き上がるも、しかし二度ほど口を開きかけて黙りこくってしまう。
「う……」
気まずい。
大丈夫? 怪我はない?
そんな言葉がよぎるものの、一体どうして私がそんなことを言えよう。
彼女の怪我は私を止めるために無理をしたもの。その感情全てを受け止めようと、結局私は首を縦に振らなかったのだから。
「じゃ、じゃあ私が行く! 今日は詰まった用事解かないし! 私が一番レベル高いから木も実もいっぱい運べるよね! じゃあ行ってきます!」
結局、先に目を逸らしたのは私だった。
馬場さんの返事を聞かずにお盆を洗いもの用の棚へと押し込み、駆け足気味に部屋を抜け出す。
道行く人を忙しなく避けながら、後ろは振り向かなかった。
.
.
.
「あ、フォリアちゃん……ふむ……まあよいでしょうか。丁度いい時刻ですし、わしもそろそろ一仕事しますかな」
すっかり冷めてしまった緑茶を一気に飲み干し、馬場がぐるりと肩を回して立ち上がった。
少女たちに漂う微妙な雰囲気は悟っていたものの、人間関係へずかずかと裸足で踏み込むことは正しく余計なお世話。
時が解決するのか、それとも新たなきっかけが解決するのか、あるいはなあなあで疎遠になってしまうのか。
人間関係は複雑怪奇で結末を見通せないものの、馬場は実際の所そこまで心配もしていなかった。
悪意は伝播するが善意も同等、独りよがりの物でなければ自ずと互いに理解し合える。
互いに思い合っているのならまず悪い方向へは転ばないだろうと、長年の経験から分かっていたからだ。
『アイテムボックス』へ愛用の湯呑と急須を放り込めば、先ほど立ち去った金髪に似た少女が後を追うように立ち上がる。
「おや、カナリアさん。貴女もフォリアちゃんとご一緒に?」
「五月蠅いぞ若造! 私がどうしようと私の勝手だろう!」
「それもそうですな! はっはっは!」
馬場はこの同輩に似た雰囲気を持ち、偏屈ながらもどこか若さを持つ奇妙な少女へ、出会ってからというもの悪いと思いながらもつい絡んでしまっていた。
年端も行かぬ少年のような行為だが当然この歳だ、愛や恋などと言った感情は枯れ果てている。いわばそう、散歩道で毎日出会う猫を撫でるのに近い。
しかし不思議な少女だ。
今もふわりと空を舞って部屋を抜け出そうとしているものの、あのような技を使っている人間は見たことがない。
馬場自身迷宮……いや、今はダンジョンと呼ばれるそれが出てから、好奇心に駆られ暫し戦いに身を投じていたこともあったが、そもそも宙を自由に飛び回るという技自体が少なかった。
――風に身を舞わせる方はいましたが……ふむ、しかし周囲の物が舞うことはなく、実に静か。本当に変わっていますの。
「おい!」
「おや……如何様で?」
馬場には歳を経て考え事に直ぐ沈み込んでしまう癖がついてしまったものの、しかし今回は即座に引きあがらせる存在がいた。
一度は部屋を出ていったはずのカナリアだ。
彼女が差し出したのは三本の鍵、それと添えられた一枚のメモには四桁の数字が並べられていた。
「銃の鍵だ、地下室の箱に入っている。私もあいつもここを離れるからな、大丈夫だろうが一応持っておけ。こっちは暗証番号、無くすなよ」
「ほう……成程、これが件の……」
話には聞いていたが、実際に触ったことはない。
いつまでも銃や剣を振り回し、弄繰り回してみたいと思うのが男子というものだが、生憎と今の馬場にはすべきことがいくつもあった。
これも『アイテムボックス』へと放り込み、非日常から少しばかり踊ってしまう心を柔和な笑みの裏に隠し、馬場は緩やかな歩みで今は寝泊まり用となっている訓練場へと向かった。
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