第275話
「――ふむ、なるほどな」
瓦礫の道を歩く中、私の話を無言で聞いていたカナリアが静かに頷いた。
この一年間、私は不思議な体験をしてきたものだが、その中の一つに奇妙な記憶のような、立体映像のようなものを見たことがある。
触れることは出来ず、風を感じることもない。しかし好きな場所で好きな方向から覗くことができる、現代の技術ではまず有り得ない不思議な体験だった。
そしてその映像の中で見たのがカナリアだ。
今と同じくらいうるさく喚きながら捕まって、なんかすごい虐められていたのが印象的だった。
思えば確かあそこに肌の黒い女の人や、偉そうな人もいた。
きっと彼らがカナリアの言うクレスト、そしてクラリスさんなのだろう。そしてやはり彼女の話していた情報と、そこまでかけ離れた点があるわけでもない。
嘘はなかった。もしかしたら見えなかった場所での裏話などがあるのかもしれないが、分かる限りで彼女は素直に情報を私へ伝えてくれたのだろう。
「『鑑定』は記憶から望む情報を引きずり出す魔法だ。まあ流石にこの世界では汎用性があり過ぎるから、基本的には大量の制限がかかっているがな」
「そうなの?」
今まで戦っている間制限などで不便に感じたことは無かったので彼女の言葉に驚く。
「もし掛けなかったら暗証番号などといったものの一切は無駄になるだろう」
「……まあ確かに」
戦いならば目の前の敵性を持ったモンスター、もしくは目の前で会話している相手。
どこまでを読み取り、何処からは表示しないかの制限は案外厳しく、人ならば名前や年齢程度しか基本は知ることが出来ないらしい。
そういえば人に『鑑定』を使ったことは無かったな。
ふとした思い付きに過去の記憶がまた蘇った。
初めて協会に来た時には園崎さんや筋肉が私に使ったのは覚えているが、直後に他人へ許可なく使うのはよろしくないと言われて、無意識にずっと従っていたのかもしれない。
まあ年齢や名前だけとはいえ個人情報だ、勝手に知られて嫌う人も多いだろうし使わなくとも何の問題もないか。
「だが貴様の体質が体質だからな。本来は弾かれてしまう情報すらをも引き出してしまったのかもしれん」
文字で伝えるより、当然映像の方が情報量としては上だ。
当然本来ならそうならぬよう弾かれてしまうそうだが、私の魔力とやけに馴染みやすいこの体質が、弾かれてしまうはずの記憶を見せてしまった、と。
「累乗……つまり重ね合わせ、それに他の魔力とも異常なまでの親和性を誇る肉体……本来の力は固有魔法の重ね合わせ、か? 他者同士では例え阿吽の呼吸であっても必ず生まれる誤差、しかし本人ならその擦り合わせも不可能ではないはず。無数の魔力の性質を体内に記録することさえ出来れば、本人が死によって永久に失われる固有魔法、その全てを保存し、任意のタイミングによる起動の可能性すら秘めているかもしれん。ああ、そうだ。無限に近い組み合わせは果て無き創造を可能にし、森羅万象の創造とは即ち――」
なるほどなぁ、とほんのちょっとばかり考えたその間に、カナリアは私を軽く上回る思考の海へと沈んでいた。
ぶつぶつ足元の石ころを蹴り飛ばし唱える内容は、断片からどうやら私について考えているとまでは理解できるものの、その他の大半がまるで意味が分からない。
「ねえ。ねえってば、ねえ」
「叩くな! 聞こえている!」
「でも反応なかったし……」
「意図的に無視していただけだ! うむ、実に興味深い。思考を巡らすほどに好奇心が湧き出て留まらん、時間があったら貴様の体質を徹底的に調べ上げていた所だ」
わざと無視したなら猶更酷いだろう。
「あげる、元はカナリアのだし」
カナリアに琉希を浮かべて貰っている間に、『アイテムボックス』から取り出した今は亡き猫の黒い首輪を彼女へ手渡す。
この首輪は以前見た映像で、縛られていたカナリアが付けていたものだったが、同時にかつて協会で買われていた猫の首輪でもあった。
……私がこの手で殺した、一匹の猫の首輪だ。
今思えばあれも魔蝕によって変貌してしまったのだろう。
魔蝕の存在を知らなかった当時からすれば何が起こっているのかまるで分らなかったが、多くの事を知ってしまった今、原因は容易に想像できる。
最初は偶然だった。
一体何を思ったのか勝手に飲み込まれ、吐き出させることすら出来ず、しかし体調に変化も無かったので流してしまった。
……もし、もっと早くカナリアと会っていたら、助けられたのかもしれないのに。
いや、それ以前の話だ。私がもっと気を付けていれば、魔石を摂取することすらなかったはず。
私のせいで……死んだ。私が殺した。魔石さえ食べなければあんな姿にならずに済んで、今も生きていて、避難所で暢気に寝ていたのかもしれないのに。
戦わず抑え込めばよかった? 殺さずともどこかに閉じ込めていれば殺さずに済んだ……?
知ったのは、戦った後だった。
小さな車ほどあった巨体は一瞬で縮み、見慣れた姿が地面に伏せていることに気が付いた時にはもう遅かった。
無常に風へ巻かれ塵になる姿へ、私は何も出来ず地べたに這いずるだけで……自分で殺した様なものなのに、この瞬間まで忘れているとはなんと冷たい人間なのか。
思えば思うほど、彼女が感じていたであろう痛みや苦しみに息が詰まる。
もしかしたらあの時私の前に現れたのは、苦しくて、助けを求めて……? それを私は、この手で叩き潰して――
「いらん! 何が悲しくてそんなものを持っていなくてはいけないのだ! 馬鹿にしとるのか貴様!」
「……っ!」
「そ、そんなに驚かなくてもいいだろう! なんだその目は!」
カナリアの思索を咎めた直後だというのに、どうやら今度は私が沈み込んでしまったらしい。
「なんでもない。じゃあこっち」
「む……こんなものまで持っていたのか」
思いを振り払うよう雑に状況を誤魔化し、今度は木で出来たペンダントを押し付ける。
このペンダントもやはりカナリアが身に着けていたものだが、しかし処刑の時には失われていた奴。
普段使いとして彼女が愛用していた物だと『鑑定』には書かれていた。
過ぎたものはどうしようもない……変えられない。
そんなことは望んでいないだろう、あいつはただ生きたかっただけ。私がいくらどう考えようと、幾ら後悔しても、その感情はあいつにとってカリカリ一粒分の価値すらない。
だが、どうしようもないほどに陳腐で、思考を停止したような醜いエゴに塗れ、苛立たしい言葉だが、私はあいつの分以上に生きるしかない。
私は、それ以外にどうすべきか知らないから。
「こちらは受け取っておこう」
こちらに関しては特に嫌な記憶もないのだろう、すんなりと受け取り首元へ垂らす彼女。
素朴で派手な飾りもない、そこいらで数百円も払えば売っていそうな小細工ではあるが、カナリア自身もシンプルなワンピースをずっと着ているのもありよく似合っていた。
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