第270話
「え……と、止めに来た……?」
思ってもいなかった発言が飛び出してきたことで、思わず聞き返してしまった。
きっとこれは何か勘違いしてるに違いない。
私が琉希とカナリアに救われてからというものの、カナリアは私の家に住んでいる。当然琉希は私が魔蝕になった間しかカナリアと話していないわけで、知っている情報量にも差があるはず。
一から説明すれば分かってくれるだろう。
「あ、ああ! 琉希はまだ細かい事情知らないもんね。実は……!」
「突然増えたダンジョン。普通の地震からすればまず有り得ない、世界で同時多発的に起こった大震災。そして駄ルフが魔天楼と呼ぶ、まあ私たちにとっての『人類未踏破ライン』の唐突な変化。まあ前提の話を聞入れいれば大体わかりますよ。二十七年前の物と同じかそれ以上の何かが起こっている」
あ、あれ? 思ったよりちゃんとわかってる……?
二十七年前、当然私たちは生まれていない。
しかし当時は相当な騒ぎだったのは勿論分かっているし、生活の様々な物が一変した。電化製品は続々とエネルギー源を魔力へ移したし、その流れは今も続いている。
革新と混乱、当時を単純に表すのならこの五文字になるだろう。
「……琉希の言う通り、私たちはあれを止めに行く。あれを動かしている人を倒して止める」
しかし、今起こっている混乱は当時と似ているようで全く異なる。
当時が革新だとしたら今は崩壊。急速に築き上げられた魔力による社会が、全ての起源を知る者の手によって一気に崩壊を始めた。
クレスト。彼と彼の統治する王国の振る舞いはあまりに一方的で、暴力的なまでの被害をこちらの世界へ振りまいている。
「全く口にしないので、てっきりこの件には関わらないのかと思っていました」
「……本当は地震があった日からずっと動いてた」
「みたいですね。何日か観察してたので知ってます」
琉希の顔にいつものような表情はない。
淡々と語っているが、しかし何かを堪えるような怒りの感情を感じる。
けれど彼女が何を求めているのかが分からなくて、無言で見つめていたところ、いきなり琉希はおもむろに拍手を始めた。
「世界を救うために、数少ない味方を伴って戦いに行く。英雄的で素晴らしい行為ですね」
「おい、こいつなんか怒ってないか」
「怒ってません、貴女は黙るか永遠に黙るかしていてください」
「絶対怒ってるだろ!」
カナリアの前、地面がボコリと抉れる。
直後、土くれが意志を持ったかのように宙を舞い、恐ろしく的確にカナリアの顔を狙って空を舞った。
きっと琉希のスキルで操られたのだろう。
渋そうに顔を歪めたカナリアがそれを払いのけ、横でどう口を挟もうかと眺めていた園崎さんの手を引っ張った。
「うおっ。おい園崎美羽、なんかここに居るとヤバそうだしちょっと逃げるぞ」
「えっ!? ちょっ……フォリアちゃん、続きは明日しましょう!」
「明日もっと面倒な状況になってなければいいがな……」
ちらりとこちらを見た彼女へ頷く。
今はちょっと話していられないし、琉希を沈めてからでなければ何も出来ない。
「……相手の規模は?」
「え……?」
ぽつりと投げかけられた一つの質問。
「必ず倒せる手段は? 相手の手の内は? 倒したとしてあの塔自体を止められる保証は? 止めたところで世界の崩壊が止まると言い切れますか?」
いや、一つではない。それの直後、次から次へと琉希の口から飛んできた質問は、どれも私には答えようがないもので。
「それは……」
たまらずどもってしまった。
「はい、そうです。ないですね。その上、『倒す』の意味分かって言ってます?」
「それは勿論」
「殺すんですよ、人間を。駄ルフの話からして二十四年、いえ、塔が出来る前からですからざっと六十年でしょうか。ずっと蔓延って来たその相手はモンスターなんか比べ物にならないほど狡猾で、残酷で、悪意に満ちています」
殺す。
そう、私はほとんど話したこともない人間を、これから殺そうとしている。
……きっと、たまらないほど不愉快で、永遠に忘れられない体験になるだろう。
クレスト、筋肉を殺した人。カナリアから奪った情報で魔天楼を作り上げ、世界に罅を入れ、そして今更に何かをしている。
私にとって、いや、この世界の人にとって彼は憎むべき対象なのだろう。
コートの内側に入れていた両手を握りしめる。
……私は彼を許せない。身勝手で、一方的で、理不尽な行動で多くの人を殺した彼を。
けれど同時に、何故こんなことをするのか、という純粋な疑問もあった。ただ人の心がないだけなのか、それとも何か理由があるのか……きっと、他の人からしたらあまりに甘いと言われてしまうような考えだろう。
俯く私へ降り注ぐ視線を感じる。
「でも、きっとそんな人間でも、貴女は殺す直前に躊躇する。相手の家族、身辺、生まれ、行動、何故そういった行動に至ったのか、思わなくていい思いやりに腕が止まる」
「……っ!?」
心臓が跳ねる。
思考を読んだかのような彼女の言葉に驚き視線を上げると、彼女は呆れたようなため息を吐いて首を振った。
「ほら、今もきっと考えてた。それで相手も貴女の素直さに付け込み、哀れみを乞うような行動すらしてくるかもしれない」
「りゅ、琉希は思い込み強すぎだって!」
恐ろしいほど細かく、しかしどこか自分自身納得してしまいそうな彼女の言葉を、上擦った声で無理やりにも掻き消す。
しかし完全な沈黙が下りることもなく、彼女は続けた。
「そして、貴女は殺される。躊躇って、隙を見せて、最後には殺される。甘さ、優しさ、どう表現するのでも構いませんけどね」
愕然とした。
未来における自分の死を告げたのが、まさか琉希だとは思わなかったから。
「――私、実はすごい利己的な人間なんです。フォリアちゃんは私の事を優しいって言いますけど、本当は自分と、自分の周りの人間さえ幸せならそれでいいんです。だからきっと、私が貴女なら躊躇しない」
そうして彼女は、今日初めてにっこりと笑った。
「でも、そんな私だから分かるんです。貴女は絶対に人を殺せない。モンスターのようにシステム染みた、ゲームの中を思わせる存在でもない、呼吸する生身の人間を殺すのは無理ですよ。そして、そこに至るまでの道も、きっと苦しみに満ちている」
彼女の身体がふわりと浮かんだ。
魔法? いや、魔法は魔法でもカナリアの扱うものとは違う、彼女独自のユニークスキルだ。
薄暗い中でもよく見てみれば分かる。彼女の足元には薄い紙が一枚宙に固定されていて、しかし決して壊れない床の役目を果たしていた。
「だから止めるんです。貴女が苦しむと分かっていて、失敗すると分かっていてその道を歩むのを、みすみす眺めているわけにはいかない」
まさか、琉希は私と戦おうとしてるの……?
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