第231話
何度も言うが、正直私はカナリアについてはかなり複雑な心境だ。
彼女が居なければ私とママはこんな酷い勘違いをせずに済んだ。
しかし彼女がいたことで助かった命はきっと多い。ダンジョンシステムはダムみたいなもので、次元の穴に蓋をすることで崩壊までの時間を稼げたのは間違いのない事実。
ダンジョンシステムがなければ、きっとこの世界は三十年前に、何一つ立ち向かう術すらなくぺっちゃんこになっていたのだろうから。
それに私や琉希の魔蝕を、絶対に変えの利かないものを使ってまで治してくれた。
彼女ほどの人間でもどうしようもないというのだ、きっと件の剣というのは本当にとんでもない価値があり、私がどうこうしようと再び手に入れることは一生できないほどの物なのだろう。
それを使った上、私たちへ何かを要求することがないというところから、やはり彼女は少なくとも悪人ではないのだと、頭では理解できる。
ぐちゃぐちゃだった。
化け物になっていた時の記憶は、若干
それがこんな、こんな変な人の、変な思考によって起こされていたのだ。
本人曰くあれは付いてきて危険な目に合わないよう、一応気を使っていたのだという。
本当に意味が分からない、死んだらどうするつもりだったのだろう。
ちょっとやり過ぎて焦ったとか笑ってたけど、本気で死にかけたこちらからすれば一ミリも笑えない。
いつぞやの筋肉に適当なアドバイスを受け死にかけた、先生との初ボス戦を思い出す。
そう、私はかなり悩んでいた。
彼女にどう反応すべきなのか、どう会話し、今後どうするべきなのか。
しかし、あれこれ考えていたものは、この買い物によって踏ん切りがついた。
いや、踏ん切りがついたというのはおかしいか。
正確にいうのなら、なんというか……その……まあもうどうでもいいかなって。
真面目に考えている私がバカみたいだってことだ。
◇
「どうしてこの私がクリスマスなぞという、顔すら知らない異世界の聖人の降臨日なぞを祝わなければならぬのだ……」
北風吹く外とは一転し、少し汗ばむほど暖かいスーパーの中、ワンピース一枚でぶつぶつとカナリアが不満を漏らす。
時々すれ違う人もおり、そんな服装に奇異の目線を向けられるも、彼女は全く気付く様子がない。
「その割には詳しくない?」
本人がその態度なのだ、私たちも、もはや彼女がそういう服装であることに疑問を持たず、代わりに引っかかってしまうのはもっとどうでもいいことばかり。
異世界人を名乗り、長い髪に隠れているとはいえ長い耳を持つ彼女。
それに私を助けてくれた技術や知識からもはや疑うべくもなく、そんな彼女が地球の歴史に詳しいというのも不思議なものだ。
まさかサンタさんの大ファンって訳でもないだろうし……
「生きるということは学ぶということ。過去の失敗から再び過ちを犯さぬよう、己が生きる場所の歴史を知るのは当然のことだ。まあ私は神などという曖昧な存在は信じないがな! 世界を変えるのが神ならば、むしろ私の方が神と言っても過言ではないだろう!」
「ケーキに何乗せましょうか?」
「私イチゴが良い、あとモモ」
上にイチゴを飾るのは譲れないとして、中に色んなフルーツを挟む方が食べていて楽しい。
以前一度食べたショートケーキがそういうものだった。
あれはショートケーキと言えばイチゴという、私の偏見を打ち砕く驚愕すべき出来事だったよ。
ハウス栽培の物だろう、クリスマスフェアだと銘打たれパックに詰め込められた、つやつや輝くイチゴの甘酸っぱい香りに頬が緩む。
まるで赤い宝石だ。
琉希曰く、私たちに取り込まれた紅い剣も凄い綺麗なものだったらしいが、私的にはこっちの方が何倍も良い。
「おい、無視するな! 貴様らが聞いてきたんだろうが!」
ぷんすか憤慨しずんずんとカートへ歩み寄るカナリア。
しかし途中でぴたりと足を止め、なにか炭酸飲料を何本もわさっと抱き上げ、ひょいと籠の中を覗き込むと……何故か眉をひそめた。
「ふむ……栄養価が偏っているな。卵と小麦粉、砂糖にクリーム……ビタミンと食物繊維が足らん、タンパク質ももう少し補っておこう。おい、納豆と葉物野菜も買いに行くぞ」
「なに言ってんの?」
ケーキに納豆? 葉物野菜?
そしてぶちぶち文句を言いながらも、しれっと大量に買い物かごへ入れてきたのはドクトルペッパーだ。
健康を語る人間がジュースを大量に買い込むとはちゃんちゃらおかしい話ではないだろうか。
「なにって……ただ体に良いケーキを作るだけだが?」
当然の顔をして戻って来た異常な返答。
……あれ? 私がおかしいのかな……? 私がおかしいのかもしれない……あれ? え?
ケーキってサラダだっけ……? いや、サラダに納豆もおかしい気がするんだけど、もしかして流行っているのかな。
「そうかな……そうかも……」
「フォリアちゃんしっかりしてください! ケークサレならともかく、甘いケーキに普通野菜や納豆は入れません!」
「……! だっ、だよね!」
琉希に必死の形相で肩を振られ、漸く正気に戻る私。
異世界ではもしかしたらケーキに納豆や野菜を合わせるのが常識なのかもしれないが、少なくともこの日本では変わった逸品と受け取られるだろう。
「栄養が伴わなければ料理とは言えん。安心しろ、貴様らのような子供で何も考えていない間抜けでも、しっかりと栄養を確保できるように指示してやろう。普段は料理などしないんだがな、まあ理論通りに行けば余裕だろう」
何故か自信満々に胸を張る彼女。
食に無頓着というレベルではない。
もしかしてママの身体の中にいるときも、こんな変なものばっかり食べていたのだろうか。
いや、恐ろしく瘦せ細っていた体からして、もしかしたらまともに食べてすらいないのかもしれない。
料理なんてさっぱり出来ない私ですらヤバいと分かることを、さも当然のように話す彼女へ戦慄する私たち。
「味が伴ってないんだけど」
「貴女この前ジュース飲んでましたよね?」
「頭を使った分糖質を確保しただけだ。今回は食事だからな、しっかりとした……」
何故か狂った理論を再び語り始めるカナリア。
「フォリアちゃん、この人絶対に目を離さないでくださいね」
「うん」
この人はだめだ。
家庭関係の嫌悪感だとか、様々な感情を超越し本能的に感じる、放置したらなんかやばいという感覚に突き動かされ、その右手首をがっちりと握りしめる。
多分ちょっと目を離したらなにかする。
「む、お、おい! 離せ! 私はいたっ、いたたたたッ!? 今は魔力がないから身体強化が出来んのだ! もっと優しく……おい! 分かった! 分かったよ! せめて手を繋ぐようにしてくれっ! 手首が粉砕するっ!?」
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