第210話

 命からがらダンジョンから逃げ出した琉希と名も知らぬ少女、そして未だ意識を失ったままのアリアを抱え、近く――とは言っても、ダンジョンからは大分距離はあるが――にあるホテルを借りることになった。

 少女曰く、アリアは魔力を失い衰弱しているが命に別状はないとのことで、取りあえずはとベッドで寝かせている。


 机を挟み椅子に座った少女二人。


 ダンジョン内では姦しく語っていた金髪の彼女であるが、一転、ここに来るまでの道すがら、そして席に座ってからの三十分余り、まったく口を開くことがなかった。

 ただただ気まずそうに視線を彷徨わせるのみ。


「――いい加減何か話したらどうですか?」


 琉希の言葉を受け肩を震わす彼女。

 パクパクと口を開き慌てふためくが、何かいいことを思いついたかのように顔がほころぶ。


「……お茶!」


 それは自身の名でも、或いは事情でもない。

 ただの催促。


 ごくわずかな時間しかフォリアと会話を交わすことは出来なかった。だが彼女の苦しみようは生半可なものではなく、無駄な時間は微かですら惜しい。

 何暢気な事を言っているのだと、内心相当切羽詰まって苛立っていた琉希にとって、これはかなり神経にくる言葉であった。


「は?」


 出会い自体が良いものどころか最悪の部類であり、そもそも壊滅的に性格の相性が悪いのだろう。

 滅多に他人へ怒ることのない琉希であったが、この少女の物言いや行動は一々しゃくに触り、状況が状況でなければ手が出ていた。


「わっ、私は客人だぞ、お茶くらい出すのが礼儀じゃないのか?」

「……分かりました」


 だが腹立たしいことこの上ないが、彼女は現状唯一の何かを知る人物。

 彼女と同行していたであろうアリアも何かしらを知っている可能性はあるが、極度の衰弱というからには今すぐ起こし、何かを聞き出すというのも難しい。


 渋々『アイテムボックス』から取り出した件の激甘紅茶を紙コップに注ぎ、荒々しく彼女の前に叩きつける琉希。

 少女は想像以上に早く出てきたことに目を剥き、しかし取り繕うようにふてぶてしい顔を貼り付け足を組むと、ぶつぶつ文句を垂れながら紙コップの中身を一気に・・・飲み干した。


「ふ、ふん、あるなら最初から出せば……っ!?」


 紅茶の霧が生まれた。


「あ゛っ、なっ、なっ、なんだこれは!? 甘痛い!? 殺す気か貴様!?」

「ちゃんとお茶出しましたよね? 早く私の質問に答えてください。貴女は何者で、何が目的で、フォリアちゃんに何をしたんですかっ!」


 少女の袖をつかむ琉希。


 少女はフォリアと同程度の身長と体形、当然相応に軽く、加えてフォリアから逆流してきた魔力によってレベルも元に戻った琉希にとって、それを掴み上げることは造作でもないことであった。

 彼女は苦しそうに・・・・・琉希の手を叩き、下ろす様に叫ぶ。


 何かに気付いた琉希の目がきゅう、と細くなった。


「ふぅ……あー、腹が減ってきたなぁ! こう、がっつりとしたものが食いたいなぁ!」


 地に足をつけ安堵した少女がキッと目線を鋭くし、琉希へ再び胸を張り大声を上げる。


「……そうですか」

「なっ、なんだその目は! こっ、このっ、この私に文句があるのか!?」


 琉希の目線に気付き一瞬怯むも、しかし彼女は喚くことを止めはしなかった。

 そう、それはまるで何か知られることを恐れ、無理やり張る虚勢のように。


「……一々作っている暇もないので買ってきます、牛丼で良いですね?」

「ああ」

.

.

.



「どうぞ」

「なんだ、温泉卵はないのか? そうだな、後何か汁物でも用意してくれ」


 わがままな催促は続く。


「遅い! もう食い終わってしまったぞ!」

「どうぞ」

「まったくあっつああぁっ!?」


 沸騰寸前のお湯を頭からぶっかけられた少女。

 至極当然のように熱さに悶えるも、頭から低品質なポーションを掛けられ痛みが落ち着いたところで、ふと上を見上げ、自分を睨みつける目に気付く。


「ほう……熱いですか……やはり貴女、随分と力を消耗しているみたいですね?」

「……っ!」


 普段自分達が戦うモンスターは熱を吹き、何かを焼き尽くすほどのモンスターだ。

 それに耐えられるのだから、当然高レベルの探索者達が熱湯程度で火傷することはない。

 一定以上の温度になるとあまり感じなくなると言えばいいのか、実際の温度と感覚の温度が乖離していくのだ。

 勿論、さらに高温になればまた別の話ではあるが。


 本来琉希たちを圧倒するほどの存在、熱湯に耐えられないわけがない。

 それに先ほど持ち上げた時も、抵抗するに出来ていなかった。戦いで力を使い果たしたのだろう、見た目相応の力しか今の彼女には宿っていないようだ。


「どうやら私でも勝てそうですね。話す気がないなら無いで構いませんけど……それ相応の対応は覚悟してもらいます」

「待て、そのペンチはなんだ!?」


 琉希はそのスキルの特性上、『アイテムボックス』を優先的に拡張し、様々なものを仕舞い込んでいる。

 彼女はそれを手の内で弄びつつ、少女が机に叩きつけた指を眺めた。


「爪を剥ぎます。拷問はしたことないんですけど……」

「拷問したことある奴がホイホイいてたまるか! わ、分かったよ……言えばいいんだろ言えば……だからソレは仕舞ってくれ! くぱくぱ動かすな!」

「いやですね、拷問なんて冗談に決まってます。最初から素直に言えばいいんですよ。フォリアちゃんの治し方をさっさと吐いてください」


 対面に座り顔を背けた少女が、ちらりと琉希の顔を伺う。


「きっ、聞いても、おっ、怒るなよ!」

「……分かりました」


 ここまで言い渋るのは要するに、相応に言いにくい内容ということ。


 ダンジョンを創ったという彼女の言葉が果たして真実かはともかくとして、少なくとも実力は確固たるものがあった。

 恐らく現状世界最強と言われている、レベル六十万ですら鼻で笑うほどに。

 スキルやダンジョンに関係するものの造詣も深く、その言葉には確然たる重みが宿る。


 その彼女ですら口を噤もうと必死になることなど大方予想がつく。

 そう――


「――端的に言ってしまえば……あの子を治す手段はない」

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