第199話
「くそ……!」
乱れ突きもかくやと言わんばかりに、次から次へ繰り出される一方的な攻撃。
牙で、爪で、尾で。
時として混じる咆哮は魔法の発動に関係しているようで、恐ろしいほど正確に私の前へ蒼のクリスタルが生まれたかと思うと、即座に起爆し雪ごと一帯を吹き飛ばした。
一撃食らえばおしまい。
吹雪は収まってきたとはいえ周囲は極寒だ。にも拘らずもう服の中は汗でぐちゃぐちゃで、やりたいことをやると恐怖を忘れたつもりでも、精神は極度に緊張を強いられているのだと嫌でも分からされる。
致命的な一撃を受けそうになるも、なんとか回避に専念することで、『アクセラレーション』の併用もあり、今のところはどうにか交わすことが出来ている。
だがそれだけ。
こちらの攻撃はまともにダメージが入ることもなく、どうにかスキルによって回避しているに過ぎない今の状況は戦闘ではない、ただの狩りだ。
それに全てを避けられるわけではない。
掠り、足を打たれ、爆発の衝撃に脳が揺さぶられ視界がくらむ。
チクチクと体を削られていく痛みは、たとえ回復魔法で治ろうと確実に私の集中力を蝕んでいった。
「フォリアちゃん! 『ヒール』!」
「ありが――っ!」
ぐらりと足元が揺れた。
新雪のこすれ合うような感覚ではない。
もっと何か角ばっていて、硬質で、立つのに酷く向いていない不安定な物体。
雪に埋もれた中、かすかに覗いたそれは
「な……あ……っ!?」
やられた。
これは先ほどから雪狐が発動している、魔法の前兆ともいうべきクリスタルだ。
見渡せば所々穴が開いている。恐らくあの一か所一か所に同じようなものが埋め込まれていて、私はまんまと誘導されたらしい。
視界の奥で、奴が一層勢いをつけこちらへ駆け寄るのが見えた。
耳を劈く爆音。
破れかぶれの跳躍は、一瞬だけ私に逃げる猶予を与えた。
だが、目の前で広がった凍て付く爆発はあっという間に私へ追いつき、純白のコートごとこの身を叩きのめしていく。
肉体を凍て付かせ、指から粉々に衝撃が破壊していく様を見ながらも、痛覚すら冷気に侵食されたことで感じないことに、どこか冷静な私が観察していた。
「け……ふ……」
「ひ……『ヒール』!」
一発目は凍り付いた肉体部を、二発目は全身の傷を、最後は失われた指を。
空を舞う私へ連続して撃たれた魔法が、即座に肉体を再生していく。
だがそれに意味はない。
この広い雪原には。何もなかった。
木も、岩も、とっかかりとしてどうこうできるものが何一つなく、ただ一面に雪が広がるのみ。
自由落下の永遠にも思える刹那、私はその時を待つ以外出来ることはない。
赤黒くどこまでも深い喉がこちらへゆっくり近づいてくるのを、ぼんやりと眺めるだけ。
カリバーを伸ばして地面に突き立てる?
いや、既に横から牙を剥き飛び掛かっている狐がいる、間に合わない。
「フォリアちゃん!」
「――っ!」
彼女が叫んだ瞬間、私の目の前にちゃぶ台程はある岩が現れた。
そうか、琉希の『
それはありとあらゆるものを専用武器として登録し、好きな位置に出し入れし、操作することの出来るユニークスキル。
目の前の岩は、まるで私に蹴ってくれと言わんばかりだ。
「ぜあァッ!」
ガチィッ!
岩を蹴飛ばし横へ跳んだ瞬間、後ろ髪の数センチ後ろ、硬質な何かがぶつかり合う音に背筋が凍った。
「琉希!」
「なんでしょう!?」
「今の感じで!」
「了解です!」
地面に降り立ち彼女へ合図を送る。
私以外私の動きを捉えられなくなる都合上、彼女の支援を受けるタイミングでは『アクセラレーション』を使えない。
だがこの立体的な機動、特にこの平面を主とする雪原では圧倒的な優位性を作り出す。
それからは圧倒的だった。
飛び掛かってきたら蹴ることでそれより速く地面へ降り立ち、噛み付いてきたら目前で立ちふさがる。
適切なタイミングで生み出される琉希の足場は、捕まり、蹴り、時には盾としてありとあらゆる面で私の回避を支えてくれた
防ぐのに精いっぱいだった攻撃は余裕をもって避けることが出来るようになり、目が慣れてきたことでかすり傷自体も減った。
だが攻めあぐねているのは変わらずだ。
何度かすれ違いざま、或いは隙を突いて『アクセラレーション』で攻撃を仕掛けてみたものの、まともに通った気配がない。
鼻は駄目だ、狭くて狙いにくい上に骨が硬い。
背中も分厚い毛におおわれ、加えてその下にはがっちりとした背骨が構えている。
ならば狙うべきは……
「琉希、おなか狙う!」
「いえすまむ!」
琉希が出す二つの岩の間を跳び、舞い、捕まり落ちる。
空中を主とした二人による協力による立体機動と、大して効くことのないスキルによるヒット&アウェイ。
時として琉希の方向へ意識が逸れることもあるが、その時は鼻先を狙って『アクセラレーション』の一撃を叩きこみ、ダメージこそさほどでもないものの、こちらへしっかり意識を向けさせる。
雪狐は巨体であるがその重さ故沈むのだろう、周囲を満遍なく覆う雪に体の半分ほどは埋まっており、弱点である腹を狙うのは容易ではない。
「上に出して!」
「はい!」
交互に出される岩を跳び、天へ駆け上がる。
だが狐も馬鹿じゃない。後を追うように岩へ飛び乗り、琉希の手で消されるより速く跳んでは私の後を追ってきた。
五メートル、十メートル、みるみる遠ざかっていく地面。
圧倒的レベル差と、奴自体俊敏さに重きを置くモンスターなだけあり、次第に私たちの距離は縮まっていく。
顔一つ、牙一つ、薄皮一枚。
ついてはまだ届かないとばかりに苛立ち、足元で激しく鳴る牙へ恐怖を覚えながらも、ただひたすら岩を上り続け……
遂にその時が来た。
「……ッ!」
次の岩が現れない。
圏外だ。
琉希のスキルがこれより先には届かない。
悟った獣が岩の上に着地し、全身の力を四肢へみなぎらせるのが分かった。
ぶるりと毛皮の下で震え撓る筋肉。
そしてついに……力が解き放たれた。
『ヴォウッ!!』
雪より白い牙から、だらりとよだれが垂れる。
瞳が、追い詰めた獲物を屠る喜びで、嗜虐的にきゅうと縮んだ。
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