第198話
「凄いねこれ」
「凄いですよね、それ」
両手をあっためるようにカップを覆い、深い琥珀色のそれをちみちみ啜る。
普通の紅茶と比べても相当濃く煮だされたそれに、とろみがつき、喉が焼け付くほど大量に入れられた砂糖。
こんなのを飲むなんて冗談かと思ったが、一口含むだけで分かる、口内へ溢れる爽やかで芳醇な茶葉の香りに驚く。
美味しい、信じられないことに。
きっと同量の砂糖を入れられた水ではそうはいかない。
濃く煮だされたことで、素では飲めないほど抽出されている渋み、苦み、雑味が不思議と心地いいのだ。
ここ最近睡眠もまともにとれていなかった体に、それでも今だけは頑張ろうという活力が漲り、新たな一歩を踏み出そうという気力に満ち満ちていく。
まあ外はだいぶましになってきた……とはいえ吹雪は相変わらずで、まともに一歩踏み出すなんて出来ないんだけど。
「ふぁ……」
だが飲み干してみれば緊張が緩んだせいか、この冷たい氷の穴の中だというのに眠くなってきた。
「少し目でも瞑ってたらどうですか?」
「雪山で寝ると死ぬって聞いたことあるけど……」
「低体温症にならなければ大丈夫ですよ。十五分くらいですかねぇ、カフェインが効くまで時間かかりますし」
こちらへどうぞ。
そう琉希が肩を貸してくれたので、それに甘えて寄り掛かる。
「じゃあちょっとだけ……」
暴風とビニールシートが揺れる騒音が、今日の私の子守歌。
体重を背中と横に預けることで、必然視線は上に。
心地が良いものではないが……なんだか久しぶりに……
「あ」
偶然見た天井では真ん丸の紅い瞳が浮かび、こちらをじっと覗いていた。
◇
『アクセラレーション』で琉希を抱え穴を飛び出した瞬間、横で小さなトラックほどある巨大な体が跳びあがり、頭から私たちの居た場所に飛び込むのが見えた。
「え? あれ?」
「琉希、モンスターモンスター。戦うよ」
「あ、はい」
小脇に抱えられた彼女がいきなり外に放り出されたことで困惑している。
スキルの効果で強化されている私はともかく、かなりの勢いで飛び出したので衝撃が心配だったが、一応力を抑えて飛んだのでそこまで問題はなかったらしい。
「ちょっと首が痛いです……」
「ごめん、いきなりだったから何も言えなくて……」
「あ、いえいえ、大丈夫ですよ! 『ヒール』……ほら!」
自分に回復魔法をかけながら
しかし戦闘となればそうふざけ合うことも出来ない。地面に降りた琉希も真正面へ構え、モンスターの様子を確認しだした。
私たちを仕留められなかったことを悔いているのか、それとも今から食いつぶすとの宣言か。
ゆっくり雪の中から埋もれた上半身を引き摺り出したそいつは、ぶるりと体を震わせ天へ
しかしそれにしても美しい、雪の化身だと言われれば納得してしまう姿だ。
そのモンスターはまるで全身雪のように真っ白で、見るからに柔らかな毛で覆われ優美な曲線を描き、加えて巨大な二つに分かれた尻尾を持っている……狐、に見える。
今の今命を狙われていたというのにちょっと魅了されてしまうほど。雪の中でゆっくりこちらへ間合いを詰める姿は、絵画から切り取ったように神秘的だった。
まあ凄いかっこいいけど要するにデカくて白い狐だ、雪狐とかでいいだろう。
――――――――――――――――
種族 ベラティ・マナジリアウルペス
名前 ウハル
LV 210000
HP 302934 MP 394583
物攻 1193847 魔攻 304822
耐久 329452 俊敏 802837
知力 602847 運 61
――――――――――――――――
だが私と琉希、共にモンスターのレベルを見て固まった。
二十万。
それは最初覚悟していた十万を軽く飛び越え、想定していたがあまり考えたくなかったレベルだ。
「後衛お願い」
「了解です」
レベル差からして琉希は一撃でも食らえばおしまいだ。
ここは私が表に出て戦い、少なくともある程度ダメージを耐えられるほどレベルが上がるまで、琉希には後衛に徹してもらう。
「おおおッ!」
斜めへ全力疾走。
獲物とばかり思っていたこちらが逃げるようにも見え苛立ったのか、不機嫌そうに甲高い鳴き声を上げあちらも駆け寄ってきた。
爆音を上げ纏わりつく雪を弾き飛ばし、四足歩行の安定した動きで突進してくる姿はさながら重戦車だ。
いや、重戦車なんて余裕で叩き潰してしまうであろう怪物を前にすれば、その表現も適切とは言えないか。
速い……! でもこれくらいならっ!
私を追い正面を取った雪狐。
黒々とした口を開けこちらを噛み砕こうとした瞬間、
「――『アクセラレーション』」
すれ違いざまに『アクセラレーション』を発動し、その鼻先へ『スカルクラッシュ』を叩きこむ。
「くっそ……!」
硬すぎる……っ!
柔らかな毛皮の下には分厚く頑丈な頭蓋骨がある。
弱点であろう鼻であろうとそれは変わらず、恐ろしいほどの反動に視界が揺れ、鼻奥に鉄さび臭さが広がった。
三食に点滅する視界で、ゆっくりと雪の中に顔が沈んでいく狐を睨みつけ、フラフラと後ろへ逃げる。
『アクセラレーション』中の攻撃は一撃必殺だ。
だが相手が硬ければ硬いほど加速した世界では私の身体に反動がかかり、隔絶したレベルでその影響は顕著なものとなる。
相手のレベルが高すぎてまともにダメージを与えられなかったのだろう、『活人剣』の効果もほぼなく、ただ攻撃を食らわせただけで私は割と限界だ。
「『解除』……琉希!」
「はい!」
背後に声を掛けた瞬間、スッと痛みが引く。
一方的に攻撃を叩き込めたと思ったが、下の雪に衝撃を随分と吸われてしまったのだろう。
わずかに口から血を零した狐は平然と立ち上がり軽く頭を振ると、一層不機嫌な鳴き声を上げ牙を剥いた。
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