第170話
泣く者、天を仰ぐ者、叫ぶ者、抱き合う者。
ダンジョン前の広場で繰り広げられる表現は多岐にわたれど、それらすべてがが意味する感情は唯一つ。
喜び。
明日を生きることが出来る幸せ、ただそれだけだ。
積み重なる問題はあれど、少なくとも今の私は目の前の課題をひとつ終わらすことが出来た、今はそれだけに喜びたい。
そして戦いが終わった私が、真っ先に電話を掛けたのは……
「ちょっと危なかったけど何とか倒せた」
『ああ、今ちょうどその情報が届いた。行方不明者ゼロ、死者ゼロ……文句なしの満点だな! よくやった!』
「そ、そう?」
電話の奥で彼が頷く衣擦れの音が聞こえる。
『ああそうだ、メディアや人へもっと顔を売っておけ。お前の力は特異で注目を集める、だが周囲へそれ以上の存在感を示せばそれが力から目を逸らすことも可能だ』
「どういうこと?」
『要するに大衆へお前が強くて皆を守ってくれるって思わせれば、なんで強いのかなんて誰も気にしなくなるってことだ。むしろおまえの強さを必要とすればするほど、大衆はお前を守るようになるだろう』
「なるほど……」
よく分からないが、このままレベルのことを隠し続けることは、私の行動すべてについて回る足かせとなる。
勿論全部をぺらぺら話す訳には行かないが、ちょっとでも隠す必要がなくなるというのは大きな前進だ。
が、一つ大きな問題が。
「でも顔を売るって……どうしたらいいのか分かんない……」
そう、自慢ではないが、私は滅茶苦茶愛想が悪いと自負している。
学校では何もしてないのに話したこともない人に嫌われていることもあった、多分人とまともに付き合うことが出来ない呪いでもかかっているんじゃないか。
『いつも通りにすればいい。いつも通り、お前のやりたいことをすればいい。お前の性格と見た目ならそれで十二分に目立てるさ』
「それって髪の色と身長で目立つって言ってる?」
『分かってるじゃないか、まあそれ以外の意味もあるがな』
「む……」
まあいいや、この話はあまり突きすぎても私にダメージが行くだけな気がする。
「ねえ、そろそろ帰ってこないの? やっぱり私だけじゃ……」
『――悪い、こればかりはどうしても。B以上の案件に関しては俺の方に連絡が回るようになっている、だが数の多いD以下はお前に任せたい』
「そっか……うん、分かった。頑張る」
それじゃあ、また。
電話を切り、さあ帰宅……とはならない。
ダンジョンの崩壊こそ阻止することが出来たが、協会で学んだこと曰くこれで終わりではないのだ。
崩壊そのものは終わってもダンジョン内に存在するモンスターのレベル、これは上昇したままとなっている。
放置しておいても次第にレベルが下がっていくようなのだが、当然倒してしまった方が速く終わる。
すべて倒す必要はない、しかし高レベルのモンスターが減れば減るほど、残った高レベルモンスターのレベル減少速度は上がるので出来る限りは倒しておきたい。
魔石という貴重なエネルギーの供給源であるダンジョン、協会からしても、そして協会を支援する国としてもダンジョンの探索再開は出来る限り円滑に行いたいもの。
つまり普段ここで戦っている人のために、レベルの上がったモンスターを倒してしまうのも私の仕事の内というわけだ。
今後のためレベルを上げておきたい、大変ではあるが私にも理がある仕事ではある。
電話を切った私へ、一人、二人とスーツを着た人たちが集まって来た。
「あの、琵琶日報の者ですが、少しお時間を頂いても?」
「うん……あ、はい」
ペンと手帳を抱えた彼女。どこかで聞いたことあるようなその新聞の名前、きっと地方新聞という奴だろう。
なんだかあまり現実感がないというか、なんちゃら新聞だと言われてもこう、私がそういうのに映るってのがあまりしっくりと来ない。
ちょっと疲れてもいたので何となく頷いてしまったのだが、しかしここで頷いたことそれを私はひどく後悔することになる。
「あ、結城さん! 私は~」
「名刺を~」
「お初にお目にかかり~」
「は? え? ちょ、ちょっともへぇ!?」
一体何処へ隠れていたのか、獲物を見つけた記者たちがわらわらと集まってきて、いつの間にか周りを取り囲まれてしまった。
堰を切って溢れ出す質問。
な、なにがおこって……!?
「支部長代理と伺いましたが、先日のダンジョン崩壊において貴女の姿を……」
「その強さの理由とは!?」
「年齢は!?」
「信念などなにか~」
「あ、うぇ、えへ、その、ですね……」
ヤバい、めっちゃぐいぐい聞いてくる。
嫌な目つきではない、しかし好奇心にあふれたそれは新人への期待、もとい新しく面白いものを見つけた好奇の目線。
慣れない人の目線が集中する感覚、しかも今は緊急事態からようやく脱したところで、結構心的疲労も募っている。
逃げたい……が、
『顔を売っておけよ』
筋肉に言われたことは守らなくてはいけない、しかしこのまま流されるままに返事をしていたら、面白おかしく書かれてしまうに決まっている。
ビシッと、そう、びしっと一発決めて逃げよう。
どうせ新聞に書かれるといったって端っこの方にちみっと乗っかるくらいだろうし。
「あのっ!」
『……っ!』
緊張で甲高く裏返った声。
自分で自分がこんな声を出したのかと驚くが、それ以上に、先ほどまでぼそぼそとしゃべっていた私が甲高い声を上げたことで記者の人たちが力強く目を見開いたことに動揺する。
怖……どうしよう……どうしよう……
愛想、そう、あいそを振りまくのだ。
愛想、愛想ってなんだ? 愛想を振りまくってどうすればいいんだ……?
いや違う、いつも通り振舞えばいいのだ、いつも通り……いつも通り……? 分からない、いつも通りって何通り?
待て待て待て、落ち着け。よし、要するに私が思うことを言えばいいんだよね? 素直にドストレートに言ってしまえばいいんだよね?
「あの……頑張るので、応援よろしくお願いします。あとダンジョンが崩壊する予報が出たら避難してくださいって書いてもらえませんか、危ないので」
よしっ! 言ってやったぞ!! 私は言ってやったぞ!!!
前々から思っていたのだ、なんでこいつらダンジョン崩壊するって言ってるのに暢気に見物なんてしてるんだって。
まあ避難したところでモンスターが溢れ出して、即座にボスを倒すことが出来なければ周囲ごと消えてしまうとはいえ、少なくとも避難しておけば溢れたモンスターに食い殺されることはない。
きっと崩壊と言っても以前の私みたいにあまり現実感がないのだろう。
それでも避難してほしい、全くの無駄って訳じゃないのだから。
と、本音を話したのはいいが、どうにもあたりが静寂に包みこまれてしまった。
唖然としているというか、汽車の人たちがどうにもぽかんとした表情をしていて、これはちょっと不味いぞと私でも気付く。
背中に冷や汗が流れた。
なんか変なことを知ってしまったのだろうか、それとも上からの言い様でイラっとさせてしまったのかも……
よし、逃げよう。
「じゃ、じゃあ! 私まだダンジョンの処理が残ってるので!」
「あっ、ちょっと……! 最後に写真を撮っても?」
「うぇ!? しゃ、写真ですか……?」
まさかの写真と来た。
新聞の端っこの方に書かれるだけだと思っていたのに、もしかして結構場所を取ってくれる感じなのだろうか。
いくつか並ぶカメラ。三脚まで取り出す人もいて、想像以上の大掛かりな話に私の心臓は鳴りっぱなしだ。
緊張に手が湿る。
ふと、レンズの奥にある記者の人の目線が交わった。
緩く吊り上がった口角、暖か……とまではいかないものの、そこそこ生ぬるい空気。
それは私がずっと恐れていた、探索者という
「えへ……ぴーす」
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