第127話

 筋肉についてくるなと言われた後、私が訪れたのは古手川さんの店。

 『アクセラレーション』、いや、それだけに限らず空中での移動が大きく制限される現状を解決すべく、考えていたものを作ってもらうために足を運んだ。


「やあ、三日ぶりかな」

「うん……目悪くなるよ」

「もう悪いから問題ないさ」


 こちらへ気付いてメガネをくいっと押し上げる彼は、相変わらず薄暗い部屋に小さなライト一つで文庫本を開いていた。

 彼だって今起こってるこの大事件を知らないわけじゃないだろう、しかし何も言わない。それは彼自身が興味ないのか、それとも私の態度を見てあえて何も言わないのか、私には分からない。

 けれど普段と変わらない雰囲気にほっとする、きっと今はたとえコンビニであろうと日常はないだろうから。


 まあそこに座りなよとでもいうように、適当に足で椅子が差し出されたので有難く座り、大量に買い込んだいかめしの一つを机に添える。


「これお土産」

「ふむ……いかめしか。海にでも行ってきたのかな? 有難くいただくよ」

「うん」


 そういえばそうか、気付かなかったが海の近くだからこそ売っていたのか。


 はて、それなら今度琉希を誘って遊びに行こうかとも思ったが、私はあまり泳ぐのが得意でない。

 プールの授業では体が浮かばないのと、体力があまりにないのでちょっとばかり泳ぐのすら疲労困憊だったから。


 まあ今はそもそも海だなんだと言っていられる気分ではないのだけれど。


「それで用事は? ポーション……って訳でもなさそうだね」

「あ、ポーションも一つ、いや二つ貰う」


 いそいで作ってほしいものがある。

 私が口にした瞬間彼の目が光り、待っていましたとばかりに身を乗り出し口角を吊り上げた。

 ここからは顧客と職人で、一から十まで顧客の要望を聞き完璧に叶えるのだと、それが古手川さんの矜持なのだと表情から伝わってくる。


 しかしなかなかどういったことか、自分の中のイメージを十全に伝えるのは難しい。

 身振り手振りの肉体言語であれこれと、二、三分説明を繰り返した果て、ペンと紙を取り出しながら言った。


「ふむ、要するにかぎ縄みたいなものか」

「かき……あげ……?」

「ほら、見たことないかなぁ……忍者が塀とか登るときに投げてる、こんな感じで縄の先に錨みたいなのが付いてるやつ」

「あ! それそれ! それ欲しい!」


 サラサラと紙の上に描かれたそれはまさしく私の望んでいたもの。

 まさかあのアバウトな表現で完璧に脳内のイメージを再現してしまうとは、もしかしてこいつエスパーか?


 しかし満足感のある私とは対照に古手川さんはどこか気がかりがあるようで、顎へ右手を添え眉をひそめ、何かを付け加える様に横へペンを走らせた。


「どしたの?」

「いやぁ、一応高レベルの探索者向けに編まれたロープは在庫あるんだけどねぇ、これ何に使うんだい? どこか登るとか?」

「ん、まあそんな感じ。移動中何かに投げて引っかけられたらって考えてる」

「あー、フックに関しては一般人向けの物しかないんだけど、多分君の目的で使うとすぐ曲がるか砕けるかすると思うんだよね」


 なるほど。


 考えてもいなかったが確かにその可能性は高い。

 彼には伝えていないが『アクセラレーション』中ならヨリ強烈な力がフックに加わるだろうし、そうなれば容易く壊れてしまうことはごく当然のことだった。


 これはもう少し考え直す必要があるか……?


 強力であるが、一方でただの攻撃スキルを使うだけでも反動が凄まじく、空中での移動に大きな制限がかかり、消費MPも尋常じゃない『アクセラレーション』は使う時をかなり選ぶ、云わば私の切り札ともいえるだろう。

 今までも『アクセラレーション』なんて使わなくても戦ってこれたのだし、このスキルにしては見なかったことにしてしまおうか。


 でも空中での移動手段は欲しい……魔法使えたらもっと出来ること変わっていたんだろうか、背後に魔法撃って反動で加速するとか。


「いや、でもやっぱり必要」


 ちょっと考えた結果やはり必要だなと、彼へ注文する。

 未完全なものを私へ出すことに抵抗があるのか、苦い顔つきで渋々と頷いた彼は暫し待つように私へ伝え、店の奥へと姿を消した。


 スマホの画面をちらりと覗けば、店に訪れてからまだ十分程度しか経っていない。

 筋肉といえど一切の準備なしで協会を出ることはできないし、昼時の電車なんて大した本数は通っていない……まだ充分追えるだろう。


「お待たせ。この程度ならオーダーメイドって言うほどの物じゃないから、今回は材料費だけにしとくよ。こんなので大金ふんだくるのも気持ちのいいものじゃない」

「うん、ちょっと急いでるから……」


 高い自覚はあったんだ……


「はいはい。後で引き落としておくから行っていいよ、こっちはポーションね。本当は結び方も教えときたいんだけど……」


 教えてる暇もないのかい? それならあとで『もやい結び』って調べてくれ、一つ目は結んでおいたから。


 ポーションと予備のカギを三つばかし、そしてカギを括りつけられたロープを受け取り、ぽいぽいと『アイテムボックス』へ放り込むと彼へ頭を下げる。


 その時、高速で移動する影が店の前を横切った。

 間違いない、筋肉だ。本気で走ればもっと速度が出るのだろうがここは外、あれが周囲を確認しつつ動ける程度の速さなのだろう。


 これなら私にもついていける。


「ふぃ……よし!」


 靴紐も万全、走って疲れたときようにポーションも追加で買った!

 あとは追うのみ!




 私はこの時の選択を後悔しているし、やってよかったとも思っている。

 この選択のおかげで失っていた大切なものを得られたが、一方で抗いようのない大きな渦へ巻き込まれざるを得なくなってしまったから。

 しらないと目を逸らし続けていればきっと、他の人々と同じように私は何も知らぬまま終わることが出来たし、背負わなくて済んだ。


 ただ一つだけ言えるのなら……現実は結構残酷だってことだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る