第126話

 絶望という物は突然来るように感じる。

 例に出せばそれは無数にあり、人によって定義がまた大きく変動してしまうが、そのどれもは意識外からひょいとやってきては、私たちの心を酷く叩きのめしていくものだ。


 モンスターか人かに踏み潰され途絶える映像、絶え間なく響くサイレンと人々の悲鳴、騒音。

 暴虐の嵐とでもいえばいいのだろうか、映像に出てくるそれは荒々しく、あまりに早過ぎる攻撃は映像で捕え切れていないようで、モンスターが動いたかと思えば既に家が吹き飛んでいる。

 統一感もなく暴れる怪物たちに人々はなすすべもなく食いちぎられ、映像は絶え間なく切り替わり、最後には顔色の悪いキャスターの姿だけが映された。 


 まるで映画だ。

 いや、私は別に映画を嗜む高尚な趣味があるわけではないが、よく週末に流されている映画ではアメリカが定期的に滅びているのでそんなイメージを持ってしまったのかもしれない。


「え……めっちゃヤバくない……?」


 『人類未踏破』というのは未踏破だからそういわれるのだ。

 正確にはAの中でも上位のところは踏破されていないとはいえ、未踏破ラインのレベルは100万を平然と超え、今までのモンスターとは一線を画す絶望的な存在。

 数こそ片手で数えられるほどとはいえ、その一つ一つが普通のダンジョン崩壊とは比べ物にならない、一体だれがこの溢れ出したモンスターたちを倒すのだろう。


 『人類未踏破』だけじゃない、そもそも高ランクになるダンジョンの崩壊は少ない……A以上に関しては今までなかったはずだし、崩壊しないと言われていたじゃないか。

 だってもしそんなことが起こっていたら一大事だ、戦争で焼け野原なんて甘いものじゃない事態になっているし、もっと大騒ぎされているはずなのに。


 しかし彼女は焦った様子もなく、平然とした声音で返す。


「大丈夫よ、今日中……いや、明日・・には皆忘れてるわ」

「は?」


 いやいや、どう考えても今日明日で収まる話じゃないだろう。


 だが、本当にそれは突然なのだろうか。

 本当は小さく、小さく、誰にも気付かれない程度ではあるが、ずっと前からすべて動き出しているのではないだろうか。

 きっと私たちの世界に起こっていたこともずっと前からちょっとずつ起こっていて、しかし誰にも気付くことが出来なかっただけなのだろう。


 確かに気付ける人はいる。才能か、偶然か、或いはその両方かもしれないが、小さな違和感から答えを引っ張り出せる人間も当然存在するはずだ。

 だがたった一人に何ができるというのだろう。

 蟻が一秒後像に踏み潰されるのを理解したとして、運命がそう大きく変わるわけでもない。あまりにどうしようもない現実に諦めるしかないのだ。


 私に笑いかけた園崎さんの顔は、諦観に塗りつぶされていた。


 話は終わりだとばかりに本を取り出し、まるで私の声が聞こえないかのように振舞っては必死にページを捲る彼女。

 何度も何度も同じ行を指先でなぞる彼女の姿は、必死に冷静を保とうとしているようにしか見えなかった。

 その姿が痛ましくて、見ていられなくて、横をすり抜け筋肉の執務室へ向かう。


 園崎さんは、何も言わなかった。



「筋肉!」

「入る時くらいノックしろ」

「コンコン! 筋肉!」

「今しても遅いだろ。ロシアには行かんぞ」


 そこに座ってろ、冷蔵庫に水出しの緑茶入ってるぞ。


 私が入って来た時は丁度電話を切ったところであったらしく、一言二言会話を交わした直後にまた電話が鳴り響く。

 どうやら、というよりやはりというべきか忙しいらしい、内容は間違いなくロシアにあった『人類未踏破ライン』のダンジョンについてだろう。

 それならば帰ろうかと思ったが、しかし一つだけ聞かないといけないことが……


「え、ロシア行かないの?」

「陸路も空路も海路も全滅だからな。第一行ったところで殺されるだけだ、どうしようもない」

「でも!」


「なあ結城、人には出来ることと出来ないことがある……俺だって出来れば向かいたいさ、だが行ったところでもう遅い・・・・・んだよ」


 固く握り締められた拳から彼の足元へ、粘り気のある赤い雫が垂れた。


「……ごめん……なさい」

「ああ、気にするな。どうせ明日には忘れてるさ・・・・・・


 また、だ。

 その『明日までに忘れている』っていうのは、一体どういう意味なんだ。


 私の疑問へ蓋をするように電話が鳴り響く。

 一息置いた彼はそれを取り上げ、内容が想定外であったのだろう、大きく顔を顰め荒々しく怒鳴った。


「ああ!? D程度を食い止められなかっただぁ!? 人手が足りなかったって……分かった、今から行く!」

「ど、どうしたの!?」

「他のの管轄だったダンジョンが崩壊した、今から向かう」

「私も行く」

「……いや、お前は付いてくるな。今回は危険だからな」


 嘘だ。

 Dランクダンジョンなら『炎来』と同水準だ、ダチョウや蛾のレベルからして今の私には容易く倒せる程度のレベルだし、昨日電話でレベルの話をした筋肉に理解できないわけがない。

 規模は全く違うがアメリカのとこのDランクダンジョン、共通点は一緒で、何か情報を拾えるはず。


 きっと二人は何かを知っている。きっと私には……いや、私たちには知らされていない何かがあるはずなんだ。


 だから私は……

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