第89話

 筋肉が置いていったそれは非常にシンプルなデザイン、一体何の物かは分からないがつやつやとした、皮で出来た黒い首輪。


 迷宮産の首輪、か。

 なんか変な呪いとかかかってないだろうな、心配だぞ。

 大丈夫だとは思うけど、あいつ結構大雑把なところあるからなぁ。


 まだほんの数か月前のことではあるが出会って数日後、かなり適当なアドバイスで死にかけたことを思い出す。

 まあ一人一人がどうなるかなんて深く考えていたら、協会のトップなんてまともに心が持たないのかもしれないけど。


 ……一応見ておくか。


「『鑑定』」


 机の上のソレに言い慣れたワードを掛けた瞬間……





「ん……ここは……」


 外だ。

 純白な石畳、大きな広場の中心に私はいた。


 あれ? いつの間にこんなところ出たんだろう。

 ついに私は痴呆で徘徊するほど頭がおかしくなって……


「放せ! くそっ、これはきっと何かの誤解なんだ! なあ!」


 ふと、背後からの声に気付く。


「おお……」


 全く気が付かなかったが物凄い量の人、人、人。

 ずらりと並んだこう、なんか物凄いごてっとした鎧を着た人や、ともすればコスプレか映画の撮影にでも見える豪華で重そうな服を着た人達。

 そして出入口なのだろうか、奥まで続く真っ暗な通路から引っ張り出されてきた1人の少女に驚く。


 見たことある人だ……


 日本にはいない……勿論コスプレを除けば、ピンと尖った耳、そして私と同じ金色の髪。

 名前をなんというのだったか。カメムシ? カメリア? カチョエぺぺ? ともかくそのような名前の人。

 前のダンジョン崩壊時に拾ったペンダントの持ち主、きっと異世界の……


 ああ、そうか。

 気付くのが遅れたがこれ、この前の不思議な体験の続きなのかもしれない。

 異世界、かもしれない不思議な映像。


「王よ、聴いてくれ! 私は生まれてこの方決して罪など犯したことがない! 裁きと守護の女神クレネリアスに誓ってもいい!」

「罪人はみぃんなそう言うのよ。知らないのかしら、カナリア?」

「クラリス! よかった、お前も説明してくれよ! お前だって私はそんなことしないの知ってるだろ!」


 あ、そうそう。カナリアさんね、カナリアさん。


 王と呼ばれた笑みを湛え豪華な椅子へ腰かけた若い男、いや、少年にすら見えるその人。

 彼の背後からゆるりと現れた一人の女性。彼女はチョコクリームみたいな肌と白い髪はきっと私の世界に存在しない姿で、けれど自然と似合っていた。

 そしてピンと尖った耳はカナリアにそっくりで、そのつながりか分からないがどうやら彼女らは既知の存在らしい。


 クラリスと呼ばれたその人はツカツカとカナリアへ歩み寄ると、彼女の首元につながった鎖を拾い上げ睨んだ。


 すっごい薄くてひらひらの服、寒くないのかな。

 ツタっぽい何かで編まれた靴も歩きにくそう、変わった服装してるね本当。いや、異世界ではこれが普通なのか?


「クラリス、お前寒くないのか? 腹を冷やすのは体に良くないぞ」


 あ、やっぱり変な服装なんだ。


「……貴女ほんっとうに昔から変わらないわね。誰かを疑うってことを知らない、純粋で……」

「なあクラリス、おい……いっ!?」

「昔からそういう態度が不快で仕方なかったわ。常に私の前を歩いて、そのくせこっちにも無邪気によってくる貴女のその態度が! 貴女さえいなければ私は……!」

「お前……何を言って……」


 軋む鎖、カナリアの零れる小さな悲鳴。

 クラリスに引っ張られた首元の真っ黒な首輪が悲鳴を上げる。


 なんだかよく分からないが仲が悪そうだ。

 鬱憤でもぶつけているのか、こんなのをずっと見させられるのだろうかと思っていた所で、王とか呼ばれていた少年が飄々とした笑みを浮かべ寄ってきた。


「もういいか?」

「我が王……失礼いたしましたわ。しかし罪人に近づくのは御身に危険が及ぶ可能性が」

「良い。聞きたいことがあるからな」


「研究者カナリア、『次元の狭間』についての研究を隠していたというのは誠か?」

「な……! なんでその話を……!?」


 次元の狭間。

 私の人生にこれまでも、そしてこれからも大きく関わる存在を初めて知ったのはこの瞬間であったが


「あっ、あの首輪さっきの奴じゃん」


 カナリアの首についていた首輪が先ほど筋肉に渡された首輪だと気づいた私は、この時そこまで次元の狭間なるものに興味を持っていなかった。

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