第62話
「パーティ、解散しましょう」
「あ……う……」
それは薄々気付いていて、私が心から恐れていた言葉。
せっかく仲良くなったというのに……人というのは、こうもあっさり関係を切り捨ててしまうのだろうか……。
◇
「『スカルクラッシュ』!」
MPを使い切ったクリスタルに、輝くカリバーが振り下ろされる。
HPこそある程度あるとはいえ低い耐久、渾身の一撃は容易くその身に罅を入れ、ついには粉々に砕いてしまう。
そして私は『スキル累乗』を『経験値上昇』へ乗せようとして……
ごろりと転がる魔石。
レベルアップは無し。
やはり、か。
予想が当たってしまった絶望感に、頭がくらくらする。
ああ、どうか琉希だけは気付かないでくれ。
「あ、魔石落ちましたよ!」
「うん……」
「あれ、元気ないですね……どうかしました?」
ひょいとのぞき込んでくる顔を、私は真正面から見ることが出来ない。
どうやら気付いていないらしいが、このまま彼女に何も伝えず必要がるのかと思うと、心が苦しかった。
とくとくと、激しく心臓が鳴る。
いいのか、本当に何も言わなくて。
自分の中で誰かが叫んだ。
このまま何も言わなければきっと、彼女は何も気づくことなく、私と一緒に探索者として戦ってくれるだろう。
けれどそれはつまり、彼女の善意を、無知を利用しているだけで……結局、私を使い捨てたあいつらと同じことを、私もすることになる。
世界がぐにゃりと歪み、私たちの身体が落葉の入口へと戻された。
拳の中で握りしめられあ魔石が、いやに冷たく感じる。
だめだ、言おう。
頬の肉を噛み締め、悪魔の甘言に揺れる心を、無理やり元の世界へ呼び戻す。
「琉希……魔石が落ちないのは、私のせいかも、しれない」
「ええっ!? 何言ってるんですかフォリアちゃん!?」
目を真ん丸にして驚愕する彼女。
かもしれない、と言ったが、本当は九割がた確信している。
それはさっき魔石が落ちた時点で、証拠は十分集まってしまったから。
以前剣崎さんと話したとき、彼女は魔石が出なかった条件のうちに
『大人数で挑んだ時、何も出ないことがあった』
そう言った。
ダンジョンには不思議なことが多く、それもきっと何らかの条件に引っかかったのだと、私はそう思って関係ないと切り捨てた。
だが違う。これこそが私たちの前で、魔石が落ちなかった理由。
普通は報酬の分配や狭い通路での連携、多くの理由で大人数のパーティを組むことはない。
だからこそ、その必要性が薄かったからこそ、そこまでこの情報は重要視されていなかったのだろう。
経験値はどんな敵と何人で戦おうと、基本的に同じ量をパーティメンバーが貰うことが出来る。
探索者の中では常識らしい。
だが一体経験値とはどこから出てきて、どうやって分配されているのだろう。
勿論詳しいことは分からない。
だがもし、だ。
もし私の予想がすべて当たっているのならば、経験値というものは……魔力か、それになるためのナニカじゃないのか、そう思う。
魔石はモンスターの身体を作る魔力が集まったもの……らしい、そう本に書いてあった。
もし『レベルアップ』と名乗るこれがその魔力の一部を吸収して、私たちの身体を強化していたとしたら……『スキル累乗』で『経験値上昇』を強化し、その上琉希の『経験値上昇』を掛け合わせ、二人分を更に吸収している私たちは、実質大人数で魔力を貪っているのと同じなのではないか。
白銀の騎士の魔石、その魔力が少なかったのも、そして今まで魔石が落ちなかったのも当然。
だって私たちが、すべての魔力を平らげてしまったから。
魔石になる分まで一切を吸収してしまったのだ、何も出るわけがない。
私はこの仮説が正解にほど近いと、予知めいた確信を抱いている。
「……そう、ですか。なるほど」
私の拙い説明を聞き、琉希が納得したように数度頷いた。
私たち二人がパーティを組む限り、この問題が解決することはない。
私はできる限り早くレベルを上げたいが、彼女が探索者になった理由は学費を稼ぐため。
……だから嫌だった、彼女に伝えるのは。
せっかく仲良くなったというのに、もう別れるなんて。
どうか言わないでほしい、パーティを解散するなんて。
情けない感情だ。たった数日しか顔を合わせていない相手に、こうも縋り付いて泣きたいというのは。
けれどその感情を捨てることもできずに、私は彼女へ救いを求めるように、眉を歪ませて目を向けた
「パーティ、解散しましょう」
「あ……う……」
何気なく、特に何かを気にすることもなく、彼女はその言葉を紡いだ。
言わなければよかった。
押し寄せる後悔が心に穴を開け、そこに住み着く醜い化け物が、私の偽善的な行為を嘲笑う。
それは薄々気付いていて、私が心から恐れていた言葉。
せっかく仲良くなったというのに……人というのは、こうもあっさり関係を切り捨ててしまうのだろうか……
気が付けば口の中を強く噛んでいたらしく、じんわりと鉄の匂いが鼻をくすぐる。
仕方のないことだ。自分をなだめすかしたいのに、押しつぶすような冷たい感情は、私を雁字搦めに押さえつけてやめることがない。
「……うん、じゃあ、ね」
じんと熱くなった目頭を隠すように、琉希へ背を向ける。
もう、彼女と会うこともないだろう。
彼女と出会ったのもそもそも偶然で、本来は交わるべきでなかった人間だった、そう思おう。
偶然絡まった紐が解けたに過ぎないのだから、何を惜しむ必要があるだろうか。
私は……わたしは……
どうせ元々天涯孤独の身だ。
家族もいないし、良くしてくれたおばあちゃんももうこの世にはいない。
偶然できたメンバーが居なくなるくらい、別に大したことでは……
「あっ、ところで来週はいつ会います?」
「……うん」
「土曜と日曜開いてるんですけど、フォリアちゃんはどっちがいいですか?」
……うん?
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