第57話

 棍棒を避け股座へ身を滑り込ませ、その膝を裏からヤクザキック……が、ちょっとよろめくだけで倒れない。

 私の攻撃力の低さもさることながら、ホブゴブリンの耐久力に割り振られたステータス、これが厄介だった。

 バックステップで一度撤退。今回は使う必要ないかと思っていたが、アイテムボックスからカリバーを引っ張り出す。


 押し潰すような振り下ろし、棍棒を横へ薙ぎ払う様に叩き、降りてきた頭へ


「『ストライク』!」


 まずは一発。


――――――――――――――


種族 ホブゴブリン

名前 イーナ


LV 500

HP 2085/2741 MP 0


――――――――――――――


 ただでさえ高い耐久に加え殴った部位が堅牢な頭蓋骨、衝撃に手がビリビリ痺れる。

 その身を起き上がらせようと呻く巨漢、ついでにもう一発頭へ『ストライク』を叩き込んでから一度撤退。


 奥へ目をやれば『ゴブリンキングダム』はくるり、くるりと光を反射しつつ静寂を保っている。

 数で圧殺してくるかと思ったが、高みの見物でも決めているつもりか。

 まあいい、ちゃっちゃか終わらせよう。


「……『スキル累乗』対象変更、『スカルクラッシュ』」


 体勢を立て直したヤツが、私を潰そうと連続の叩きつけ。

 しかしどれも遅い。

 軽く何発か避けた後、微かな溜め。渾身の一発であろうそれに向かって、全力で突撃。


「『ステップ』!」


 当たらないようにぎりぎりを避けたのだが、これまた衝撃波が凄い。

 服や髪がばっさばっさと煽られる辺りステータスで勝っているとはいえ、ダンジョンのモンスターというのは怪物なのだなと、しみじみ思う。

 ぴしぱしと頬に当たる砂粒を感じつつ、その巨碗へ足をかけ首元へと駆けあがる。


 こうやって動き回っている自分が、まるで別の世界にいる存在にすら感じられた。

 現実感がないというか、自分なのに自分だという実感がないというか。

 そしていつも死にかけた時に思うのだ、ああ、あほなことしたなぁって。


「『スカルクラッシュ』!」


 カリバーが背中に当たるほど反った体、指で曲げられた定規が元に戻るように、私の身体も撓りとスキルの導きを受け元へ戻ろうと軋む。

 そして体が一直線になった、その瞬間。


「『巨大化』!」


 三倍ほどの長さに変化したカリバーが、強かにその頭蓋骨を打ち据えた。

 体が振り回されてしまうのなら、もともと踏ん張りの効かない空中や、攻撃を決める直前に巨大化させればいい。


 着地と同時に大きさも元通り、背後でホブゴブリンが光へと変わる。


 攻撃直前での『巨大化』、これは結構使えそうだ。 確かに巨大化した直後は反動がかなりあるのだが、振り下ろし中などタイミングをしっかり選べば、ダメージは最小に抑えられる。


 重さはしっかりと増えているのでダメージの底上げも狙えるし、使い方次第では強力な武器だろう。

 そして今、ボスマップにほかのモンスターはおらず、キングダムと私の間にはだだっ広い地面が広がるのみ。

 このチャンス、十二分に使わせてもらう。


 ホブゴブリンの魔石を拾いあげ、すかさず


「『ストライク』」


 クリスタルへと、砕かぬよう力を抑え叩き込む。

 ホブゴブリンは特に属性などないだろうが、ダメージとしては十分なものになるだろう。

 一直線に父親の下へと戻り、輝きを放つ魔石。


 ……が、しかし即座に現れたモンスターたちがそれを受け止め……こちらへ投げ返してきた。


「ちょっ……!?」


 ドンッ!


 全身へ襲い掛かる衝撃波。

 這う這うの体で爆風から転がり出て、口の中に入った砂利を吐き出す。

 別に絶望的なダメージではないが、痛いものは痛い。


「けほっ、けほっ……んんっ」


―――――――――――――――――


結城 フォリア 15歳

LV 1548


HP 2794/3014 MP 7640/7730


―――――――――――――――――


 やられた。


 己の意志で発動する魔法と違って、あくまで魔石爆弾は魔力が暴走しているようなもの。

 対象を選ぶことなんてないし、こうやって冷静に投げ返されてしまえば、使用者に牙を剥くのも当然。

 数えるのもうんざりするくらい大量のゴブリンたちが並んで、こちらへ勝鬨かの様に叫んでいる。

 一体しか出していなかったのは、どうやら私が遠距離の手段を持っていないと思っていたからか。


 今の魔石爆弾は完全に失敗だったな、無駄に警戒させるだけで終わってしまった。


 仕方ない、多少の消耗は覚悟でいこう。


「『ステップ』! 『ストライク』! 『ステップ』!」


 私が動き出したのを皮切りに、ゴブリンたちの大群もこちらへを押しつぶさんとばかりに突撃。

 全身へ勢いをつけ全力での疾走、そして跳躍。子供がおもちゃを投げたように、くるくると回る私の身体。

 視界に見えるゴブリンたちは、数こそ多いがレベルは100かそこら。


 それならこれで行けるはず……多分。分からない、失敗するかも。


「『スカルクラッシュ』! 『巨大化』!」


 五倍ほどに伸ばしたカリバーは重く、みち、みちと筋肉が軋む。

 どうやら継続的な戦闘を考えるのなら、ここら辺が限界らしい。

 恐らくこれ以上『スキル累乗』や『巨大化』を重ねたら、ぼっきりと骨が逝く。本能的に理解できるほど、ぎりぎりの一撃。


 どう、と鈍重な一撃。

 ゴブリンたちの集団に一文字が刻まれ、空白地帯に魔石が転がる。

 その瞬間限界に近かった体から、すぅっと痛みが抜けた。普段はあまり効果を感じられない『活人剣』だが、こうも一気に倒してしまえば、ある程度は実感が沸く程度の効果はあるらしい。


 ……まだ行けるか?


「……っ、『ストライク』ッ!」


 


 奥歯をぐいと噛み締め、土へ踵をめり込ませる。

 流石に厳しい。

 腕にかかる負担が凄まじいが、そんなのお構いなしだと、スキルの導きは私を操る。

 風を、空間を、そしてゴブリンたちを薙ぎ払うカリバー。


 数にして四分の一ほど、大量にいたそれをゴミの様に叩き飛ばし、痛む肩で息。


 力を入れ過ぎたせいか血圧が上がり、頭がくらくらする。

 もうやりたくない。

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