第21話
戻ってきてからコップに牛乳を注ぎ、一気飲みする穂谷さん。
それではどうしようもなかったのかパックへ口づけし、そのまま飲み干した。
冷凍庫を開き、様子見とばかりに小さなアイスを一つ頬張り
「だめね、なんも味感じないわ」
それでもだめだったらしく、今度は薄いピンクな液体の詰まった小瓶を棚から引っ張り出し、無言で一気飲み。
聞いたことがある見た目なので恐らくポーションだろう、色が濃いほど高品質なのでそこまで高くはないはず。
漸く味覚が治ったらしく、アイスを食べて安堵の表情を浮かべた。
することもないし暇なので、それを鑑賞しつつ希望の実を齧っていたのだが、穂谷さんに変なものを見る目で見られた。
ひどい。
不味いと分かっていて、慣れていないのに一気に食べる方が悪いと思う。
「大丈夫?」
「こっちのセリフよ。あんた味覚本当に大丈夫? 味蕾死んでない?」
味覚と未来に何の関係があるのだろう。
希望の実のあまりのまずさに、思考回路まで狂ってしまったのか。
未来に関しては、間違いなく最強のルートが開いてはいる、
勿論その過程で死なない、という前提があるが。
問題は割と死にかけまくっていることだ、果たして私はいつまで生き残れるのだろう。
「未来? 未来はすでに掴んでる」
「いやそうじゃなくて……まあいいや。希望の実ばっかじゃなくて、たまには美味しいもの食べなさいよ。美味しい食事は万物の基本だからね」
「うん」
命を張っているだけあって、探索者というのは恐ろしいほど儲かる。
まあピンクナメクジを超効率よく狩る人間は私くらいなので、Gランクで一日数万稼ぐことはなかなか難しい。
しかしFランクの上位、4,500レベルにもなれば魔石の買取価格も上がり、パーティで活動していたとしてもお金に困ることはないだろう。
それだけ魔石という突然世界に生まれたアイテムは、とんでもない価値を秘めているのだ。
稼ぎも増えてきた今、食事にもある程度お金を回す余裕はある。
料理なぞ出来ない私は彼女の言う通り、外食というものをするべきなのだろう。
しかし希望の実はなんとなく、今後も食べていく気がする。
あのまずさが癖になるのだ。
「さ、食事も終わったし服選びましょ!」
「う……」
遂に来てしまったか……
◇
「やだ、すっごい似合ってるじゃない! 今度はこっちも着てみて! はいこっち向いてポーズ!」
妹の物だという服を着せられ、その姿をテンション高く撮影する穂谷さん。
チェックのスカートにブラウンのトップスなど、もしかしてこれ小学生用の服ではないのか。
いや、可愛いのだが何だろう、この敗北感。
うちの妹より似合うわー! と高々に笑う彼女。
妹さんは現在高校一年、私と同年代らしい。
同年代なのに……同年代なのに、彼女が小学生の時の服がぴったり……
私の母は身長もスタイルも良かったはずなのだが、遺伝より成長期の食事の方が大切というわけだ。
つらい。
これも、これも、ついでにこれも、と、どんどん積み重なっていく服の山。
流石にここまで盛られると、持って帰ることが出来ない。
「あんたどこに住んでるの? 持って行ってあげるわ」
「ネットカフェ」
「……っ!」
一瞬目を見開き、そのあと目を伏せた穂谷さん。
そんな驚くことかな、いや、驚くことなのかもしれない。
ホテルなんかよりも安いし、それが当たり前すぎて気にしたことがなかった。
……もうそろそろ、どこか家を借りる方がいいのかもしれない。
アイテムボックスも将来的に習得する予定ではあるが、それまでに武器ドロップなどしたら置いておく必要があるし。
これ持って行きなさい、といって手渡されたのは、大きなリュックサック。
あちこちにひもだのベルトだのがついていて、結構ごちゃごちゃしている。
「登山用リュックよ。元々あたし登山部でね、山登りの体力つけるために探索者始めたの。今のアンタには必要でしょ、ぶっちゃけダンジョンの方が山登りより面白いから使わなくなったし、持って行きなさい」
「え……いいの」
「いいの! ビニール片手にダンジョン探索するなんて聞いたことないわよ!」
そのあとは彼女と相談して、可愛らしい見た目の服より、パーカーや短パンなど運動に適したものをリュックへ詰めていった。
本当は可愛いの入れたいと渋られたのだが、ダンジョンの探索でボロボロになってしまうので、気が引けると断ったのだ。
背負ってみれば随分と大きいが、長さの調整できるベルトのおかげでしっかりと身体に固定できるし、そこまで運動の邪魔にはならなそう。
本格的な戦闘の前には外してどこかに置いておくだろうが、登山用なだけあってしっかりした作りだし、ダンジョンの過酷な環境でも十分使えるだろう。
お礼をしたい。
こんな私にあれこれくれるなんて、それに登山用リュックなんて絶対高い。
……手元には、十万円ある。
きっと彼女に手渡そうとしても、断られてしまうだろう。
「ふぃー、お疲れ! ちょっと待ってなさい、お菓子持ってくるわ!」
鼻歌交じりに奥へと消えていく穂谷さん。
ふむ……
◇
「おまたせー! ってあれ? フォリアちゃーん?」
ポテチとジュースを用意してリビングに戻ると、金髪の少女、フォリアちゃんはリュックと共に忽然と消えていた。
フォリアちゃんは私が落葉ダンジョンでパーティと探索をしていた時に、気絶していたところを拾った少女。
ちなみに名前は拾ったときに『鑑定』で覗かせてもらった。死んでるか生きてるかの確認をする必要があったので、仕方のないことだった。
うん。
服装を見たり話を聞く限りなかなかに壮絶な生活を送っていたようで、髪は傷んでいて雑な切り方だし、表情はあまり変わらないが多分いい子だ。
どうにも放っておくと死んでしまいそうで気にかけていたのだが、久しぶりに見かけたので家まで拉致した。
うちの随分生意気に育った妹の服を押し付け、あれこれと世話を焼き、割と素直で可愛いから何ならうちで養ってもよかったのだが……
「あら? こりゃまた……」
机の上に置かれていたのは、いつも机の上に放置されているメモ帳と、その下に挟まれた十万円ほどある札束。
メモに残された文は要約すると、あれこれと世話を焼かせるのが心苦しいので、勝手ながら去らせてもらいますとのこと。
十万円はそのお礼だと、綺麗な文字で書かれていた。
はてさて、困った。
恐らくこの十万円は彼女が稼いだお金なのだろうが、流石に服数着とリュック程度のお礼としては多すぎる。
まあ確かにいいリュックではあったが、それでも服と合わせて五万円が良いところだろう。
「……また会ったら、その時に返してあげればいいかな」
それまでこの十万円は、大切に保存しといてあげよう。
マーカーで文字を書いた袋に入れたあと、アイテムボックスに仕舞いこんで、彼女の無表情に隠された食事時の笑顔を思い出す。
フォリアちゃんはいつか死んでしまいそうな儚さはあれど、どこか強烈に魂を燃やす輝きもあった。
探索者は危険がつきものだし、安全マージンを取って自分のレベルより数段階下のダンジョンで、小遣い稼ぎに土日だけ戦う者も多い。
私もそうだ。私のレベルは七万程度あるが、危険なCより安全に稼げるF、D級ばかり潜っている。
それでも一回の探索で数万円になるし、メンバーで分配しても十分な稼ぎだ。
……けれど、彼女を見ているとなんだか、自分ももう少し前に進もうという青臭い感情が湧いてくる。
今度メンバーに相談してみようかなぁ……
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