第18話

 さて、どう動く……?


 空中にピタッと止まり、首をねじってこちらを観察するトンボ。

 一方私はゆっくりと擦り寄り、一撃が届く範囲にまでトンボが動かぬよう祈るのみ。

 当然殴られてはたまらないトンボも必死であり、少しでも触れそうになれば、つい、と滑らかに空をかけ距離を取る。


 足元はぬかるんでいて、その上俊敏値でもトンボに負けている。

 無駄に走って追いかけっこをしたところで、障害物がないトンボの方が有利なのは決まり切っているので、どうにかこちらの範囲内に奴を誘導するしかない。

 虫という生き物は本能で動いているとばかり思っていたが、どうやらこのトンボに関していえば確かな知性を感じる。


 無機質な複眼が私を見つめる中、おもむろにポケットへ手を入れ、希望の実を口へ放り込む。


 どうやってアレに攻撃を仕掛けた物か……おえ、まっず。


 食べなれた不味さが口内と鼻をタコ殴りにして、気付かず焦りに襲われていた思考がリセットされる。

 魔法などの飛び道具は無く、私の攻撃に使えるスキルはストライクのみ。

 いや待て、ストライクで遠距離攻撃は……


 出来る!


 周囲を見回しその場を疾走、お目当ての物は泥の上、半分ほど沈んだ形でそこらに転がっていた。


 カリバーの先でほじくり叩きあげ、泥まみれのそれを握る。

 ざらざらと硬く冷たい灰色、握った私の手には先ほどまで埋まっていた地面の冷たさが、じんわりと染みた。

 なんてことは無い、ただの石だ。


 それをいくつか掘ってはポケットに突っ込む。


 大切なことを失念していたよ、バットは物を殴って飛ばすものだって。

 てっきり壁やナメクジをサンドバッグにするための物だと思い込んでいたが、そういえば元々スポーツ用品だった。


「うりゃ! 『ストライク』!」


 私が逃げ出したと思い込んだのだろう、一撃を叩きこもうと直線状に飛んできたトンボ。

 その真ん前へ、スキルによる全力の加速を受けた石が飛び込んだ。



 が、直前になって視認したのだろう、翅を大きく揺らめかせるトンボ。

 それもギリギリで避けられ、また一直線にこちらへ飛翔。


「ほーむらーん!」


 石に集中しすぎたのだろう、駆け寄っていた私には気付かなかったらしい。

 今まで聞こえなかったトンボの翅音が聞こえるほどの至近距離、一瞬彼の瞳が私を貫いた気がした。

 だから何だって話なんだけど。殺すね。


 掬い上げるような私とカリバーの一撃が、そのくりくりとした複眼を叩き潰した。


 こすれ合う金属のような絶叫、なんかねちょっとした体液。

 もがき苦しむように蠢く足、透き通るような翼が泥に塗れ汚く染まっていく。

 バットに少しナメクジの粘液が残ってたみたいで、じゅわじゅわと煙が出ているのが、見ているこちらまで痛くなる。


 虫に叫ぶ喉はないと思うので、多分本当に翅かなんかが擦れているだけだと思う。

 いやまて虫って叫ぶのかな、私が知らないだけかもしれない。

 まあどうでもいいか。


 トドメの一撃を打ち込もうとカリバーを握り直し、地面で暴れるトンボへ近づいたところで


「ひゃ……れ……?」


 かくっと、足から力が抜けた。


 足だけじゃない、カリバーを握っていた両手すらも力が入らない。

 一体何が……


 ふと思い出すのは、このトンボの正式名称であるパラライズ・ドラゴンフライだったか。

 ははん、なるほど。

 パラライズってのは確か、麻痺とかそんな感じの意味だったよね。

 大体わかった、さっき切り裂かれたか噛みつかれたかしたときに、麻痺毒を打ち込まれたみたいだ。


 積極的に攻撃を仕掛けてこなかったのも、その内麻痺するからってわけだ。

 本当に頭いいなこのトンボ、賢過ぎて嫌になる。


 動かなくなった身体は重力に導かれ、私は泥に横顔を突っ込んだ。

 泥に埋もれていない右目で見て見れば、ふらふらとゆっくりながらも飛び上がり、残った片方の複眼でこちらを睨みつけるトンボ。

 ゆっくりと顔半分が溶かされているがお構いなし、死ぬならば私もろともというわけだ。


 不味い、全く体が動かない。

 死にたくない……!


 今までの精密な飛行と打って変わって、荒々しく翅を掻き回しすさまじい羽音を立てるトンボ。

 得意の大顎は無くともその鋭い翅は健在、そのまま突っ込まれれば無傷じゃ済まない。

 それにここはダンジョンの中で、ただぶっ倒れていたらいつ他のモンスターに襲われるか。

 どうにかここを切り抜けないと……


 痙攣した腕、力が入らない。

 だが逆に、痙攣しているせいで私の手は、カリバーを握った形のままだ。

 頼む……発動してくれ……!


「『しゅきりゅりゅいひょスキル累乗ひゃいひょひぇんひゃ対象変更すふょらいふゅストライク


 カチリ、と、私の中で何かが切り替わった。


 来た。

 たとえ活舌が麻痺で死ぬほど悪くても、そこに『私の意志』 があれば発動するらしい。


 見る見るうちにこちらへ近づくヤツの顔を見ながら、天へ祈るような絶叫。


「ふひゃああああああっ! 『すふょらいふゅストライク』!」


 ドンッ!


 泥の柱が天高くに登り、私の身体も一緒に空へ撃ちあがる。

 眼下に見えるのは、最大の仇を殺そうと突撃するも、爆音とともに突然姿を見失たトンボ野郎。


 スキルの効果は、その身体を強制的に決まった動きへ導く。

 麻痺した身体でもMPによる操り人形として働き、『スキル累乗』の強化によって性能を引き上げられた『ストライク』は、私の身体を発射するエンジンの代わりを十分に果たした。


すふぇーふゃふゅステータス

――――――――――――――


結城 フォリア 15歳

LV 40

HP 31/88 MP 170/190


――――――――――――――


 やっぱり無理にスキルを発動させたのと、地面にストライクを叩き付けた反動をもろに喰らったせいで、結構ダメージを受けてしまっているようだ。

 まあ、トンボは耐久が低いし『累乗ストライク』と『活人剣』の組み合わせである程度回復できるから、死なないはず。

 多分、だいじょぶだいじょぶ。


 地面を這いつくばるライバル、だが私の勝ちだ。


「『スヒョライヒュストライク』!」


 ミチィッ!


 若干麻痺が引いて回復した滑舌でストライクを発動すれば、引力も合わさってその胴体にみっちりと食い込み、そのまま衝撃波で爆散する。


『レベルが上昇しました』


 聞きなれた音声と共にトンボの姿が消え、空の様に水色の魔石だけが残った。

 今回はなかなかヤバかった。ここまで追い込まれたのは、先生にお腹をぶっ飛ばされたとき以来かもしれない。

 泥の上とはいえ衝撃で痺れる足、着地の体勢であるがに股のまま、どうにか戦いに勝利した安どのため息を漏らす。


 あ、『経験値上昇』に『スキル累乗』の効果乗せるの忘れてた。

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