第14話
水道からだばだばと贅沢に水を出し、手や足、泥の飛び散った上着やズボンも洗っていく。
カリバーは水に漬けると、物凄い水を飛び散らせて蒸気を出すのが怖かった。
ついでに泥の上に落ちていたので、ナメクジの肉も一応洗っておく。
流石に外で脱ぐわけにも行かず上から水を被っているが、ダンジョン探索で温まったとはいえ冷える。
サッと脱いで軽く絞り着なおし、なんかの大きな平たい記念碑の上で日向ぼっこ。
日に当たれば春の日差しはぽかぽかと温かく、眠気が襲ってきた。
このままごろりと横になり寝てしまいたい気分だが、それをするより先にナメクジ肉をどうするか考えなくては。
粘液だとかがドロップするならともかく、肉が落ちるとは思ってもいなかった。
まさに青天のムキムキだ。
果たしてこれは食べられるのか、いや、見た目も綺麗で食べられそうな雰囲気は纏っている。
触ってみればイカというか、貝のぐにぐにしたところみたいな感触。
あのピンクナメクジの肉だとは思えないほど、白くてきれいなのが不気味だ。
食べるにしても生ではなく、せめて過熱して食べたい。泥の上に落ちていたし、そうでなくともナメクジの肉なんて何があるか分かったものではない。
生肉とキノコは生で食べるとヤバい、それを私は嘗ての生活で学んでいた。
勿論捨てるなんて考えはない、食べられるものは食べるべきだ。
「……協会ならキッチンか、焚火出来る場所ないかな」
という訳で帰ることにした。
◇
入れる袋も用意していなかったのでナメクジ肉を握って持っていたら、通りがかったおばさんからビニール袋を貰った。
雨も降っていないのにずぶ濡れなことを心配されて、警察を呼ばれかけたりもしたが、どうにか電車で無事に帰還、そのまま協会へ直行する。
「なんだガキ、探索者志望か? 世間の物語程楽しいものじゃねえよ、さっさと帰れ」
「これ、魔石」
いつものカウンターだったのに、園崎さんがいなかった。
髪の毛を激しくツンツン尖らせた目つきの悪い男が、出会って早々帰れと警告する。
五分ほどガキじゃない、鑑定しろと繰り返し伝えて渋々鑑定、漸く私が15だと認めてもらえたが、それでもつっけんどんな調子は変わらない。
なんて失礼な奴なんだ。
髪の毛では飽き足らず、態度まで攻撃的じゃないか。
むかつくので名前を憶えてやろうとネームプレートを見れば、そこには見慣れた園崎の文字。
「なんだよ、人の顔見てんじゃねえぞ」
「別に。早く買い取って、あとキッチンとか借りれる?」
態度は悪くとも仕事はしっかりこなすつもりらしく、なにか魔石をいじくったり台に乗せたりと忙しい。
しかし園崎さんと比べて精彩を欠いているというか、手際が悪い。
始めてみる顔だし、新人なのかも。
時間がかかりそうなので、適当に協会内を見回す。
時刻は昼頃、皆ダンジョンへ潜っているのだろう、私のほかに探索者は数人しかいない。
緻密な飾りのついた鎧を着込んだ、ぴかぴか光る剣を担いだ男だとか、大きな宝石が付いた杖を持っている女がいる中、一人バットを持っている私は凄い目立った。
私みたいな初心者は置いておいて、探索者の多くはダンジョンからドロップする武器や防具を纏う事が多い。
かつて最盛を迎えたらしい科学技術による武器などは、低レベルのダンジョンなら確かに強力な物だった。
しかし難易度が上がるにつれ人々の身体能力や敵の攻撃力も飛躍的に上昇、つまりまともに効かなくなってしまうのだ。
銃を撃とうと高レベルのモンスターなら皮膚で弾いてしまうし、レベルが上がった筋力で直接殴ったほうがダメージが出る。
迷宮から出る装備は良く分からないが、なんか硬かったり切れ味が良かったりする。
というわけで、高い金をはたいてそんなものを纏うより、ドロップ品を狙う方がいい。
勿論それで諦める人類ではなく、科学技術と魔法の融合も日々行われていて、それが私の乗った『電車』だったりする。
「……い、おい、鑑定終わったぞ」
「ん」
「協会の裏に鍛錬場があるから、火使うならそこでやれ。他の探索者も偶に勝手にコーヒー沸かしたりしてるし」
「ん、ありがと」
払われたお金は一万八千五百円、ピンクナメクジの魔石は三十七個拾ったはずだから一個当たり、えーっと……五百円かな?
軽く小突くだけでこんなにお金がもらえるなんて、穴場という話は本当だった。
これから数日間、ボス戦に突撃するまでは麗しの湿地でお金を稼ぎつつ、レベルも一気に上げてしまおう。
存外の収入、服もボロボロになってしまったし、丁度いいので新しく買いに行こう。
心が躍る。自分で服を買いに行くなんて初めてで、どんなものを買ったらいいのかもわからないけど。
そして名も知らぬ彼に聞いた鍛錬場、そんなものがあるとは知らなかった。
「あ、おい待て結城」
「なに?」
「これ持っていけ、五百円で貸し出ししてるから。ちゃんと返せよ」
ポイっと投げ渡されたのは、おもちゃの銃みたいななにか。
よく見れば魔石が嵌め込まれており、ボルトを回転させて撃つことで火を出したり、水を出したりできる便利アイテムらしい。
これで火を付けたり、終わった後は消火しろとのこと。
五百円玉を投げわたし、ありがたく借りる。
私も欲しいのだがダンジョンのドロップ品で、模造品も数十万するらしいので諦めた。
銃とバットを手にぶらぶら歩き、協会の後ろへ向かう。
確かに話に聞いていた通り踏み固められた地面が広がっていて、所々消し炭の後があった。
そして休憩用の椅子もいくつか設置されていて、その一つに見慣れた姿。
背中まであるつやつやの黒髪、ぴんと張った背筋。
園崎さんだ、何か食べてる。
「園崎さ……ん……」
「むぐ……っ!?」
後ろから覗き込んでみれば、彼女の手元にはボロボロに千切られた文庫本。
それを指先でちまちま引き千切っては、まるでお菓子でも食べる様に口へと運ぶ。
鼻歌交じりな辺り、本当においしいらしい。
紙って食べること出来たんだ、私も何もないとき新聞食べればよかったのかな。
雑誌とかもよく道に転がっているし、それを拾い食いすればお腹ペコペコでも苦しまずに済んだかも。
声を掛けた瞬間物凄い勢いで振り返り、目を真ん丸に見開く園崎さん。
私の声を聞いた彼女の口の端から、ぺらりと小さな紙片が零れ落ちた。
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