第13話

 という訳で、無事相棒が復活したお祝いとして、ナメクジをサンドバッグにすることにした。


 全く垂れる気配のない粘液、カリバーに貼り付いたまま。

 洗い落とすべきかとも思ったが、ここにある水源は怪しい気体が発生しているピンクの沼のみ。

 いくら壊れなくなったとはいえ、あの中に突っ込み洗うというのは流石に気が引ける。

 第一アレに入れて洗うことが出来るのか、毒とかありそうだしむしろ汚れるだろう。


 動きの遅いピンクナメクジ、幸いにして少し離れてカリバーの鑑定をしていても然程遠く逃げることもなく、うねうねとそこらを這っていた。

 正面から行けばあの速い粘液弾が飛んでくる、だが側面に回ってしまえば……


「『ストライク』!」


 ジュッ


 攻撃はいくらでも叩きこめる!


 先ほど同様もんどりうち、泥にその身を埋めるナメクジ。

 だが一つ違うのは、まるで塩を掛けられた普通のナメクジの様に、グネグネを激しく身体を蠢かせ呻いているということ。

 よく見てみれば殴られたところから煙が出て、滑っていた表面が乾いている。


 そういえばさっき服に飛び散った時も、そこが焦げて穴が開いた。

 どういう仕組みかは知らないがこの粘液、当たったところが乾いたり、あるいは熱くなって燃えたりするらしい。


「『鑑定』」


――――――――――――――

種族 アシッドスラッグ

名前 ゲニー


LV 15

HP 3/70 MP 44/44

状態 脱水、火傷、酸蝕

――――――――――――――


 笑ってしまうくらいめちゃくちゃ効いてた。


 見続けていれば刻一刻とHPが削り取られ、あっという間に0へ。

 薄い水色の魔石がごろりと転がり、私の打撃ではびくともしなかったピンクナメクジが、いとも簡単に死んでしまった。

 必殺だ、まさに必殺、特効という他ない。

 『ストライク』では全くダメージが与えられなかったが、この粘液がまとわりついたカリバーで軽く突けばナメクジ狩り放題だ。


 いつも通り無機質な声が私にレベルアップを告げる。

 それも一じゃない、一気に三上がった。

 たとえボスとしての補正がかかっていても、その三倍あるピンクナメクジはステータスで劣っていても、経験値は十分にあるようだ。


「ふ……ふふ……!」


 にやにやと、自分でもちょっと変な笑みがこぼれる。

 だってこんなにおいしい話があるだろうか。誰もいない不人気なダンジョンで、恐らく破壊不可の武器がないと出来ない攻略法で、その上経験値が高い。

 最高だ。

 帰りたい? 冗談じゃない、麗しの湿地愛してる。


 まだピンクナメクジはそこら中にいて、カリバーに纏わりついた粘液が切れても、ちょっと突いて吐かせればいくらでも補充できる。



 地面を蹴り飛ばし全力疾走、のんびり這っているナメクジを次々に辻斬り、もとい辻殴り。

 ダメージを通して倒す必要はない。どうせ粘液が染み込めば勝手に死ぬし、倒しきれなくとももう一度粘液を擦り付ければいい。

 五体、六体、そして七体目を殴ったあたりで、流石にカリバーに纏わりついていたそれが無くなってきたことに気付く。


 湿地を走り回っていれば同然音が響くし、ナメクジたちは私を敵としてターゲットし始めている。

 当然離れれば奴らは近付けないし、その場合選んでくるのは……


『お゛ぉ゛ぉ゛……!!』


 シュッ!


 粘液による狙撃だ。

 大丈夫、私の俊敏はおそらく同レベル台と比べても高いし、落ち着いて対処すれば十分回避できる速度。

 先ほどこそ意外な攻撃にびっくりしたが、今度は全て余裕をもって避け、射線上へカリバーを振り回すことでたっぷりと粘液を確保することに成功した。


 粘液をくれたお返しとして一気に接近、つん、と飛び出した目や顔へカリバーを叩き込む。

 皆身体をグネグネと動かせ大喜び、ついでに見物へ来た他のナメクジたちも襲撃。

 さながら様子はパーティ会場、DJフォリアによる粘液祭りである。


 さあもっと来い、全員私の経験値になってもらう。

 もっと、もっと強くならないと。



 二十分ほど駆けずり回ったあたりで漸くひと段落、周囲に山ほどいたナメクジたちは全員グネグネと動き回り、一匹たりともこちらへ近づいてくる様子が無い。

 どうやら全員に粘液を叩き付け終えたようだ。


「ふぅ……」


 柔らかな泥にバットを差し込み、いつの間にか滲んでいた汗を拭う。

 春とはいえこうも動き回ってしまえば汗がすごい出る、跳ねた泥や粘液で服もボロボロだ。

 小さな粘液が跳ね肌を焼いたりもしたのだが、簡単に倒せる興奮で痛みが無く、そのうえ活人剣は最低1回復するようなので直ぐに完治。

 恐らくがっつりぶっかかればまた話は変わってくるのだろうが、この程度ならさほど問題は無かった。


『レベルが上昇しました』

『レベルが上昇しました』


「あ、きた」


 どこかでほわりと小さな光、ピンクナメクジが死亡して消滅した証拠。

 直後にレベルアップ。

 一匹死に始めればあとは早い、次から次へと無機質な音声が鳴り響き、気が付けばあれほど蠢いていたナメクジたちの姿はなく、小さな水色の魔石が泥水を浴びてキラキラと輝いていた。


 綺麗だった。

 いや、蛍光ピンクの沼は確かに気持ち悪い見た目なのだが、きらきらと幾つもの魔石たちが反射し、不思議な色合いを生み出している姿は、何とも言えない物だ。

 むしろそんな色合いだからこそ、現実感のない不思議な美しさがそこにはあった。


「ステータスオープン」


――――――――――――


結城 フォリア 15歳

LV 38

HP 84 MP 180

物攻 81 魔攻 0

耐久 233 俊敏 225

知力 38 運 0

SP 30


――――――――――――


 経験値累乗の効果が十二分に発揮され、ここに来てから僅か小一時間で十四もレベルが上昇してしまった。

 その上SPも30増えたとあれば、もはやいうことが無い。

 麗しの湿地、最高である。


 泥にうずもれた魔石を一つ一つ拾い集め、ポケットへ入れていく。

 どうせもう服も泥まみれだし関係ない。ダンジョンの近くには血などを流すため水道が設置されているし、頭からそれを被ってしまえば全部流れる。

 ついでにカリバーもそれで洗ってしまって、日向ぼっこで身体を乾かそう。


 合計37の魔石、恐らくいくつかは埋もれたままだが、そういった魔石はまた魔力となってダンジョンに吸収されるらしいし、放っておいても問題ないだろう。

 一体いくらになるのか、わくわくする。

 沢山稼げたら、希望の実ではなくちゃんとしたご飯が食べたい。

 レストランに行って、この前女の子たちが話していたミラージュ風ドリアというのを食べてみたいし、ジュースも飲みたい。

 服も安いので良いから欲しい、これから暑くなっていくし今着てる長袖で暮らすのは厳しいだろう。


 泥の上を闊歩し入り口へ向かう……が、何か白い物体が落ちていた。

 四角く、ちょっと突いてみれば柔らかい。

 灰色の泥の上、当然それは良く目立つ。


 来た時はこんなもの無かったのに……あ、もしかしてこれがドロップアイテムって奴だろうか。

 私の運はなんかとんでもないことになっているので、そういった手合いには今まで出会ったことが無かったが、運が0でも落ちないという訳ではない様だ。

 ふふ、一体何だろうこれ。


「『鑑定』」


――――――――――――


アシッドスラッグの肉


――――――――――――


 ふふ、本当になにこれ。

 食べれる?

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