第11話
早朝、凹んだカリバーを片手に町を出る。
『麗しの湿地』は近くと言っても隣町、徒歩で行くのは大変だし電車を利用するつもりだ。
そう、電車。一駅移動するのにも二百円かかる、お金持ちしか使えない乗り物である。
本当にこれで良いのかドキドキしつつ、一番安い切符を購入。
閑散とした駅のホーム、朝露でしっとりと湿り、薄く霧が漂っている。
電車に乗るのは一体いつぶりだろう。霧を裂いて奥から現れた金属塊を見つめ、私は感傷に浸った。
「あ、筋肉」
「ん? お、お嬢ちゃんか。遠出か?」
「うん。麗しの湿地」
「おー……あそこかぁ……」
私の話を聞いて、筋肉がものすごい嫌そうな顔をする。
ネットでは人が少なくて穴場だと書いてあったのだが、もしかして金稼ぎとしては不味いだとか、トラップが凄いだとかあるのだろうか。
これは選択を間違えたかもしれない、もう少し調べておけばよかった。
私の雰囲気を察してか、
「ああいや、難易度はそこまででもないから安心しろ。それよりもそのバット、一週間で随分と使い込んだな」
物凄い露骨に話題を変えてきた。
まあ乗ってあげよう。
先生という壁に叩き付け続けたカリバーは、やはり他人から見ても随分と酷い見た目らしい。
今のところ大きな亀裂などもなく、攻撃をすれば即折れるという物ではないのだが……
「そんなに気に入ってるなら、ユニーク武器になるのを狙うのも良いかもしねえな。バットがユニーク武器ってのは聞いたことが無いが」
「ユニーク武器?」
筋肉曰く、同じ武器を使い続けると人間と同じくレベルが上がり、自分だけが使えるオンリーワンの武器になるらしい。
魔力が染み込む? とかなんとか、そんな感じで進化するとのこと。
その過程でスキルが付いたり、切れ味や魔力の伝導率が上がって魔法の威力が云々、要するにすごく強くなる。
上位の中には好んでユニーク武器を使って、複数本所持している強者もいるらしい。
ははぁ、昔聞いた迷宮で武器を使いこむほど強くなるというのは、このユニーク武器の事だったようだ。
特にスキルっていうのが気になる、炎とか纏ったりするのだろうか。もし魔法攻撃が可能になったら、私の弱点も補える。
ユニーク武器すごい、夢がある。
カリバーは私の相棒として末永く頑張ってもらいたい、手入れのオイルとか買った方が良いのかな。
筋肉にユニーク武器を目指すと伝えると、筋肉は三角筋をぴくぴくさせて頑張れと笑顔を浮かべた。
彼は筋肉まみれな身体をしているが、色々なことを知っている。支部とはいえ協会のトップだから、実はすごい奴なのかもしれない。
そして仕事があるからと立ち去った彼に手をふり、私も電車へ……
「あ……」
時計を見れば筋肉と出会ってから、既に五分ほど経っている。
勿論、そこに電車はいなかった。
◇
結局それから十五分ほど待って、漸く次の電車が現れた。
閑散とした駅のホームからして分かるが、当然その電車内にも人は少ない。
数人本を読んだり寝たり、ゆったりとした時間が流れる中ポケットを漁り、いくつか希望の実を取り出す。
カリ……コリ……
相変わらず恐ろしいほど不味いそれ、しかしながら一週間以上ずっと食べてきたので、もはやこれを口に運ぶのがルーチンワークになっている。
昨日先生を何回も倒したおかげで、未だに五千円以上お金は残っていた。
しかし何があるか分からないし、余裕で暮らしていけるという金額ではない。ただで食事を済ませられるのなら、それに越したことは無い。
それにお金を使うのなら食事より、新しい服が欲しかった。
施設を出た時一応着替えは二着貰った。だが今着ている服もそうだが、寄付として施設に送られたお古。
全部よれよれだし、私だっておしゃれがしたい。
いや、おしゃれしなくてもいい、せめてよれよれじゃない服が着たい。
町ですれ違う同年代の女の子がキラキラと綺麗な服や靴を履いて、笑顔で友達と何かを食べ歩きしている。
そしてチラリと血や泥塗れの私を見て、クスクスと隣の人と笑われるのが辛い。
「……ごちそうさまでした」
考え事をしながら食べていれば希望の実は既になく、食べきってしまったことに気付く。
次の駅までまだ時間がかかりそうなので、ぼうっと外を眺める。
ゆっくりとズレていく地平線、目の前を過ぎ去る木々。
ここからでも見える天を貫く巨大な蒼い塔は、ずっと遠くにある人類未踏破ダンジョンの一つ『
きっと三十年前の人がこの光景を見たら、酢醤油狼狽するに違いない。
そこら辺に放置されている、かつて使われていたという電柱には何もかかっておらず、世界が電力から魔力へ切り替えた痕跡が残っている。
今乗っている電車もそうだ。形骸化した名前だけは残っていても、そこに電気を使った『電車』は存在しない。
ゆっくりと身体が前に倒れ、流れていた景色が次第に現実を思い出す。
電車が止まり、ゆっくりと扉が開かれた。
足に挟んでいたカリバーを握りしめ、短く息を吐く。
ここが『麗しの湿地』の最寄り駅、歩いて数分でダンジョンに向かうことが出来る。
初めてくる町、初めて行くダンジョン。怖くないわけがない、でもきっと足を止めてしまえば、私は二度と歩き出せなくなってしまう。
考えるのは止めた、私が出来るのはカリバーを振り回し、レベルを上げ続けるだけだ。
◇
よっぽど人気がないのだろう、草があちこちに生え荒れ果てた門。
それを開くとぶわっと生臭い匂いが流れ、目に入ったのはポコポコと不気味な音と気体を放出し続ける、目に痛いピンクの沼。
一目見てもう帰りたい、絶対ダメなところだここ。
踏み込んで暫し探索すると、小学生ほどはあろうかという巨大なピンクナメクジが、てらてらとあちこちに這っていた。
『お゛ぉ゛……』
「き、きもちわるい……! 『鑑定』」
――――――――――――――
種族 アシッドスラッグ
名前 ゲニー
LV 15
HP 70 MP 44
物攻 78 魔攻 51
耐久 31 俊敏 6
知力 12 運 8
――――――――――――――
先生よりレベルは断然上とはいえ、ステータス自体は大したことがない。
目に悪い蛍光ピンク色、ぬめぬめてらてらと最悪な見た目を除けば。
帰りたい。
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