第9話
戦う程に行動は最適化され、引き際はより明確に自分の前へと現れる。
「『ストライク』」
目の前へ伸びてきた棒を殴打、そのまま突撃。
勿論近付くほどに棒の数は増えるが、片手やわき腹を掠る程度なら問題はない、無視して直進。
多少のダメージなら活人剣によって補えるからだ。
そして壁に肉薄した瞬間
「『スキル累乗』対象変更、『ストライク』」
輝くカリバーが打ち据え、スウォーム先生は四散した。
……が、何も起こらない。
レベルアップの無機質で電子的な音声が、一切聴こえなかった。
時間は既に夕暮れ。草原に見えるこのダンジョン内でも外の時間に連動して、草木が赤く染まっている。
「むぅ……明日から場所、変えるべきかなぁ」
初めて先生と戦ったときは、一気に七レベル上がった。
次は四、その次は二、一つ前は一、そして遂にこの討伐ではレベルが上がらなくなってしまったのは、『スキル累乗』によってのごまかしがきかなくなってきた証拠か。
先生のレベルは5、たとえボスモンスターという条件を考えても……
ふとここで、ステータスを呼び出す。
―――――――――――――――
結城 フォリア 15歳
LV 24
HP 56 MP 110
物攻 53 魔攻 0
耐久 149 俊敏 127
知力 24 運 0
SP 0
スキル
スキル累乗 LV1
悪食 LV5
口下手 LV11
経験値上昇 LV2
鈍器 LV1
活人剣 LV1
称号
生と死の逆転
装備
カリバー(小学生向け金属バット)
―――――――――――――――
レベルは既に二十四。
スライムを狩り続けるだけでは到達しえない数値だが、現在日本の最高ランクは百万近いという。
最強を目指すのならば、この地を離れ次のダンジョンへ向かうべきだろう。
黒々とした土の広がったボスエリア。
私の血と汗、そして砕かれた無数の先生がここには染み込んでいる。先生は死んだらすぐ消滅するけど。
だからだろうか……
「ありがとうございました……」
気が付くと私は、そこで深々と頭を下げていた。
基礎を、これからどう進むべきかを教えてくれた先生、そしてこの花咲ダンジョンに私は感謝を捧げる。
ダンジョンは未だに分からないことが多いし、日々新たな発見があり、そして人が死んでいる。
人を見れば襲い掛かってるモンスターがいるし、崩壊すればモンスターが溢れ出し、小さな町が壊滅することだってある。
それでも、それでもこの花咲ダンジョンは、私にとって恩師だった。
だから頭を下げた。人類の敵だとか異世界の先兵だとか言われていても……
もうここに来ることは無いだろう。
だが、これから先無数のダンジョンを巡り、私はレベルアップを続けようとも、ここを忘れることは無い。
「さようなら、花咲ダンジョン、先生」
ボス討伐による強制転移が発動し消えゆく視界の中、その煌々と染まった草原を見続ける。
私の旅立ちを祝福するように草たちが風と踊り、葉擦れの音が私の背中を押した。
◇
「はい、一万円ですね」
「みょ……!? んんっ、確かに受け取った」
園崎さんに貰ったお金を大事に、それはもう財布に仕舞ってポケットの中で握りしめ協会を抜ける。
怖い、受け取った一万円の重みに、無意識ながら身が震えた。
確かに筋肉から一万円を借りた(筋肉はやると言っていたが、勿論返すつもりだ)が、あれとこれとは価値が違う。
私が自分の力で稼いだ、正真正銘私だけのものだ。
周りの人間が全員私の一万円を狙っている、そんな気すらしてしまう。
昔、もう死んだおばあちゃんが元気だったころ、封筒に修学旅行代として十万円を貰った。
大切にベットの裏に仕舞っておいたのだが、ママ……母に見つかってしまい、そのまま没収されて賭博代になってしまった。
勝つから大丈夫なんて言っていたが当然戻ってくるわけもなく、皆が修学旅行をしている中、一人で登校して桜の木に付いた蜂の巣を観察していた。
お金は人を狂わせる。
もしこの一万円を誰かが見たら、私のお金を奪いに来るかもしれない……
そうだ、少し使ってしまおう!
ケーキにして食べてしまえば細かいお金になるし、ぱっと見ちょっとお金を持っている小学生に見えるかもしれない。
そう、別に私がケーキを食べたいとかそういう訳ではなく、身の安全を確保するためにケーキを買うだけだ。
◇
ぶらぶらと歩いていれば、狐のマークが特徴的な洋菓子屋さんを見つけた。
結構人が入っている、人気店なのかな。
「いらしゃいませー」
「はぁぁ……!」
入った瞬間に広がる、バターとバニラの甘い香り。
幸せだ、ここに住みたい。
今日は贅沢にも三千円払い、鍵付きのネットカフェの個室を借りてきたので、カリバーは置いてきた。
流石に洋菓子店にバットを持ち込んで入ったら、下手したら追い出されてしまう。
ショーケースに並ぶのは、一つ一つ丁寧に作られて、キラキラと輝く色とりどりのケーキたち。
どれもつやつやと目を引き、ショートケーキを食べようと考えていた頭が、あちこちへ引っ張られてしまう。
もんぶらん……名前は聞いたことがある、栗のケーキだって。チーズケーキも食べてみたい、ああ、悩む。
しかしずっと貼り付いていては他の人に迷惑がかかるし、無数に絡みついてくる誘惑の糸を断ち切り、バシッと決めた。
モンブランだ、私はモンブランを食べるぞ。
一週間くらい前にショートケーキは一杯食べたので、ここはあえて王道から外れることにした。
「あの、この和栗のモンブランください!」
「はーい、280円ね」
安い!
この前食べたショートケーキは一個五百円もしたのに、この店が安すぎるだけなのかも知れない。
凄い、これからもここに通おう。
お姉さんが丁寧に箱へつめ、お手拭きなどを貼り付けるのをわくわく眺める。
プラスチックのフォークも付けてもらい、こちらへ手渡される宝石箱。
なんて高貴な存在なのだ、ケーキ様だ。恭しく受け取り、両手で大事にホールド。
お姉さんのありがとうございましたー、とどこか抜けた声を聞きながら、私は狐のケーキ屋さんを去った。
「ふふん……」
優しい風が吹く夜道を、速足気味に歩く。
ケーキ、ケーキだ。
施設から出てきたときはもうそれしか考えていなくて、味わうことなく一気に食べてしまった。
これからレベルが上がっていけば好きなだけ食べられるし、卒業したという感動の為にも、今日はゆっくりと味わおう。
だが突然、前を歩いてきた女性がふらふらと揺れ、こちらへ近づいてきて
ドンッ!
「あ……」
くる、くる、と回り、弧を描いて飛んでいく真っ白な箱。
手を伸ばすが届かない、そのまま道路へ。軽い音と共に一度、そして微かに二度地面を跳ね……モンブランは車に踏み潰された。
「あ、ああ……」
「あらーごめんねぇ、お姉さんよそ見してたわ。怪我とかない? 大丈夫?」
「ああああ……! わ、わたっ、わたしのっ、わたしのもんぶらん……!」
「あらー……想像以上に重そうだわ、これ」
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