少年地縛霊


「君、地縛霊って知ってる?」


 ひんやりした空気をまとった自称地縛霊が青白い顔を傾ける。わたしは恐怖に声が出ないまま小刻みに顔を横に振った。それ以上近づくなという意思表示だったが、渾身のボディランゲージは露程も伝わらなかった。


「あのね、一つの場所にひとかたならぬ深い思い入れがあって、死んでも魂がその場所にとどまってしまった霊のことなんだよ」


 わかりやすい解説ありがとう。おかげで失神寸前だよ。


「それで僕の場合はね」


  地縛霊は照れたように頬笑んだ。


「この道で宝物をなくしちゃったの。それが気になって成仏出来ないんだ。」


「た、宝物って?」


「それは秘密です」


「ここまで語っておいて?」


「教えたら、一緒に探してくれる?」


「一緒に探したら、帰っていいのね?」


「いいよ」


「見つからなくても?」


「ううん、まあ、いいや。それでも」


 そんなわけでわたしは少年地縛霊の無くし物を探す羽目になったのだった。


「水晶玉なんだ。このくらいの――」


 地縛霊は人差し指と親指で直径五センチほどの円を作ってみせた。


「叔父さんが外国で買ってきてくれたんだ」


 地縛霊が得意そうに頬笑むと、笑くぼができた。


「それで、この道のどの辺でなくしたの?」


 わたしの質問に答えずに、地縛霊は松の木に向かって歩き出した。


「君、名前は?」


紫苑しおん


「紫苑か。いくつ?」


「十一歳だよ」


「そうか。僕は到真とうま。僕も十一歳だ。享年だけどね。生きていれば紫苑のおじいさんくらいかな」


 到真は松の大木を感心したように眺めた。


「あの頃はもっと小さい木だったのに」


「この松がどうかしたの?」


「この松の木のほらに水晶玉を隠したんだよ」


「それなら、さっさと取り出せばいいじゃない」


「うむ。しかし問題が二つある」


 こんなふうにもったいぶるところは、たしかに年寄り臭かった。


「まず一つは僕が手に取ろうとしても、すり抜けてしまうんだ」


 そう言いながら到真は足下に落ちている小石を拾いあげようとした。だが小石を確かに握った手は半透明で、小石は元の場所から動かなかった。


「こんな感じ」


 到真は肩をすくめた。


「手品みたい」


「そして、もう一つは」


 と地縛霊は松の木を見上げた。


「こんなに成長するとは思わなくて」


 松の木は夜の闇にその梢を翼のように広げていた。


「隠した洞が見当たらない。多分あの一番上の幹あたりだと思うんだが」


「なによ、それ!」


「女の子に木登りは無理だよね」


 到真は悲しそうにわたしを眺めた。


「ちょっと。馬鹿にしないでくれる? それってセクハラだよ」


 わたしはムッとして到真を睨んだ。実は木登りは得意中の得意だ。我が家の柿も、母の実家の柿もすべてわたしが収穫している。到真は怪訝けげんな顔をして「セクハラって、なに?」と訊いた。


「そこじゃなくて!」


  わたしは腕まくりして松の木に足をかけた。


椋森むくもり小学校の女豹と呼ばれるわたしの華麗な木登りを見せてやるわよ」


「本当かい? すごいや!」


 到真は目を輝かせた。

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