第160話時間は経って……

 あの日から、綾は慌ただしい日々を過ごしているようだ。


 学校での各所手続き、友達などに報告、パスポートなど……。


 俺も一緒に調べ物したり、矢倉書店に挨拶に行ったり……。


 そして、一月はあっという間に過ぎて行く……。






「あぁー! 終わったよぉ〜!」

「おう、お疲れさん」


 学校の一階にある自動販売機の横にあるベンチに、綾が座り込む。

 俺はその場で飲み物を買って、缶を開けて綾に差し出す。


「ありがとう、冬馬君……フゥ、あったまる」


 綾には紅茶で、俺は缶コーヒーを飲む。


「ふぅ……だな。さて、ひとまずこれでいいのか?」

「うん、ギリギリだったけどね」


 留学手続きは二、三ヶ月前に申請しないといけない。

 一月から準備をして、四月からだから……本当にギリギリだったらしい。


「これも、冬馬君のおかげだったけど……結局、頼ったちゃったね」

「いや、俺は何もしていないさ。ただ単に、真兄にお願いしただけだよ。別に、俺が頼まなくてもやってくれたと思う」


 真兄は、この一ヶ月くらいの間、本当に良くしてくれた。

 相手の学校との話し合いや手続き、学校側としての手続きなど……。

 自分だって結婚が決まって、相当忙しいはずなのに。


「ふふ、そうかもね。何か言ってた?」

「めんどくせーが、クラスの担任だから仕方ないってさ」

「あはは……すごく言いそう」

「まあ、かっこいいよ。それでこそ、俺の憧れる男だ」

「冬馬君は、ああいう風になりたいんだね?」

「そうだな……こう、熱血教師みたいな暑苦しいわけじゃないんだけど……いざという時は、頼りになる的な感じかな」

「冬馬君ならなれるよ、きっと……私も、負けないように頑張らなきゃ」


 そう言う綾は、凄く大人びて見える。

 この間から一皮剥けたというか……グッと綺麗になった。

 それを感じるからか、俺の心は思ったより冷静だった。

 きつと、これで良かったんだと思えるからかもしれない。






 そして、今日の最後の授業は……あの話し合いである。


「イェーイ!」

「マサ、うるせえ」

「うん、うるさいね」

「なんだよ! 冬馬! 博! おまえ達が冷たいからだぜ!?」

「それに関してはすまんな。俺も忙しくてな」

「いや、冬馬は仕方ないが……博〜! お前〜!」

「く、首を絞めないくれ!」

「いつの間に黒野さんと付き合ってんだよ〜!」

「わ、悪かった! 俺も言うタイミングがなくて!」


 博と黒野は、本格的にカミングアウトをした。

 その理由は至極単純なことで、真兄と相手のお母さんに挨拶に行ったからだ。

 何せ、黒野のお父さんは酷い人だったので、相手が心配するのも無理はない。

 もちろん柔らかな空気を持つ博は、すぐに気に入られた。

 ……俺に、真兄から愚痴の電話が来たのは内緒だ。


「全く、男って馬鹿よね」

「そうだね〜」

「でも、そういうところが可愛いよね?」

「……綾の言う通りね」

「ウンウン、綾もわかってきたじゃん!」


 相変わらず、この三人は仲がいい。

 留学を伝えた時は、一悶着あったそうだが……。

 今では、いつも以上に一緒にいるようだ。

 綾との思い出を作るために……。


「うちのメンバーの女子は全員彼氏持ち! 啓介〜! 寂しいのは俺たちだけだぜ! あっちで二人でナンパでもするか!?」

「え、えぇ!? ぼ、僕には無理だよ!?」

「おい、啓介を悪の道に進ませるなよ。そいつには、良い大学に入って、公務員あたりに就職してもらって……」

「なんだ? 父親みたいなこと言って……しかも、具体的だな?」

「と、冬馬くん……」


(麻里奈と啓介はライン交換をしたそうだが……俺は特に関与していないし、一応親父にも内緒にしている。親父が知ったら……俺が説得するしかないか)


「コホン! なんでもない。ほら、さっさと決めようぜ」


 たった今、修学旅行の班分けが決まったところだ。

 男子メンバーは俺、博、啓介、マサ。

 女子は綾、黒野、森川の七人だ。



 一応、俺が班長なので話を進める。


「さて、何処を回る? 綾はどうしたい?」


 班がこのメンバーなのは仲良し以外の理由がある。

 綾の思い出作りを手伝って欲しいと、俺が事前に頼んだからだ。

 みんな快く引き受けてくれた……良い奴らだよ、本当に。


「うーん……お寺は見て回りたいかなぁ。日本を離れるし、あっちの人に写真とか見せたら会話のきっかけになるかもしれないし」

「なるほど、それは言えてるな。まあ、どっちにしろ、行かなきゃいけない寺はいくつかあるしな」


 うちの修学旅行は、割と自由だ。

 最初の一日は団体行動だが、二日目は班行動となる。

 一日専用タクシーを貸し切り、それで移動することになっている。


「でも、よかったわ。修学旅行が二年の時期で」

「そうだよね〜! これで三年だったら……思い出作れないもん……」

「もう、今から泣いてどうするの?」

「愛子……」

「ご、ごめんね……よし! 今日は綾のうちに泊まる!」

「えっ!?」

「あら、良いわね。今日は金曜だし」

「……じゃあ、お母さんに聞いてみるね!」


 さて……綾が楽しめるように、俺は俺に出来ることを考えておかないとな。

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