第155話綾の想い

 ……酷いこと言っちゃった。


 泣き疲れた私は、ようやく思考が動き出す。


 今日は、人生で一番楽しい日になると思ってたから……。


 お父さんが認めてくれて、正式に結婚を前提にお付き合いをして……。


 みんなで仲良くご飯を食べて、これからもずっと一緒にいられるって……。


「それなのに……一番悲しい日になっちゃった」


 さっきまで枕は涙でぐちゃぐちゃで……なのに、もう乾いている。


「どれくらい、こうしてたんだろう?」


 スマホを見ると……。


「あれ? もう夕方……」

「綾、良いかしら?」

「お、お母さん?」

「入るわよ」


 お母さんは部屋に入ってきて……静かに私を見つめます。


「まあ、随分と泣いたようね」

「うぅー……だってぇ」

「せっかくの可愛い顔が台無しね」

「良いもん、別に」

「ほら、行くわよ」

「へっ?」

「泣くだけ泣いたら少しはスッキリしたでしょ?」


 そう言い、お母さんは私の手を引いていく。


「ちょっ、まだお父さんには会いたくない!」

「わかってるわよ。だから、誠也とお父さんには買い物に行ってもらったわ」

「ふえっ?」

「綾、ひさびさに……一緒にお風呂でも入りましょう」






 そして、お母さんに連れられて……。


「ふぅ……良い湯ね。高校生になってからは初めてかしら?」

「う、うん」

「一応、お父さんには説明しておいたから」

「へっ?」

「冬馬君の事情よ」

「そ、そう……」


(ど、どうしよう? 色々ありすぎて、思考が追いつかないよぉ)


「お父さん、驚いてたわ。お母さんがいないこともそうだし、高校生の男の子からあんなセリフが出たことも。結婚前提の挨拶とか、その後のこととか」

「お、お父さんは、なんて?」

「立派な好青年ですって。まあ、アレを好青年と言わなかったら、私が怒るところだったわ。今時、あんな子いないもの」

「うん……そう思う」

「それに対して……貴女はダメね」

「……えっ?」


 その瞬間——お母さんの目は、急に厳しいものになった。


「きちんと話も聞かずに、感情が先走って……喚いて泣いて、冬馬君に酷いこと言って」

「うっ……だ、だって……」

「まあ、貴女くらいの歳なら普通なんでしょうね。あの子が少し大人びてるというか……環境が人を育てるというのかしらね」

「う、うん……いつも、私を助けてくれるの」

「それで、それに甘えきりになるの? 何もかも彼に任せて、それで夫婦になるの?」


(……そうだ。私はいつも甘えてばかりで……冬馬君に何も返せてない)


「そんなんじゃ、いずれにしろ破綻するわよ。でも……今回のは、ある意味では良いきっかけになったかも」

「どうして?」

「貴方達、喧嘩もしたことないでしょ?」

「……確かに」

「別に喧嘩するのが良いとは言わないけど……貴方達は、少し関係性が歪かもしれないわね。綾が少し甘えすぎね。でも、貴女だけの所為でもないわ。冬馬君が、それを受け止めきれる度量があったのが問題ね」

「……私、無意識のうちに冬馬君をヒーローみたいに思ってた? 何でも頼っても良いって思ってたかも……」

「別に悪いことではないわよ? 男の人は嬉しいらしいから。でも、あの子だってまだ高校生の男の子よ」


(そっかぁ……私はいつの間にか、冬馬君なら何とかしてくれるって思ってた……自分は何もしてないのに……それを押し付けて……結果、勝手に怒って……)


「私、最低……冬馬君に酷いこと言っちゃった」

「そうね、あの子だって辛いと思うわよ? それでも、私達家族のことを考えて、しっかりと言ってくれたわ」

「うん、今ならわかるよ……冬馬君は、家族でいられる時間が永遠に続かないことを、誰よりも知っているから……」

「そうね……さて、ひとまず冷静になれたようね。それで……本題は、貴女はそれで良いのって話ね」

「えっと?」

「ずっと冬馬君に頼りきりで、これからも頼って、あっちから言ってくるのを待って、それを享受して……生きていくのかしら? それはそれで、女としては幸せかもしれないわね」


(お母さんは、お父さんと対等でいたいから仕事を続けてるって言ってた……そして、私はそんなお母さんに憧れて……いつか、そうなりたいって思ってたのに……)


「私は、冬馬君と会って……弱くなった? ダメになった?」

「さあ? それはわからないわ。貴女も大変な時期もあったから、あんな男の子が現れたら……頼るのも無理はないことだし」

「でも……私も、冬馬君と対等でいたい。冬馬君は、いくらでも甘えて良いって言うかもしれないけど」

「そう……じゃあ、しっかりと考えなさい。そして、お父さんと話し合って……彼にも、自分から伝えなさい。貴女がきちんと出した答えなら、お母さんは応援するから」

「お、お母さん……」

「はいはい、厳しいこと言ってごめんなさい」


 我慢できずに、涙が溢れてきます。


 お母さんだって、色々大変なはずなのに……私のために言いにくいことを伝えてくれた。


 冬馬君だって……きっと辛かったに決まってる。


 もう、呆れちゃったかもしれないけど……。


 しっかり考えて……冬馬君に伝えなきゃ。


 そうしないと、どんな形であれ——冬馬君と一緒にいる資格がない。


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