第153話挨拶……そして

 二日は家族でのんびりと過ごし……いよいよ三日になる。


 俺は親父から借りたスーツに着替え、髪を整える。


「麻里奈、髪を切ってくれてありがとな」


(つい切るのを忘れてしまっていたが、麻里奈がいて良かったぜ)


「へへ〜持つべきものは可愛い妹だねっ!」

「だな、よしよし」

「わひゃー!? ぐしゃぐしゃにしないでよぉ〜!」

「大丈夫だ、可愛いからな」

「そういう問題じゃないからっ!」

「ほれ、冬馬。もうすぐ時間だろ?」

「あっ、そうだった。親父、麻里奈、行ってくるわ」

「ああ……頑張れよ」

「お兄! ファイトッ!」

「おう……よし、行くか」


 気合いを入れて、俺は家を出る。

 そして呼んであったタクシーに乗り、綾の家へと向かう。








 タクシーの中で、俺は……緊張していた。


(ど、どうする? 手土産は持った、髪も整えた、スーツも着た、成績表も持った、将来の展望についても紙に書いてきた……いかんな、柄にもなく緊張してる)


「お客さん、着きましたよ?」

「へっ? も、もう……」


 外を見ると、いつのまにか綾の家の近くに来ていた。


(早……ええい! あとは出たとこ勝負だっ!)


 お金を支払いタクシーを降りたら、俺は覚悟を決めて歩き出す。





「と、冬馬君?」


 家の前では、綾が待っていた。


「おう、来たよ」

「に、似合ってるね……カッコいい」

「そ、そうか……ありがとな。こんなん着たことないからよくわからないが……」

「あっ——ちょっと待って!」


 綾が早足で俺の側に来て……ネクタイを直す仕草をする。

 その際に、真下にある頭からシャンプーの香りがして、俺の鼓動が速くなる。


「えへへ、これ憧れてたんだ。冬馬君、学ランだからできなかったから」

「な、なるほど……お父さんは?」


(可愛いな、おい……い、いかん! にやけるなっ! 今から大事な面接なんだっ!)


「う、うん……もう席に着いて待ってるよ」

「彼氏が来ると伝えたんだよな?」

「は、はぃ……その、結婚を前提にって……」

「よし……ならば、あとは俺の仕事だな。じゃあ、行こう」






 玄関に入り靴を揃え……リビングに入る。


「……君がそうなのか」


 そこには腕を組み、俺を睨みつける男性がいた。

 綾の親父さんだけあって、端正な顔立ちだが……。

 その眼光は鋭く、眼鏡の奥からでも俺の心臓の鼓動を早くする。


「初めまして、吉野冬馬と申します。今日はお忙しい中、お時間を作って……」

「そういうのは良い。まだ、何も認めていない」


(……なるほど、これは手強そうだ。だが、そうでなくては)


「パパ! にいちゃんは良い人だよっ!」

「お父さん! そんな言い方しなくても!」

「うっ……いや、しかし……」

「はいはい、二人とも。約束したでしょ? 口出しはしないって。冬馬君、まずは座ってちょうだい」


 俺は頷き、綾のお父さんの対面に座る。


「さて……妻からあらかたの事情は聞いた。君が綾を暴漢から守り、誠也と遊んでくれ……綾を大事にしてくれているということを」

「はい、そうできるように心がけてはいます。誠也とも、仲良くさせてもらっています」

「くっ……真っ直ぐな目をしおって……それで、君は何しに来たのだ?」

「その前に、まずはこちらを」


 俺は綾と出会ってからの自分の成績や、付き合ってからの綾の成績、その他の関係性についても記載した紙を提出する。


「ふむ……中々の成績だ。それに、綾の成績も上がっていると。苦手だった国語が上がって……なるほど、君が教えたということか」


(そう、まずはここからだ。綾が俺と付き合って悪影響がないこと、お互いに相乗効果があることをお伝えする)


「はい、お互いに教えあい、それぞれ成績が上がりました。そして、今回のテストでも下がることなく維持しています」

「バイトをしていると……そして、綾も影響を受けて始めたと……なるほど、プレゼンとしては悪くない——高校生にしてはだが」

「ありがとうございます。そして、改めまして……綾さんとお付き合いをさせて頂いております、吉野冬馬と申します」

「ふむ……妻の言う通りの男か」


 そう言い、上を見上げた。


(さて……どうなる?)


「ひとまず良いとしよう。それで、わざわざ挨拶に来た理由は? 別に高校生ならそんなことをしなくても良いと思うが?」

「はい……綾さんと結婚を前提としたお付き合いを認めてもらいたく、本日はお時間を作って頂きました」

「だめだっ! ゆるさんっ!」

「お父さん!」

「綾、良いんだ。いきなり、認めてもらおうなんて思ってない。認めてくれるまで、何度でもお願いするだけだ」

「冬馬君……」

「あらあら〜良いわね」

「にいちゃん! カッケー!」

「ぐぬぬ……! 俺の家族を手懐けるとは卑怯な男だ! しかし……そんな時間もあるかわからないがな」

「……それは、どういう意味ですか? 確か、転勤は今年で終わると聞いていたのですが……会ってくれないという意味ですか?」


 綾のお父さんは、少し気まずそうに視線を泳がせ——言う。


「いや……転勤が伸びる事になった。そして、俺は家族を連れて行くつもりだ」


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