静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について

第136話ペースは人それぞれ

　生徒会室を出て、綾と合流する。

　駅への帰り道、綾が聞いてくる。

「小百合さん、なんだったの？」

「いや、まあ……すまん、言えない」

「そっかぁ、なら良いや」

「おっ？ 随分とあっさりしてますな？」

「だって信じてるから。あんな熱い告白されたら、もう信じるしかないもん」

「そ、そうか」

　か、顔から火が出そうだっ！

「それに小百合さんだしね」

「……なんか、その一言ですんじゃうのが凄いな」

「あはは……たしかに。インパクト凄かったもん」

「そういえば、何かして欲しいことってあるか？」

「ふえっ？ きゅ、急にどうしたの？」

　ここで恩返しとか言ったら、綾が遠慮してしまうな。

　上手く伝えるには……この辺りか？

「いや、テストも近いだろ？ それに、最近は二人で何かしてもいないしな」

「そういえばそうだね……えっとね、して欲しいってわけじゃないんだけど」

　何やらモジモジしている……可愛い。

　じゃなくて！ ここは男の度量が問われるところだ。

「なんだ？ 何でもいうと良い」

「えっと……最近、いちゃいちゃはするけど……ああいうのはしないね？」

　頬を染めた綾は、まさしく女神だった。

　……はっ！ いかん！ 思考が停止しかけたっ！

「うん、まあ、そうかもな」

「え、えっと！ 別にしたいってわけじゃなくて！ いや、したいかなって思ったりも……違くて！ あぅぅ……」

「お、お、落ち着け！」

「と、と、冬馬君こそっ！」

　綾のいう通りだっ！ 俺が落ち着け！ さっきの覚悟はどこ行った！？

　こういう時こそ、男の度量を見せる時ではないのかっ！？

「ごほんっ！ ……して、その真意は如何に？」

「え、えっと、アレ以来……そういうことはしてないよね？」

　そういうこととは、アレという意味だろうな。

　確かにキスはするが、それ以上はしていないな。

　最後までは……綾の覚悟というか、綾がしたいと思うまではしないと決めてたし。

　というか、次にそこまで行ったら……止まれないという情けない理由もある。

「そうだな、してないな」

「どうしてかなって思ったり……いや、あの時も待ってくれるって言ってたけど……やっぱり私が断ったというか、少し痛がったから？」

「いや、それはない……いや、そうかもしれない」

「ふえっ？ ……謎かけかな？」

「いや……うーん、難しい質問だな」

「じゃあ、して欲しいことを言います！ な、なんでも言って欲しいです！」

　綾は真剣な表情だ……これは誤魔化すわけにはいかないな。

「言葉にするのは難しいが、なんとかしよう……まずは、そういう行為はしたいと思っております」

「う、うん……なんで丁寧語なのかな？」

「そこは気にせずにオネガイ。しかし、それが全てではないと思います。昨日言ったように、友達とダブルデートしたり、こうして手を繋いで一緒に帰るだけでも満足といえば満足なのです」

　俺だってはずいわ！ 口調を変えないとムリッ！

「わ、私と一緒……嬉しい」

「しかし、もう一度あのような状態になった場合……俺ではない者が出てきます」

「冬馬君じゃないもの？」

「ええ、そうです。まあ、簡単に言うと……獣が出てきます」

「け、獣……はぅ……」

「はっきり言って、それを止めることは困難を極めます。そして、綾の気持ちを蔑ろにしてしまうかもしれません。綾は受け入れてくれるかもしれないけど、そんなのは嫌なんです」

「冬馬君……ありがとぅ……」

「とまあ……そんな感じだ。伝わったか？」

「うんっ！ 冬馬君が私を大事に思ってるって！」

「はっ、そんなのは当たり前のことだ。まあ、下世話な話になるが……やりたいだけなら、彼女じゃなくたって良いんだよ。俺はやりたいんじゃなくて、綾としたいということだ。すまんが、この違いを説明することは難しい。本能と理性は切り離せないし」

「男の子って大変なんだね……でも、何となくわかるかも。私もしたいとは思わないけど……す、するとしたら冬馬君が良いかなって思うの」

「そ、そうか、そいつは光栄だな。お、俺もそんな感じだ」

「こ、光栄です……えへへ、幸せだなぁ〜こんなに想ってくれる彼氏がいて……」

「何を言うか！ こんな可愛いてステキな彼女がいる俺の方が幸せに決まってる！」

「「……………」」

「ハハ……」

「えへへ……」

　顔を見合わせて笑ってしまう。

「まあ、そういうのはあんまり考えなくて良い。無理してするものでもないし、俺たちは俺たちのペースでいけばいい。どうせ、雑誌とかをみたんだろ？」

「うぅ……バレました」

「この間も言ったが、そういうのは気にしないこと。俺は雑誌に載ってる女の子と付き合ってるんじゃなくて、目の前の綾と付き合ってるんだから」

「冬馬君……そうだねっ！」

　笑顔になった綾に——そっと口づけをする。

「な、なんで……？」

「 いや、可愛かったから」

「はぅ……」

　もしかしたら、俺たちは普通のカップルとは違うのかもな。

　でも、それでいいと思う。

　早くやった方が偉いとか、自慢できるとかクソくらえだ。

　一時期は焦ったり、したいって気持ちが暴走しそうになったけど……。

　俺たちは、俺たちらしくやっていこう。