第107話冬馬君は奮闘する

 さて……ところで、弥生さんはどこに……?


「冬馬君、こんにちは」


 本屋の看板の陰から、弥生さんが出てきた。


「あっ、そこで見ていたんですね。弥生さん、こんにちは」


 すると……真兄が駆け寄ってくる。


「貴女が弥生さんですね?写真で見るよりも数倍お綺麗ですね。初めまして、わたくしの名前は名倉真司と申します」


 ……はて?今喋っているのは誰だろう?


「フフ……父がごめんなさいね?」


「声まで素敵だ……!いえ、お気になさらないください。聞くところによると、苗字は矢倉さんというとか。私の苗字は名倉……これなら、苗字が変わっても問題ないですね!」


「え、えっと……」


「真兄!落ち着け!善二さんも!」


 俺は、真兄を殴りに行きそうになっている善二さんを抑え込んでいる……!


「ぬぬっ!冬馬!成長したな……!重心がしっかりしている……!」


「こちとら、インターハイ準優勝の奴と遊んでいるのでね……って違うよ!こんなことしてる場合じゃ……!綾!出番だ!アレを出して、黒野に渡せ!」


「え……?良いのかな……?」


「そういうことね……綾、私にやらせなさい」


 黒野は綾からあるものを受け取り、真兄に近づき……それで頭を叩いた!

 辺り一帯にスパン!!という音が鳴り響く!


「いた……くない?おい?加奈、なにをする?」


「兄さんが恥ずかしいことしてるからじゃない!もう!何か変なこと言ったらハリセンで叩きます!」


「フフフ……妹さんなのね?今日は、よろしくお願いします」


「す!すみません!うちの馬鹿兄が………」


「おい?ひどくね?」


「なるほど……妹もいるなら安心か……冬馬、弥生を頼んだぞ?あくまでも、今日だけは許したつもりだ」


「ええ、わかっています。俺を信頼してくれたから、今回の話を受けて頂けたことは。真兄!俺の顔に泥は塗らないんじゃなかったのか!?」


「む……そうだな。いや、すまん。つい、嬉しくてな………」


「フフ……面白い方ね」


 ハァ……もう疲れてしまった……。

 え……?まだまだこれからなんですけど?




 その後、一先ず駐車場に到着する。


「私はどこに座ろうかしら?」


「是非、助手席にお座りください」


「いや、ダメだ。黒野、お前が助手席に座ってくれ」


 真兄は——この世の終わりのような表情をした。

 そして、俺を他所に引っ張っていく……。


「と、冬馬!なぜだ!?俺がどんなに楽しみに……!」


「わかっているよ、それは。でも、だからこそだよ」


「……どういう意味だ?」


「隣に弥生さんを乗せて、運転に集中できる?」


「うっ——そ、それは……」


「まずは、少しずつだよ。大事なお嬢さんを連れて行くんだから。今日の真兄の行動次第で、色々変わってくるよ?家に帰ったら、弥生さんがお父さんに話すだろうし」


「……ガキンチョのくせに生意気な……だが、お前の言う通りだな……ありがとよ」


「全く……世話の焼ける兄貴分だよ。それに、黒野を乗せた方がいいよ」


「なんでだ?お前じゃダメなのか?」


「あのね……妹は、今日を楽しみにしてたでしょ?」


「……いかんな、すっかり頭からなかった……」


「いや、気持ちはわかるけど。俺もそうだったし……でも、兄弟の仲が良いのは弥生さん的にポイント高いと思うけどなー」


 その言葉が言い終わる前に、真兄が車に戻って行く。


「加奈——!助手席に乗れ——!妹と兄の仲を深めるぞ——!」


「な、なにを言ってるの!?」


「なに照れてんだ、ほら、乗れ乗れ」


「わ、わかったわよ……」


「フフ……仲良しで良いわね」


 ……フゥ、これで黒野の願いも果たせるだろう。


「ふふ……冬馬君、お疲れ様」


「綾……失礼」


 俺は綾を抱きしめる……。

 うわー。

 相変わらず、良い匂いするわー。

 マイナスイオンたっぷりだわー。


「ひゃっ!?」


「あぁ……癒される……ありがとな、綾。よし!頑張るか!」


「あぅぅ……びっ、びっくりしたぁ……」


「ねえ?やっぱり、アタシ帰って良いかな〜?」


 森川を説得しつつ、なんとか全員が車に乗り込む。


 運転は真兄、助手席に黒野。

 真ん中に、俺と弥生さん。

 後ろに、綾と森川という形に落ち着いた。


「よし……行き先は、○○○動物園だったな……」


「兄さん、私がやるわ」


「おっ、そうか。悪いな」


「しっかり者の妹さんね」


「ええ、そうですね」


「……冬馬君、今回はありがとね」


「はい?」


「まだ、どうなるかわからないけれど……こういうこと自体が、中々ないものだから。うちも少し特殊だから……父が貴方のこと気に入ってるから、今回は実現したんだわ」


「あぁー……まあ、親父さんが溺愛してますからね」


「それもあるけれど……私も父も、互いに依存してるところがあるから……」


「……それは……?」


……詳しくは知らないが、弥生さんと善二さんから母親の話を聞いたことがないんだよな。

なんとなく聞いちゃいけない空気というか……。

もしかしたら……俺と同じか、もしくは……真兄と一緒なのかもな……。


「フフ……ごめんなさいね、なんでもないのよ。冬馬君はしっかりしてるから、つい話したくなっちゃうわね」


「むぅ……」


「綾、落ち着いて!」


「わ、わかってるもん!」


「冬馬!ずるいぞ!」


「兄さん!運転に集中して!」


 ……カオスだな。


 あれ?本番は、まだこれからなんだけど?


 ……長い一日になりそうだ。

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