第88話冬馬君は最後に大事なものに気づく

 ……重苦しい空気が流れたが。


 ちょうど良いタイミングで、食事が来たようだ。


「失礼します」


「あっ、ありがとうございます。そこに置いといてください」


「はい、畏まりました。では、ごゆっくりどうぞ」


 仲居さんは、丁寧にお辞儀をして部屋を退出した。


「さあ、食べよう。真兄、とりあえずは保留。黒野もだ。腹が減っては、おちおち話もできない。綾、手伝ってくれ」


「う、うん!」


 2人でお盆を取り、テーブルに置いていく。


「そうだな……冬馬の言う通りだ。加奈、すまなかった。とりあえず、食べるとしよう」


「兄さん……いいえ、私こそごめんなさい。そうね、食べましょうか」


 俺と綾も、天ざるそばを食べることにする。


「ん!?美味いな!サクサクでカリカリのエビの天ぷらだ!なのに中は半生だ!」


「美味しいね!お蕎麦も香りも良いし、喉越しが良いね!」


「そうだろそうだろ!ここのは高いだけあって美味いからな」


「そうね、美味しいわね」




 その後楽しく食事済ませてから、本題に入る。


「で、母親の件は一先ず置いといて……なんで、俺らに知らせに来たんだ?」


「あっ……そういえばそうだね。さっきのアレで忘れちゃってた」


「ああ、それなら……こいつが仲間外れが嫌だからってさ」


「兄さん!?そんなことは言ってないわ!」


「言ってたろ!森川がピンチの時に何も出来ず家にいたって。冬馬だって、清水を連れてたのにって。私だけ、なんの力にもなれてないって」


「そ、それは……」


「加奈……」


「それは違うぞ、黒野。森川のことを真兄に知らせたのはお前だな?」


「ええ……」


「そのおかげで俺は奴らを潰すことに専念できたし、後始末もする必要がなくなった。世間にも知られることなく、学校にも知られていない。それは真兄がいたからだ。俺も真兄の仲間も、真兄に伝える気は全くなかった……いや、正確じゃないな。遠慮して、伝えることが出来なかったんだ。だから、お前が伝えてくれたから助かったよ」


「吉野……あ、ありがとう」


「むぅ……冬馬君がかっこいいのです。でも、加奈が照れているのです……複雑です」


「綾、大丈夫よ。とったりしないから。というか、私じゃ見向きもされないから」


「黒野には悪いが、そういうことだ。俺の目には綾しか映らない、わかったな?」


「ひゃ、ひゃい……うぅー……」


「それはそれで何かムカつくわね……」


「無駄無駄、こいつらいつもこんなだし。全く、独身の俺の身にもなれってんだ」


「真兄はちゃらんぽらんだからなぁ。で、それだけ?後にはなんかあるの?」


「こいつが俺と出掛けたいって言うんだよ……まあ、幼かった加奈に罪はない。だから、俺も加奈の願いは叶えてあげたいとは思うわけよ」


「ウンウン、その気持ちはわかる。妹は可愛いからな!」


「私もわかります。誠也も可愛いですもん」


「は、恥ずかしいわね。そうか……私だけ末っ子なのね」


「まあ、そんなわけでな。カモフラージュが欲しいわけよ」


「……ああ、そういうことか」


「え?どういうこと?」


「真兄と黒野だけだったら変に思われるけど、俺と綾が一緒にいれば変な目で見られないってことだろ?」


「そういうことだ。だからお前らのイチャイチャを邪魔する気は無いが、たまに付き合ってくれると助かる。無論、最悪ばれても構わんしな。もちろん、ばれないに越したことはないがな」


「2人とも、ごめんなさい。たまにでいいので、付き合ってください……そ、その、兄さんとお出掛けがしたいの……は、恥ずかしい……」


「加奈が頼みごとなんて……冬馬君……」


「みなまで言うな。恩人と、大事な彼女の大切な友達の頼み……これで断る奴は男じゃない。ああ、わかった。前もって言ってくれれば、その日を空けとくよ」


「冬馬……へっ、良い男になったな」


「吉野……ありがとう」


「えへへ、やっぱり冬馬君大好き!」


「よせやい照れるわ。で、森川には言うんだろ?」


「それはもちろん。あの子だけ仲間はずれにはしないわ。綾、一緒に説明してくれるかしら?」


「もちろん!ふふ〜ん!良いこと思いついちゃった!」


「綾?……まあ、良いけど……ほどほどにな……」


 ……なんとなくだけど想像はつくがな。


 その後綾と黒野がお花を摘みに行っている間に、真兄と話していると………。


「あっ、そういや……淳と蓮二から連絡来たぞ」


「……2人ともなんだって?大丈夫だったのかな?俺、任せろって言われたから甘えちゃったけど……」


「馬鹿野郎、それで良いんだよ。俺達大人を頼ってくれ。もちろん、最近の大人が信用ならないのは確かだ。だが、そうじゃない大人もいる」


「真兄……うん、わかったよ。ありがとう」


「……ガラにもないことを言っちまったな……それでだな、4人で飯でもどうか?だってよ。カラオケとかも行きたいってよ、お前上手かったもんな」


「おっ、良いね。何年振りかな……2年以上かぁ」


「早いもんだな。そして、人生とは何が起きるかわからないもんだ。まさか、赴任先で弟分の冬馬に会い、妹の加奈にまで会うんだからな」


「たしかに……俺も、まさか彼女ができるとは思ってなかったし」


「随分と惚れ込んでるみたいだな?」


「まあね……でも必死だよ。綾は可愛いし性格も良いからモテるからね。本人は隠してるつもりだけど、告白されてるのは知ってるし。未だに、陰口なんかも叩かれるしね。俺は、もっとしっかりしないと。誰から見ても、綾と釣り合う男になるために……」


「ククク……本当に良い男になって……きっと清水のおかげでもあるんだろうな。良かったな、冬馬。人生観や、価値観を変えてくれる子はそうはいない。言うまでもないことだが、大事にしろよ?」


「ああ、もちろん。ただ……大事にし過ぎても重たいし、悩み所ではある」


「ハハ!それは言えてるな!クク、青春だねえ……」


 その後綾達が帰ってくるのを待ち、店を出て解散となった。


「真兄!ご馳走さま!」


「先生!ご馳走さまです!」


「兄さん、ご馳走さま」


「おう、気をつけて帰れよ」





 その後、俺は2人を送り届け帰宅する。


「あっ!お兄!お帰りなさい!」


 ……そっか。

 最近、相手してあげてないな。


「なあ、麻里奈」


「ん?どしたの?」


「今度、2人で出掛けるか?」


「ふえっ?べ、別に!で、でも……お兄がどうしてもって言うなら良いよ……?」


「ああ、頼む。可愛い妹とお出掛けがしたいんだよ」


「ふふ〜ん!しようがないなぁ〜お兄は!可愛い妹がお出掛けしてあげる!」


 そう言い、気分良さげにリビングへ入っていった。


 ……どうやら、正解だったようだ。


 フゥ、アブナイアブナイ……兄貴失格になるところだったな。


 黒野のおかげで思い出せたな。


 妹も大事だという、当たり前のことを……。













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