第36話冬馬君は相談を受ける

 さて、あの日から日にちが経った。


 いよいよ、夏休みも終わりに近づいている。


 あと10日といったところだ。


 そして朝起きた俺は、ある出来事に驚くことになる。






「マジか……アルザール戦記の新刊が発売している……」


 これは、割と衝撃的な出来事だ……。


 この俺が、大ファンである小説の発売日を忘れているとは……。


 自覚はなかったが、そういうことなのだろう。


 自分が思う以上に、綾の存在が大きいということか……。


 すると綾から「今日、会えないかな?」と連絡が来た。


「これは、とりあえず電話するか」


 電話をかけると、すぐに綾の声が聞こえる。


「お、早いな?もしもし?」


「もしもしー、冬馬君、おはよー」


「おう、おはよう。で、今日なんだが……」


「あ、ごめんなさい。何か予定あったかな?相談があったんだけど……」


「いや、それ自体は大丈夫だ。ただ、好きな小説の発売日が過ぎててな。それを買いに行った後、喫茶店に行きたいんだ。だから、俺の地元でもいいか?」


「うん!大丈夫!でも、私邪魔じゃないかな……?その、気を遣わなくても良いんだよ?……いや、私馬鹿だね……これ言ってる時点で気を遣わせちゃうね……」


「ククク……」


「え!?な、なんで笑うの!?」


「いや、俺の彼女は可愛いなと思ってな」


「はぇ?な、な、なんで……?どういうことだろう……?う、嬉しいけど……」


「いやいや、気にしなくていい。とりあえず、大丈夫だ。じゃあ、迎えに行くから。用意して待っててくれ。悪いよとかいうなよ?俺がしたいからしてることだ」


「うー……!言われちゃった……でも、それもあって相談したいんだし……うん!じゃあ、待ってるね!ありがとう!」


「ああ、じゃあな」


 電話を切り、準備をする。

 ちなみに、電話は俺が切るようにしている。

 でないと、綾が一向に切らないからだ。

 俺も電話していたいが、断腸の思いで切ることにしている。






 そして、綾の家に到着する。


「冬馬君!いつもありがとう!」


「おう、それでいいんだよ。その笑顔が見れるなら安いものだ」


「え、あぅぅ……!すぐ、そういうこと言う……」


「悪い悪い。ほら、行こうか」


「うん!」






 再び、俺の地元の駅前に戻ってくる。


 そして、矢倉書店に入る。


「あららー、冬馬君。大丈夫だったの?発売日にこなかったわねー」


「いやはや、俺とした事が……彼女ができて浮かれていたようです」


「こ、こんにちは!」


「あら、今日は彼女も一緒ね。なるほど……そういうことね。はい、どうぞ」


「わざわざありがとうございます。では、こちらで」


 入り口近くの会計で、すぐに支払いを済ませる。

 予約をしてあったからな。


 混んでいたので、すぐに店を出る。


「混んでたね、一人なのかな?」


「いや、親父さんがいるな。この辺では、逆らえる者がいない凶悪な親父がな。ただ、その見た目から接客が向かなくてな。品出しとか管理とかをしているな。だから、基本的には弥生さん1人だな」


「そうなんだ……うーん……」


「どうした?」


「ううん!後で良いよ!ほら、行こ!」


 自然と手を繋ぎ、喫茶店に向かう。


 店に入り、いつも通りにマスターに挨拶をし、お馴染みの席に座る。


 今日のお昼はオムライスにした。


「うん、相変わらず美味いな」


「美味しいね!このソースが凄い美味しい!」


「マスターオリジナルのデミグラスソースだからな。これが、美味いんだよなー」


 その後食事を済ませ、いよいよ本題に入る。


「で、どうしたんだ?」


「あのね……バイトをしようかなって思って……」


「なるほど……気になるわけだな?」


「うん……だって、冬馬君が一生懸命に働いて稼いだお金だもん。それを私に使うのは、良くないといいますか……」


「まあ、大した額じゃないけどな。だが、気になるならしても良いんじゃないか?」


「うん……でもね、それで相談があって……私、バイトしたことあるんだけど続かないの。正確に言うと、続けられないの」


「……まあ、なんとなくわかった。店員に告白されたり、同じ女子に嫌味言われたり、客にナンパされたりするんだな?」


「え!?凄い!なんでわかるの!?」


「そりゃ……わかるだろ。綾は、超絶的に可愛いんだから」


「超絶……なんで、冬馬君に言われるとこんなにドキドキするんだろうね?」


「……好きだからじゃないか?その、お互いにな」


「……エヘヘ、嬉しい。え、えっとね、それで何処なら平気かなって……」


 なるほど……これは、難しい問題だ。

 綾の平穏を確保しつつ、楽しく働けて……男がいない職場。

 これは、俺の独占欲だな……ん?ああ、良いのがあるな。


「さっきの矢倉書店はどうだ?」


「そうなの!さっき、それを聞きたくて。どうなのかなって」


「確か、募集していたはずだ。しかも、女子限定で」


「え?なんで?」


「まあ、綾と似たような理由さ。邪な考えで、バイトしたがる奴が多くてな」


「あっ……あの人綺麗だもんね」


「そういうことだ。後、親父さんが溺愛しているしな。幸い、俺は親父さんに気に入られているから、帰りに聞いてみよう」


「うん!冬馬君、ありがとう!わ、私の彼氏は頼りになります……」


「お、おう。任せておけ」


 だから、頬を染めながら言うなー!!

 キスしたくなるだろうが!!




 そして、お喋りをしながら幸せな時間を過ごす。


 女の子の話はつまらないと聞いていたが、そんなことはないな。


 うーん……まあ、いいか。


 相性がいいということかもしれんな。


 そして頃合いかなと思い、店を出て矢倉書店へ向かう。








「こんにちはー、今親父さんいますか?」


「あら?冬馬君、また来たの?お父さーん!冬馬君よー!」


 すると、奥のドアから熊が現れる……いや、違う。


 現れたのは、熊みたいな人間だ。


「……冬馬か。どうした?」


「善二さん、こんにちは。お忙しい中すみません。今日は、頼みがあってまいりました。お話を聞いてもらってもよろしいでしょうか?」


「……いいだろう。お前は若い割に礼儀正しいしな」


「ありがとうございます。実は、ここいる子がですね……」


「はじめまして、矢倉さん。私の名前は、清水綾といいます。冬馬君からお話を聞き、アルバイトについてお話を聞きたいと思いやってきました」


「……こっちも近頃の子にしては、しっかりしてそうだな。冬馬、彼女か?」


「はい、そうです。俺の可愛い彼女です」


「はぅ……はい、そうですぅ……」


「なるほど……まあ、お前が選んだ相手なら問題ないか。ただ、甘やかす気はないぞ?」


「ええ、大丈夫です。こう見えて中々根性もありますし」


「え?え?えーと……」


「ふふふ……珍しい。やっぱりお気に入りの冬馬君だからかしらね?」


「おい、俺は別に……」


「何言ってるの?あの小僧は元気か?とか。発売日にこないぞ?とか気にしてたじゃない」


「うぐっ……!」


「はは……今度、また将棋でもしますか?」


「……ああ、やろう」


「ふふふ……よろしくね、綾ちゃん」


「えっと……」


「綾、とりあえず合格だってさ」


「ああ、一応きちんとした面接はするがな」


「あっ……ありがとうございます!」


「……まあ、よろしく頼む。あとは、弥生に任せる」


「はいはい、やりますよ。じゃあ、明日は時間あるかしら?」


「は、はい!えっと……この時間なら……」


「ふんふん……じゃあ、この時間はどうかしら?」


「はい、大丈夫です」


「じゃあ、決まりね」


 どうやら、決まったようだな。






 そして夕方なので、綾を家まで送っていく。


「冬馬君!ありがとう!その、色々と……結局お世話になっちゃった」


「良いんだよ、俺だって心配だ。あそこなら安心だ……男がいないからな」


「え?そ、それって……」


「……すまんな、割と独占欲があったようでな」


「う、ううん!嬉しい……!」


「ヤバイな……キスして良いか?」


「え……?あ、えと……は、はい……」


 俺は周りを確認し、優しくキスをする……。


「あっ……ん……」


 場所が場所なので、すぐに離す。


「えっと……帰るな!」


「う、うん!ま、またね!」


 俺はバイクに跨り、走り出す。


 ……なんだ、あの漏れ出した声は……!


 意識が飛ぶかと思った……!


 俺の理性よ!!頼む!!持ってくれーー!!




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