第37話冬馬君は今更気づく

 さて、いよいよ夏休みも、あと1週間くらいだ。


 今年は、特別な夏休みになったな……。


 まさか、俺に彼女ができて、その彼女に夢中になってしまうとは……。


 去年までの俺では、考えられないことだな。


 そして、今日は綾のバイトデビューを果たしたようだ。


 無事に面接を受け、きちんと受かったようで一安心である。


 あそこなら、安心して任せられる。





 ……だったのだが、気になるものは気になる。


 すぐにでも見に行きたかったが、矢倉親子に止められた。


 せめて、少しは待てと。


 綾が仕事に集中出来ないからと。


 そして、三度目の出勤日の今日、ようやく許可がおりた。


 俺は矢倉書店に向かい、入店する。


「いらっしゃいませ……冬馬君!あれ!?まだ、終わるまで時間あるよ?」


「おう、綾。頑張ってるみたいだな。いや、気になってしまってな」


「そうなんだ……うん!おかげさまで、働きやすいよ!多少のアレはあるけど……」


「アレ?なんかあったのか?」


「あらあらー、冬馬君。やっぱり早く来たのねー。そのまま、裏に行っていいわよー。お父さん、待ってるから。綾ちゃんの仕事終わるまで、よかったら相手してあげて」


「わかりました、邪魔はしたくありませんから。じゃあ、綾。また後でな」


「うん!あと少し頑張るね!」


 矢倉書店は8時には閉まるから、稼ぎは低いかもしれないが働きやすくはあるだろうな。


 平日に定休日も2日あるし、一回で働くのは三時間くらいでいいらしいし。


 今日は3時から6時で、今は5時半くらいだ。


 俺はノックをし、裏口に入る。


「失礼します」


「ふっ、心配で来たのか?」


「まあ、そんなところですね」


「あの子のおかげで売り上げが伸びて、こっちはなかなか大変だ」


「え?そうなんですか?」


「ああ、可愛い子がいるってな。もちろん、タチの悪いのは俺が排除した」


「ありがとうございます。俺も安心できます」


「ただな……」


「ん?そういえば、綾が何か言いかけてましたね……何か問題が?」


「……あそこに監視カメラがあるから、少し見てろ」


「はぁ……わかりました」


 大人しく椅子に座り、監視カメラを眺める。


 すると、とある男性が綾に近づく。

 何やら花束を持っている。

 そして、なにかを申し込んでいる。

 ただ、すぐに消沈して去っていく。


「えっと……どういうことですか?」


「……俺も驚いている。まさか、3日目でこうなるとは。どうやら、真剣交際の申し込みをしているようなのだ。同じ男として、さすがにそれを咎めることはできん」


「……なるほど、そういうことですか」


 どうしよう……物凄くモヤモヤするぞ?


「……嫉妬か?独占欲か?自信がないのか?」


「違い……いや、そうかもしれませんね。俺は男を磨かなくてはなりませんね」


「そうだな。彼女はお前のために色々努力をしているようだぞ?俺にまで、冬馬君はどういう服が好きとかわかりますか?とか聞いてきたぞ」


「それは……すみません」


 その後談笑をし、6時になる。


「冬馬君!お待たせ!店長!お疲れ様でした!」


「ああ、お疲れ……丁寧な対応で良いと思う」


「あっ、ありがとうございます!」


「じゃあ、親父さん。失礼します」


「……また、こい」







 その後綾を連れて、喫茶店アイル入店する。


 マスターに挨拶をし、いつもの席に座る。


 そして、飲み物がきて先程の話になる。


「で、アレか……」


「うん……そうなの。彼氏いるって言ったんだけど……冬馬君、怒ってる……?ごめんなさい」


「なに……?怒っていないが……何故だ?」


「え?だって……眉間にシワが……」


「え?……マジか……」


 怒ってはいないはず……綾は悪くない。

 ただ、俺の器が小さいだけだな……。


「うん……いやかな?やっぱり……」


「待て待て。綾が謝ることなど何もない。ただ、アレだ」


「アレ?」


「あー、なんだ……ただの醜い嫉妬心というやつだ。俺の器が小さかったということだ。むしろ、謝るべきなのは俺の方だ。すまん」


 きちんと手をふとももに置き、頭を下げる。


「えぇ!?し、嫉妬……その、嬉しいです……」


「そうなのか?器小さくてダサくないか?」


「そんなことないよ。好きな男の子に嫉妬されるなら嬉しいもん。だ、だって……私のこと、好きだってことでしょ……?」


「そりゃもちろん。好きに決まっている」


「決まっているんだ……ふふ、やったね」


「あー……そっか。これから、それを見ることになるのか……」


 その笑顔を見ながら、とても今更なことに気づく。


「え?どういうことかな?」


「いや……学校始まったら、また告白されるだろう?」


「う、うん……私も、そのことで相談がありまして……冬馬君が、私の彼氏って言っていいのかな?」


「それは、アレだな?俺を気遣ってのことだな?」


「うん……冬馬君に迷惑かけちゃうから……でも、私……」


「それ以上はいい。綾のためなら、俺の平穏な日々など捨ててやる」


「え……?いいの?だって……自分で言うのもなんだけど、私の彼氏ってわかったら大変だよ?」


「ああ、いい。俺だって綾と弁当食べたり、登下校時に一緒にいたいしな」


「ホント!?そうなの!私もそれがしたいの!」


「それなら良かった……何よりアレだ……」


「ん?」


「少しは、告白が減るんじゃないかと……俺は、どうやら独占欲もあるくせに、嫉妬心まであるようだからな……俺が嫌なんだよ……」


 綾は一瞬ポカンとした後、意味を理解したのか、みるみる頬が赤くなっていく。


「………はぅ……ど、どうしよう……ドキドキが止まらないよぉ……!」


 ……俺のセリフだーー!!


 ……さて、これにて平穏な日々が終わるかもしれん。


 だが、不思議と悪い気はしない……。


 綾の存在が、俺の中で大きくなっているということなのだろう。


 正直言って、どうなるか想像がつかない……。


 後は、出たとこ勝負だな……。


 綾の照れ顔を見ながら、俺はそんなことを考えていた。


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