第16話冬馬君は見過ごせない

 さて、あれから何日か過ぎて、いよいよ中間テストの最終日を迎える。


 といっても、特に慌てる必要はない。


 俺は、自分の時間が大事だ。


 そのためには、勉強時間も最小限にする必要かある。


 だが、成績が落ちるとゲームや小説の所為にされるだろう。


 それだけは、俺の矜持が許さない。


 ゲームや小説が悪いわけではないからな。


 なので俺は、授業を真面目に受けて、なるべく家でしなくて済むようにしている。


 とりあえずは、学年の半分より上にいけば問題ないしな。


 今はお昼休みだが、午前中のテストも手応えがあった。


 おそらく、最低でも70点以上はあると思う。


 ……ちなみに、清水とはちょくちょくメールをしている。


 これが絶妙でな……面倒くさいと思う前に終わるのだ。


 ……それに、楽しいと思っている自分がいることは否定できない。


 俺は人気ひとけのない体育館近くのベンチに座って、そんなことを考えていた。




 すると、何処かから声が聞こえてくる……。

 なんだ?……あれか……。

 体育館の裏で、1人の男に2人の男が詰め寄っている。

 ……虐められているのか?

 ……まあ、俺は正義の味方じゃないからな。

 すまんが、悪く思わんでくれ……俺は、平穏に暮らしたいんだ。



 弁当も食べ終わっていたので、俺は立ち上がって別の所に行こうとする。

 だがその時、聞き捨てならない台詞が聞こえた。


「僕は!もうお金出さない!これはお父さんが一生懸命働いて稼いだお金だ!もちろん、あとでお父さんに謝る!君達に返せとは言わない!僕が働いて、きちんと返すんだ!」


 ほう……良い啖呵を切ったな。

 ……嫌いじゃない。


「なんだと!テメー、今なんつった!?オタクが偉そうな口聞くんじゃねえよ!」


「このキモいオタクが!!」


「うわっ!」


 虐められている男は、ど突かれて転んでしまう。


「ん?なんだ、これ?」


「ああ、ラノベとかいうオタクが読むやつだろ?こんなの学校に持ってくんじゃねえよ!」


「やめてよ!?それ、アルザール戦記の初版なんだよ!」


 俺は、急いで髪を後ろに持っていく。

 そしてゴムで縛り、眼鏡を外す。

 さらに、学ランの前ボタンを全部開ける。

 その状態で、奴らに近づいていく。


「おい、クズ共」


「あぁ!?なんだ、てめーは!?」


「知らねえ顔だな……こんな気合いの入った野郎いたか?」


「一度だけいう。それに謝れ」


「はぁ?ああ、正義の味方ですかー?」


「うわー、ないわー、ダサいわー」


「いや、今時カツアゲなんかしているお前らの方が、よっぽどダサいと思うがな」


「んだと!テメー!」


「それよりもだ……俺は正義の味方じゃない。俺は、その本に謝れと言ったんだ。それ一冊を作るために、作者がどれだけ苦労し、それに関わる人達がどんなに一生懸命に働いているか……想像したことあるか?」


 何より許せないのは……今奴が踏んづけているのは、俺のバイブルだ……!

 俺の一番好きなラノベにして、一番好きな作家さんだ……!


「はぁ?こいつ、何言ってんの?」


「頭おかしいんじゃね?」


 ……こいつらをシメるのは容易い。

 だが、暴力沙汰は色々困る……どうしたものか……。

 ……よし、とりあえずコレでいくか。


 俺は横にあるフェンスを、全力で蹴る!!

 ガシャーン!!という音が響きわたる!


「な、なんだ!?」


「何してんだ!?こいつ!?」


「ほら、早く逃げないと誰か来るぞ?良いのか?」


「チィ!そういうことか!!」


「顔、覚えたからな!」


 2人は逃げるように、その場を去っていく。


「あ、ありがとうございます!」


 俺は髪と戻し、眼鏡をかける。


「礼はいい。別に、お前を助けたわけじゃない。ただ、ありがとうと思っているなら、俺のことは黙っていてくれればいい」


「あ、あれ?同じクラスの吉野君……?」


「ああ、そうだ。訳あって、普段は隠しているんだ。ただ、その作者の大ファンでな。どうにも見過ごすことが出来なかった。それ、良いよな?」


「そ、そうなんだ。はい!これ良いですよね!?僕も大ファンです!」


 その時、後ろから声が聞こえる。


「おい!なんの音だ!?」


 チッ、マズイな……学年主任の太田先生か。

 悪い人ではないのだが、熱くなりすぎることがある。


「お前達、何をしていた!?……ん?君、汚れているじゃないか!?そうか!お前が虐めていたんだな!?」


「あ、え、いや……」


 田中君は、テンパってしまっている。

 仕方ない、誤解が解けるまでは大人しく従うか。

 その時だった、聞き覚えがある声がしたのは……。


「違います!吉野君はそんなことしません!」


「清水君?どういうことだね?」


「私は彼のことを知っています!私が断言します!彼はそんなことしないと!」


 清水は物凄い真剣な表情で、太田に訴えかけている。


「そ、そうか。まあ、君がそこまで言うのなら、そうなのかもな」


「そ、そうです!か、彼は……ぼ、僕を虐めから助けてくれて……」


 田中君が尻窄みになりなからも、そう言ってくれた。


「……そうか。君には悪いことを言った。すまなかった!」


「いえ、状況的に無理ないかと。誤解が解けたなら良いです」


「ふふ、虐めを見過ごせないか……見た目とは違い、熱い男のようだな。では、そこの君。少し話をしても良いか?」


「は、はい!」


 田中君は太田先生に連れられ、校舎に戻っていく。

 俺は体育館の裏で、清水と2人きりになる。


「清水、どっから見ていたんだ?」


「え!?いや、その……正確に言うと現場は見てなくて……ただ、ベンチに座ってる吉野君を眺めていたら、いきなりあの感じになったから……何かあったと思って……」


 清水は、顔を俯きながらそう言った。

 眺めていたって……まあ、いい。


「じゃあ、何が起きたかはわかっていないんだな?よく、あんな啖呵を切ったな?」


「え?だって吉野君、そんなことしないよ」


 清水は本当に信じ切った目で、俺を見つめてくる……。

 ……嬉しいものだな、信頼されるというのは。


「おいおい、違ったらどうするんだ?」


「うーん、そしたら……叱ります!ダメです!って」


「ハハハ!そうか、それは怖いな!」


 面白くて良い奴だな、清水は……。


「わ、笑われた……でも、いいや。吉野君、楽しそうだし」


 そう言って、清水は微笑んだ。

 不覚にも、俺は見惚れてしまった……。


 その後、テストの話などをして教室に別々に戻る


 もちろん、午後のテストもバッチリだ。


 これで、またゲームを再開だ!


 俺はご機嫌で帰宅する。


 そして家に帰り、リビングで寛いでいるとメールが届く。


 それは6月の第2週の土曜日に、またうちに来れますか?という清水からのメールだった。


「お兄?どうしたの?嬉しそうな顔して」


「は?……マジか?そんな顔してたか?」


「うん、してたしてた。おやー?彼女でもできましたー?」


「いや、いないさ」


 俺は追求を逃れるために、自分の部屋に入る。


 ……そうか、俺は嬉しいのか。


 ……さて、どうしたものか……。



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