第6話冬馬君の事情

 朝、目が覚めた時、俺は涙を流していた……。


 理由はわかっている……。


 亡くなる直前の、母さんの夢を見たからだ……。


 俺は幼い頃は、所謂オタクと呼ばれるタイプというわけではなかった。


 小さい頃の俺は、どちらかというと活発な少年で、クラスの中心にいるタイプだった。


 見た目は普通だったが、運動神経も良く、腕っ節も強かった。


 たまにウザいが、家族のために働く、家族思いの父さん。


 いつも穏やかで、笑顔で俺達を包む、家族思いの母さん。


 いつも元気で、家族を幸せにしてくれる、可愛い妹の麻里奈。


 母さんは生まれつき身体が弱く、あまり旅行に行ったり、出かけたりは出来なかった。


 更に、日々の生活のお手伝いをしなくてはいけなかった。


 それでも、俺達は幸せ家族だった。


 だが、一度その幸せは壊れかけた。


 母さんが、死んでしまったからだ。


 俺が中学二年生、妹が小学校五年生だった。


 生まれつき身体が弱く、長く生きられない身体だったそうだ。


 衰弱していく母さんは、それでも笑っていた。


 俺は聞いた……なんで、笑っていられる!?と。


 母さんは言った……幸せだからよと。


 もちろん死にたくないけど、お父さんと出会って、貴方達と過ごして、本当に幸せな日々だったわ、ありがとうと。


 三人で泣いた……泣いて泣いて泣いて、涙が枯れるまで……。


 その後、1人ずつ話がしたいと言ったので、その通りにした。


 ちなみに、俺らはそれぞれの内容は、未だに知らない。


 まあ、言う必要がないということもある。


 だって、なんとなくはわかっているだろうし。


 ただ、それぞれ母さんとの最後の思い出を、心にしまっておいているのかもしれない。


 俺は母さんに、こう言われた。


「冬馬、泣かないで……」


「……わかった、泣かない……!」


「冬馬は、強い子ね。貴方が生まれた時、嬉しかったわ。子供を産めるとは思っていなかったから……。それに、貴方は元気で、家族に優しい子に育ってくれたわ。でも、お母さんはその優しさを他の人にも向けて欲しいな。だから冬馬……もし困っている人がいたら、できるだけ助けてあげてね?面倒くさがりな貴方に、母として命じます!……なんてね」


「母さん……俺のこと、よくわかってるね。わかったよ、出来る限り約束するよ」


「ふふ、ごめんなさいね。貴方には、その力があると思うから……。後、お父さんと麻里奈のことお願いしても良いかしら?」


「ああ、もちろん。俺は長男だからね」


「ふふ、素敵な息子を持って、私は幸せ者ね……」


 こうして、俺と母さんの2人きりの会話は終わった。


 俺はその後、母さんの約束を破ってしまうのだが、長くなるので今度にしよう。






 さて、今日から学校だ。


 俺が通う学校は、公立高校だ。


 県内でも偏差値が高いが、校則は緩いので、人気がある学校だ。


 俺の家からも30~40分で行けるので、そこを受験した。


 理由は色々あるが、大きな理由はこれらかな。


 倍率が高いので、同じ中学の知り合いが少なくなるということ。


 校則が緩いので、スマホ持ち込みありだし、バイトもできるということ。


 家からも近いので、行き帰りの時間が短く、自分の時間を確保できること。


 だが、ひとつだけ困っていることがある。


 俺は数少ない中学の連中には、口止めをしている。


 俺のことを話したら、タダじゃすまんからなと。


 ただ、1人だけそれを無視する奴がいる。


 そいつの名前は、神崎暁人かんざきあきと


 アダ名は、アッキーとか言われてるな。


 そいつは、イケメンで頭も良く、運動神経や性格まで良いという、なんというか物語の主人公のような存在だ。


 当然、校内のカーストトップの1人だ。


 そいつは、地味に暮らしたい俺に絡んでくる。


 中学の時つるんではいたから、あっちからしたらなんで?ってなるのはわかる。


 だから、俺も強くは言えない。


 ……言えないのだが、それとこれとは話が別である。


 俺は今、朝の通学時間の読書を邪魔されているからだ。


「なあ、冬馬。聞いてるか?」


「いや、聞いてない。というか、お前なんか知らない。人違いじゃないですか?」


「おいおい、酷いじゃないか。親友だろ?俺達」


「俺には、カーストトップの親友はいない。俺は、地味な生徒B君だからな」


「ははは!お前が地味とかウケるな!まあ、そういうお前も良いけどな」


「アキ?俺は今、お前をどうしたいと思っているか、わかるか?」


「おお、怖い。わかったよ、この辺にしとくさ。じゃあ、またな」


 そう言って、女子の集団に囲まれに行った。


 はぁ……悪い奴ではないからな……対処の仕方に悩むとこだ。


 実際に仲は良いしな。


 持ちつ持たれつという関係でもある。


 そして降りる駅に着き、学校へ向かう。


 ちなみに俺は、歩きスマホは絶対にしない。


 いくらネット小説や、ネットゲームが好きでも、これだけは守っている。


 他の人に迷惑だし、そんなので事故でもしたら、相手が可哀想だ。





 駅から学校までは歩いて10分ほどなので、あっという間に着いた。


 いつも通り、誰にも挨拶されず、自分の席に着く。


 ふふふ……挨拶をされなければ、返す必要はないからな。


 これぞ、空気的存在だ。


 俺は先生が来るまでの間、いつも通りにネット小説を開く。


 ただでさえ、今日は邪魔が入ったからな……。


 俺は電車の中やこの時間に、ランキングを見たり、新作を見つけたり、フォローをつけたりする。


 さて、今日はどんな感じかな?と俺が思った時、教室が騒ついた。


 校内のマドンナ的存在の、あの子が教室に入ったきたのだろう。


 俺は、意識的に存在を消す努力をする。


 絶!絶だ!某漫画のように念じるんだ!


 気づかれるとは思わないが、念には念を入れてな……ギャグじゃないからな?


 そして、そのまま無事に先生がきて、ホームルームが始まった。


 良かった……バレてないな。


 まあ、バレるわけもないのだが、やはり心配だったからな。


 だが、これで一安心だ。





 その後授業を受けて、昼休みの時間になった。


 俺はいつも、決まった多目的教室に入り、ご飯を食べている。


 もちろん、先生の許可はとってある。


 そして、いざ移動しようとしたその時、教室が騒ついた。


 俺がなんだ?と思い、そちらを見ると、真っ直ぐに清水綾がこっちに歩いてくる。


 そして、俺の目の前に来て、口を開く。


「よ、吉野君!ちょっと話したいんだけど、いいかな……?」


 校内のマドンナは、少し頬を染めながら、そう言った。


 はぁ……俺は静かに過ごしたいのに……。


 どうやら、そうは問屋がおろさないらしい。












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