首輪付きだと思ったらヌルヌル油相撲脱出わっしょいゲームでした

智太の首元で、首輪の宝石が、紅く、妖しく輝いていた。

宝石の放つ蠱惑的な煌めきを見て、女騎士が笑う。

そして、女騎士もまた、同じ首輪を自らに装着した。


「これはな、赤い婚約首輪と言うんだ。

 お前は盗賊を迎撃する。私はお前の処刑を取り止める。

 その契約が果たされなかった場合、

 首輪がぎゅうっと……締まって、首が切れるらしい」

「……は?」

「安心しろ、お前が盗賊共を皆殺しにすれば……その首輪は外れる。

 なんなら、外れた首輪の宝石は売ってしまっても構わないぞ?

 契約の魔力は一回きりだが、宝石の輝きは変わらないからな。

 私はお前みたいな殺人鬼にもちょっとは優しいんだ、仕事をこなす分にはな」


正直なことを言うならば、智太は隙を見せて逃げ出すつもりであった。

智太がコウメ太夫本人ならば、

あるいは異世界人でも笑わせることが出来るのかもしれない。

だが、お笑い芸人でもお笑い研究会でもなんでもない男子高校生である。

死の眷属を殺すこと以外に、この能力を振るう方法は無かった。


だが、この赤い婚約首輪がある限り、戦いから逃げることは出来ない。

異世界事情が全くわからない以上、

もしかしたら女騎士の口からでまかせであるのかもしれないが、

自分の命でそれを確かめようという気にはならない。


「……とりあえず着替えさせてくれ」

「呪術師の正装ではないのか?」

「違う!」


ハルスラ聖騎士団詰所はどうやら専用の井戸を持っているらしい。

腕の拘束を外してもらい、井戸水で濡らした質の悪い布で顔を拭く。

更衣室は無いので、そのまま井戸の側で服を着替えた。

少々サイズの合っていない、ごわごわとした皮の服。


「私しかいないからな、服は余ってるんだ」

女騎士が一切の自慢にもならないことを、胸を張って言う。

「感謝しろよ」

「うす」

智太が着替えている間に、やはり着替えていたのか、

女騎士は、智太と似たような服を着ていた。

違いと言えば、帯剣していることぐらいである。


「じゃあ、殺人鬼……とりあえず汗をかくか」

とっくに準備を済ませていたのか、女騎士は馬を連れ添っていた。

その背に乗るのは女騎士ではない、二人の死体が乗っている。

死の眷属、セイミーレとザイニーレである。


「墓を掘ってやらないとな」

(埋葬したら、生き返った時に窒息死しないだろうか……)


智太は死の眷属が生き返るプロセスを知らない。

神の部類だから、死体を埋葬しても大丈夫であるとは思うが、保証がない。

だが、人間的に考えればどう考えても止めるべきではない。

大丈夫であってくれ――智太は死の神に祈った。その神は死んでいる。


街を出てすぐのところに、乱雑に立ち並ぶ木の棒があった。

死体を埋め、木の棒を突き刺しただけの粗雑な墓であることは想像だに難くない。


「掘るぞ」

お前の分だ、と言って女騎士が智太にシャベルを放り投げる。


太陽は既に顔を出していた。

だが、まだ空は完全には明るくなっていない。

少し肌寒いぐらいであるが、智太の体はすぐに熱を帯びた。


人間一人が入るほどの穴を掘る。

フィクション作品で見る分には、そう難しくなさそうに思えたが、

実際にやってみれば、当然そんなことはなかった。


全身から汗が吹き出る。

使ったことのないような筋肉が刺激される。


「フフ……人は殺しても、後始末はしたことないか?」

飄々と笑いながら、女騎士が墓穴を掘り進めている。

智太のそれよりも、既に大きく、深い。

「そもそも、殺したのも初めてだからな」

「……初めて人を殺して、

 呼びつけてまで翌朝にもう1人殺すか……もう2人も殺すとは大した殺人鬼だな」

「いや、10人死んでる」

「二桁!?なんだお前……親を殺した一族でも皆殺しにしたのか!?」

「なんか生き返らせてもらって……」

「お前、恩を仇で返した上に利息まで乗せるのか!?」


女騎士が引くのを見て、智太が自分の答えを今更になって認識する。

肉体的な疲労は心に隙を作る。

何人殺しただの、生き返らせてもらっただの、

何一つとして正しいことを言う必要はなかったが、つい答えてしまったのだ。


「いや、嘘です、嘘、嘘」

「ジョークのセンスが最悪だぞお前」

(ジョークのセンスが最高だったら、死人の数が跳ね上がってたからな!?)


会話をしながらも、二人の手は止まらない。

女騎士は作業に慣れていたし、智太は早く終わらせたい一心だった。


「そう言えば、名乗ってなかったな……別に、罪人に名乗る必要もなかったが、

 首輪の繋がりとはいえ、肩を並べる相手だ。名乗っておこう。

 私の名前はハルスラだ、ハルスラ・ソーハツィタ。

 一応、よろしく……と言っておこうか、チタ」

「ん?じゃあ、ハルスラ聖騎士団って……街の名前じゃなくて」

「私の名前だ、文句あるか?」

「……いや、無いけど」

「15歳にして騎士団長だ、なんせ私以外に衛兵すらいないからな!フン!

 せめて、自分の名前ぐらい冠させろというんだ!」


怒りながらもハルスラの手は止まらない。

いや、むしろ怒りの感情を地面にぶつけているようであった。


「私を力だけの馬鹿だと思って、こんな辺境の地に追いやって!

 おい、チタ!私に数学の問題を出してみろ!私だってほんとはできるんだぞ!!」


そもそも異世界の教育レベルがどれほどのものであるのかがわからない。

15歳の数学と言っても、

それが現代日本で言う小学生レベルなのか、中学生レベルなのか、

もしかしたら、大学生レベルであるのかもしれない。

とりあえずは、思いっきり簡単な問題から試してみるしか無いだろう。


「28+18は?」

「……………………………………46」

「……せ、正解」


ハルスラが正解を答えるまでに、たっぷりと間があった。

それが全ての答えであった。

それから、二人は黙々と穴を掘り、二人の死体を埋めた。

穴を掘ることに比べれば、土を被せることは大分早く終わったのである。


「……死の女神よ、どうかこの二人に安らかなる眠りが訪れんことを」

(……死の女神も安らかに眠ってるんだよなぁ)


即席の墓の前で祈りを捧げるハルスラは、宗教画めいた美しさを持っていた。

その光景をそのままに切り取れば、あらゆる教会に飾ることが出来るだろう。

問題があるとすれば、祈るべき神を隣の智太が殺していることぐらいである。


「罪人と一緒の墓に眠らせてやるのは心苦しいが、許せよ。

 もう街の墓にも余裕が無いからな」

「……罪人と一緒の墓?」

「私が来るまでは、罪人の死体は草原で獣に食わせることになっていたんだ。

 そっちの方が獣にとっては良いかもしれんが、

 まぁ……私が勝手に埋めて、墓を作っている。

 せめて、死んだ後ぐらいは安らかに眠っても良いだろうからな……」

「アンタ、結構……優しいんだな」

「茶化すな」


埋葬が終わり、二人で街をうろついた。

太陽は天にあったが、街はやはり暗く沈んでいた。

老人が多く、子どもが少ない。商店の物資も乏しい。


ハルスラ聖騎士団詰所に戻った二人は、

しばらくは何も言うでもなく、林檎を齧っていた。

「しょうもない街だろう」

自嘲するように、ハルスラが言った。

「盗賊が攻めてくると知った時、私は援軍を頼んだよ。

 返事はこうだ、放っておけ、お前は逃げろ……逃げる前に毒を撒いておけ」

何か適切な返事があるように思えたが、智太には何もなかった。

相槌を打つような、林檎を噛むシャク、シャクという音がやけに大きく響いた。


「逃げられるのは私だけだ、他の街は遠い……長い旅になる。

 馬の数は足りないし、老人は耐えられない。

 他の街に行ったとして、受け入れてもらえる保証はない」


ハルスラの握る林檎が、砕けた。

思わず力を込めてしまったのだろう、それは何よりも彼女の感情を物語っていた。


「盗賊が来なかったところで、この街に未来はない……

 他でもない、私がそれを一番理解している。

 それでも、盗賊に蹂躙される未来があっていいわけじゃない」


そして、ハルスラは言った。

か細い声で、心に迫る声で、祈るような声で、

「頼む」と、智太に言った。


智太はわかったとも、任せておけとも、何も言えなかった。

何も言えないまま、智太は牢獄へと戻っていった。


(……いや、無理だろ)

出来ることならば、助けてやりたい、そう思う。

だが、思っただけではどうにもならない――それを智太が一番理解している。

何故ならば、自分の持っている即死能力は、

どう考えても異世界人相手には役に立たないのである。


かと言って、逃げ出すことも出来ない。

首輪が、それを妨げる。

一か八かで逃げ出して死ぬか、盗賊に殺されて死ぬか、

智太の選択肢はその二つだけだ。


(畜生……)


子どもを助けた時の死の感触は、今でも智太の中にこびりついている。

あれをもう一度味わうぐらいならば、

それこそ死んだほうがマシ――そう思えるほどの苦痛だった。


「畜生!」

思わず、口に出して叫んだ。

部屋の隅の盗賊たちが恐怖する。


「女騎士と一緒に出ていったと思ったら、首に宝石飾りを付けてやがる……」

「あの餓鬼……女騎士を殺って宝石飾りを奪ったんだ!」

「しかも、牢獄に戻ってきたってことは……

 牢獄であろうが、どこであろうが、関係ない!

 この世界の全てが俺の領土ってことを意味しているんだよ!!」

「ヒィィィィィィィィィィ!!!!!!」


「どうすりゃいいんだ俺は……」

「どうするもこうするもない」

ザイニーレの開けた穴から声がした。

どこまでも感情の籠もらぬ、機械が発するような声。


そこに立っていたのは、白髪の少女だった。

ヨイジューレと比べて、尚も小さい。

髪だけではない、肌も白い。

暗闇が光を食らう黒ならば、まるで暗闇を食らうような白色だった。

その白さのためか、別の何かが働いているのか、

暗闇の中でも薄っすらと光っている。


髪型はパッツンに切りそろえている。

服は着ていない。

胸に、股間に、札のようなものが貼り付いている。


「どうも智太、私はリョウイーレ。死の眷属である」

「……お前」

智太は死なないよな、と言いかけて口をつぐんだ。

今の智太はコウメ太夫の衣装ではない、ならば笑ったところで死ぬ恐れはない。


「智太、恐れる必要はない。

 私には感情がない、故にコウメ太夫で笑う恐れもない」

どこまでも機械的な声、仮面が貼り付いたかのような無表情。

ならば、感情が無いというのは本当だろうか。

はっきり言って、死の眷属に対しては欠片の信頼感も抱けない。


「まぁ、いいリョウイーレ!この街に盗賊が来て!

 俺はこの首輪のせいで戦わないといけなくて、だけど俺、無理なんだ!

 死の眷属なんだろ!?盗賊共をなんとかしてくれないか!?」

「不可能だ」


智太の懇願を、切れ味鋭い刀の如くに、リョウイーレは一言で切り捨てた。


「我々がこの世界での接触を許されているのは、智太と無機物だけだ。

 会話をしたり、死体になったりするぐらいならば問題はないが、

 死の権能を振るうことは出来ない」

「お前らほんと役に立たねーな!!!」

「私は役立たずではない、智太。お前を助けることは出来る」

「なんだって?」

「私がその首輪の機能を殺せば良い。

 上の女は油断しているだろうから、逃げることは難しくないだろう。

 人手も足りていないようだからな」

「…………」

「どうする、智太」


別に、ハルスラに何かしらの思い入れがあるわけではない。

そもそも、自分を処刑しようとした人間であるし、

首輪をつけて、自分を縛り付けている。

見捨てたところで、何一つとして他者に文句を言われる筋合いはない。


「……ちょっと待ってくれ」

「待つ必要があるか?あの女に義理があるか?」


死の苦痛は、自分の人生に刻み込まれた最大の楔だ。

死んだことがなければ、

あの盗賊4人を相手にコウメ太夫のネタを披露することはなかったかもしれない。

死ぬぐらいならば、殺すという選択肢を取らなかったかもしれない。

それぐらいに、自分の価値観を変えてしまう。


「考えてんだよ」

「何を考える必要がある?」

「決まってんだろ」

「何が決まっているのだ?」


それでも、自分は子どもを助けた。

自分が助けた子どもの名前は今でも知らない。

知っているかどうか、そんなことは助けるかどうかには関係ない。


助けたいと思ったから、助けた。

そして、今――自分は、ハルスラを助けたいと思っている。


「盗賊共を全滅させる方法だよ」


――出来もしないことを言うんじゃない。

――黙って、出来ること、それだけを積み重ねていくんだ。

 

かつて父親に言われた言葉が、今更になって鮮烈に蘇った。


あまりにも頼りない武器を持って、

智太は狂い咲きの艶道を歩き始めた。

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