俺なんかやっちゃいましたかと思ったら、ヤンボーマーボー天気予報でした
死の眷属、ザイニーレ。
その肌は、死とは正反対のよく日に焼けた健康的なチョコレート色をしている。
男子高校生の一般的な身長をしている智太がつま先立ちになって、
ようやく頭の位置が同じになる、その程度には身長が高く、
土台となる下半身は太い。
脂肪ではない、筋肉が太く、強いのだ。
更に正確に言うならば下半身だけではない、全身が太い。
人を殺せる脚をしている。人を殺せる腕をしている。
胴体という巨大な幹から、人を殺せる四本の枝がにゅっと伸びている。
そして、乳が大きい。
男を誘惑するためではない、胸部の脂肪は心臓を守るためにある。
異世界人は全く知らないが、智太はよく知っている、そんな服を着ている。
セーラー服という。
獣に服を着せるようで、ザイニーレはよく着こなしている。
そんな、ザイニーレの死体が牢獄に転がっていた。
「チクショオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
智太は叫ばずにはいられなかった。
地面を掘り進み、牢獄の壁を破壊し、ザイニーレが救出に来たときまでは良かった。
「智太くん!助けに来たったで!」
光の刺さぬ牢獄を照らすような明るい声を掛けてくれた、それも良かった。
「ザイニーレさんですか……あっ、すいません。
なんか言ったら笑っちゃうかもしれないので黙ってますね」
「さんはいらんて、ザイニーレや。
いや、ほんま他の死の眷属も、キノウガルド様も情けないでほんま。
生き返ったら、一回どついたらなあかんで!!
絶対笑ったらあかん状況で笑うとか考えられんわほんま……ん?」
ザイニーレが智太を見る。光の刺さぬ暗闇にぼんやりと白い顔だけが浮かんでいる。
そんな男子高校生が口を一文字に結んで、真顔でいる。
それが良くなかった、それはもう致命的なまでに良くなかった。
「アハハハハハ……!
いや、囚われのお姫様やるには尖りすぎやろ!あっ……」
ザイニーレは自分が笑ってはいけないという状況を舐めきっていた。
チャンチャカしてなくても白塗りの男の顔が暗闇にぼんやりと浮かんでいたら、
それはもうそれだけである程度面白いのだ。
「チクショオオオオオオオオオオ!!!!!」
智太が叫ばずにはいられなかった理由もわかるだろう。
「命が軽すぎる!!」
智太が叫び、盗賊は恐怖した。
智太が目の前で女を呪い殺したのは二回目である。
「こ、この餓鬼……わざわざ殺すために女を呼びつけやがった!!」
「しかも脱獄……いや、腕の拘束を解かれることすら待てない生粋の殺人鬼だ!!」
「デ、デリバリーヘル……女を殺してないと満足が出来ないんだよ!!
この餓鬼にとっては、牢獄だってプレイルームに過ぎないんだ!!」
「ヒィィィィィィィィィィ!!!!!!!」
いくら呪術師と言えども、
法の秩序が及ぶ範囲で殺人を犯すわけが無いと思っていた。
だが、目の前の絶対悪にはそんなことは関係がないのだ。
最早、盗賊たちにとって智太はただの呪術師ではない。
牢獄すら意に介さない異常殺人欲求者である。
親に捨てられた時、同じ盗賊に裏切られた時、サディストの悪徳衛兵に襲われた時、
盗賊たちは今までの人生の中で、
神はいないと悟るに相応しい瞬間を腐る程に持っていた。
「が、餓鬼……いえ、お餓鬼様、助けてください……!!」
「俺たちはアナタのような真性の邪悪と比べれば、
小魚も同然……どうか見逃してください……!!」
「そうですよ……女しか殺さない畜生でいてくださいよ……!!」
「ヒヒィ……!!」
そんな彼らが今、床に頭を擦りつけて、神に祈った。
どうか、目の前の暴君が自分たちを見逃してくれますように。
「こ、殺さねぇよ!」
(っていうか殺したくねぇんだよ!!)
ある意味で即死能力が最も役立った瞬間であるかもしれない。
智太は二人を殺すことで、完全に盗賊の心をへし折ったのである。
「なにをやっている貴様ァァァァァァァァァァ!!!!!」
当然、その代償は大きい。
ザイニーレの破壊音、そして盗賊の悲鳴。
それらはぐっすりと眠っていた女騎士を牢獄に走らせるには、
あまりにも十分すぎる理由となった。
艷やかな金の髪に、よく整った顔。
もっとも、その表情は怒りに彩られ、生来の可憐さは台無しになっていた。
よく鍛えられた小柄な体躯をパジャマで包んでいる。
パジャマに描かれた模様はディフォルメのよく効いた熊。
左手に握った松明が彼女の現在の服装も、
アーメットヘルムに隠されていた顔も全てを晒している。
「ち、違います!コイツらです!!盗賊が殺りました!!」
盗賊を指差す、智太。
牢獄の気温は冷たかったが、汗はとめどなく流れた。
唖然とした顔で智太を見る盗賊たち。
「お前しかいないだろうが!!正直に言わないと怒って処刑の苛烈さが増すぞ!!」
「はい!俺です!俺がやりましたぁ!」
「騎士をなんとも思っていないくせに、とりあえず罪は擦り付ける……
こ、この餓鬼……マジでやべぇ……騎士をおちょくってやがるぜ……!!」
「ヒィィィィィィィィィィ!!!!!」
「お前ぇ!私をおちょくってるのか!?」
「おちょくってません!!」
「正直に言わないと、処刑の苛烈さが増すからな!?」
「いや、その……」
智太に女騎士をおちょくる心積りなど、少しも存在しない。
だが、正直におちょくっていないと言うべきだろうか、
嘘でもおちょくっていたと言ったほうが、相手にとっての真実になるのではないか。
思考を巡らせる。正解はどちらだ。
「勉強出来ないから、
こんな辺境の地に派遣された私をおちょくっているんだろう!?」
「おちょくってます!」
「よしわかった、今から処刑してやるぞ!!」
「チクショオオオオオオオオオオ!!!!」
暗黒の詠唱に盗賊たちが怯える。
だが、女騎士は一切動じない。
体躯からは想像できない剛力で以て、智太を片手でひょいと担ぎ上げ、
階段をすたすたと登っていくではないか。
衝撃でかつらが落ちた。
蒸れた頭が少しはましになったが、それは智太にとって何の救いにもならなかった。
「お、俺なんかよりも……盗賊達の方を優先したほうが良いんじゃないですかね?
ほら、牢獄に穴開いてますし、脱獄されちゃうかも!」
「腕が使えない状況なら、逃げ出したところで大した問題はない」
ぎしぎしと、二人分の体重を乗せて階段が軋む。
一段一段上っていく音がやけに大きい。
それは文字通り、死刑台への階段であるのだ。
女騎士が疲れて上るのをやめないか。死の眷属が救援に来ないか。
智太は奇跡を望んだが、全く訪れることはなく、二人は階段を上り切った。
「座れ!」
「はい!」
薄っすらと埃が積もったテーブル越しに、二人は向かい合った。
夜と朝の狭間の時間である。
窓から、薄っすらと僅かな光が差し込んでいた。
「お前、名前は……?」
「ち、智太です……
「そうか、チタ……お前、死にたくないな?」
智太は思い出す。
冗談みたいに宙を舞う己の肉体、骨の砕ける音。
血液が己の体から、流れ出て――体温が失われていく感覚。
子どもの命を助けるために払った、死という対価を。その苦痛を。
「……死にたくないです」
「そうか、そうか……だったら、処刑を中止してもいいぞ」
「本当ですか!?」
「勿論……ちょっとした仕事をしてくれれば、代わりに命を助けてやろう。
なに、お前にとってはおそらく、簡単な仕事だ」
いつの間に持っていたのか、
女騎士は妖しく輝く宝石のついた、首輪を指でくるくると弄んでいる。
智太はこれまでに死の眷属、そして死の女神の笑いを、
嫌というほど見ることになった。
だが、目の前の少女が浮かべた笑みは――
今までの誰よりも、死神の笑いと呼ぶに相応しいものだった。
「盗賊共がこの街に襲撃を仕掛けてくるらしい。
それを……私とお前で迎撃するんだ。
お前の呪術があれば、楽勝だろ?」
「……はい」
――出来もしないことを言うんじゃない。
かつて父親に言われた言葉が、今更になって鮮烈に蘇った。
「畜生……」
ボソリと呟いた言葉は、誰にも届かなかった。
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