ブラックスリー ~闇の中で蠢く~

弦龍劉弦(旧:幻龍総月)

ブラックスリー



「はあ、はあ、はあ……!」

 少年は校内を無我夢中で走っていた。

 夕方を超えて夜になろうとしているかすかに見える太陽の光が明かりの付いていない廊下を静かに照らし、進むべき道順を示している。

「はあ、はあ、げえ! げほ!」

 しかし、少年の肺は限界に達し、体が走る事を拒み始めていた。それを理解していながらも彼の意思は止めようとはしなかった。

「(ダメだ、止まっちゃダメだ……! 止まったら……!)」

 その理由は彼を追いかける影にあった。大きな足音を立てながら追いかけて来る『それ』に。

「(止まったら殺される! 殺される……!)」

 彼がこの様な状況に陥ったのは、数時間前に時を遡る必要がある。


 ・・・


 数時間前。

 彼はいつも通りに学校生活を過ごしていた。

 部活は帰宅部。これといった趣味も無い。良く言えば普通、悪く言えば何もない量産機の様な普通な少年である。

 全ての授業が終わり、放課後の掃除を済ませて帰路に着く所だった。掃除でトラブルが発生し、帰る時間が大幅にずれ込んでしまったが。

「はー、まさか理科室の水道が壊れるとはなあ……」

「災難だったよな、本当に」

「だな、さっさと帰ろうぜ」

 男友達2人と愚痴りながら校舎の出入口に向かっていた。

「ちょっとそこの男子3人、待ちなさいよ」

 後ろから声を掛けられた。振り向くとそこには、同じクラスの委員長がいた。

「何だよ委員長、今帰る所なんだから邪魔すんなよ」

「そうだそうだ、こっちは酷い目に合って疲れてるんだ。用事なら明日にしてくれ」

 2人は実に面倒くさそうに委員長を煙たがった。その態度に委員長も流石にムッとした。

「なら手短に終わらせてあげるわ。3人共、田島君見なかった?」

「田島? あの同じクラスの?」

「そう、あの田島君。午後の授業にも出席してたんだけど、姿が見えなくて」

「何であいつ何か探してんの? あの絵に描いた様なキモデブ眼鏡」

 田島というクラスメイトに関しては少しながら知っている。容姿は太っていて眼鏡、その上肌も汚い。その容姿と同調するかの様に性格も暗く、ブツブツと何か独りごとを言っている。

 前に一度話しかけた事があったが、睨んできた上に舌打ちまでしてきた。それ以来、彼とはあまり関わらない様にしてきた。

「このプリントを先生から渡すよう言われたんだけど、全然見つからなくて……」

「それなら屋上じゃね? あいつ最近放課後の屋上で何かやってるって聞いたぜ」

「屋上ね、分かったわ。それじゃあまた明日。あ、それと」

 自分に視線を向けながら、

「良く出来た妹さんによろしく言っといてね、それじゃ」

 そう言って委員長はその場を去って行った。

「家の妹によろしく、ね」

「お前の妹1年で会計だっけ? 集会でもかなりしっかりしてたよな」

「成績も良いらしいぞ。運動は今一らしいが」

「あいつ小さい頃体弱かったからな、それが今になっても治ってなくてさ」

「一緒に帰らねえの?」

「生徒会の仕事で忙しいんだと、それよりも早く帰ろうぜ」

「そうだな」

「悪いけど、先にトイレ行かせてくれね? ちょっと漏れそう」

 2人は致し方なくトイレに付いていくことにした。

「お前らは良いのか?」

「いいよ別に。さっさと済ませてこい」

「俺もつれしょんはパス」

 すぐ終わるという事で、トイレの前で待つことにした。

「ところでさ、お前の妹って向日葵の髪飾りしてるよな」

「ああ、子供頃からのお気に入りらしい。理由は知らないけど」

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」 

 その会話は唐突に終わりを告げた。トイレから聞こえた友人の叫び声によって。

「おいどうした!?」

「また水道管が壊れたのか?!」

 2人は急いでトイレに飛び込んだ。

「っ?!」

 そこにはさっきまでいた友人の姿は無かった。

 その代わりに、目の前に大きな怪物がいたのだ。

 それはまさしく肉塊の怪物だった。その大きさは2mを優に超え、容姿は無理矢理人に皮膚の無い肉を粘土の様に無理矢理くっつけた非常に気色の悪いモノだった。二足歩行でグチョグチョと肉が溶けて動いているような音を立てている。

「な、何だよこいつ?!」

「お、おい、あれ……!」

 その化け物の足元を見てみると、友人の着ていた制服の一部が血塗れて落ちていた。

「そんな……」

「おい、逃げるぞ!」

 呆けていた自分の手を引っ張って急いでトイレから逃げた。

「お、おい! 何やってんだよ! まだあいつが……!」

「どっちにしたってダメだ! もうあの化け物に食われちまったんだ!」

 骨だけでも拾おうと考えたのだろうが、あんな人を食べる化け物相手に何か出来るはずも無い。

「でも逃げるってどこに?!」

「とにかく距離を離すんだ! そうすれば時間を稼げる!」

 走りながら化け物から距離を離していく。後ろを警戒しながらどこか隠れられる場所を探した。数分走って、3階の上級生の教室に入った。放課後のせいか中には誰もいなかった。

「な、何とか逃げ切れたね……」

「ああ、とりあえず外部にこの事を知らせよう」

 しかし、携帯の電波は一本も立っていない。すなわち圏外なのだ。これはあまりにも異常だとハッキリと分かった。

「一体校内で何が起きてるってんだよ、ちくしょう!」

「俺たち、あの化け物に食われちまうのかな……」

「馬鹿言うなよ! 俺は絶対生き延びるぞ! こんなところで死んでたまるか!」

「ちょ、声大きい……!」

 直後、パタッ、と足音が聞こえた。

「っ!!」

 2人は咄嗟に身を屈め姿勢を低くする。そのまま机の影に隠れた。息でばれるのを防ぐために両手で口を塞ぐ。

 足音は次第に大きくなり、パタ、パタ、パタ、っと一定のテンポで近付いてくる。そして、隠れている教室の前で止まった。扉に着いているガラスから人影が見えた。横を向いていた影はゆっくりと、こちらに向かって半回転する。動作一つ一つがゆっくり、余裕のある動きだった。

 2人の心臓は大きく鼓動し、全身から猛烈な冷汗がにじみ出る。息を抑えている両手の手のひらも汗で濡れ始めていた。冷静でいようとすればする程、息が整わなくなる。

 向こうに見える人影は、とうとう扉に手を掛けた。2人の緊張はピークに達しようとしていた。

 そして扉が開けられた。

「っ……!!」

 強く目を瞑り、見つかったらもう終わりだと、そう心の中で思った瞬間、

「2人共、何してるの?」

「……え……?」

 そこに立っていたのはさっき別れた委員長だった。その姿を見て、2人は大きく安堵した。

「な、何だ、委員長かあ」

「あー、びっくりした……」

「……何かあったの?」

「そ、そうだ委員長! 携帯持ってない? 俺達の圏外になってて……」

「え? 2人のも?」

 委員長は少し驚いていた。どうやらこの状況についてあまり分かっていないようだった。

「委員長、校内は今危険な状況何だ。今から一緒に外へ出よう」

「危険って、もしかして不審者?! それなら職員室に行きましょう。この時間ならまだ先生が……」

「いやいや! そんな悠長な事言ってられないんだって!」

「……そういえば、もう一人いたはずだけど、はぐれたの?」

 その言葉を聞いて2人は黙ってしまった。

「まさか、彼……」

「どうしようもなかったんだ。俺達2人じゃ、太刀打ち出来なくて」

「俺が逃げようって言って無理矢理引っ張ったんだ。お前のせいじゃねえよ」

「……そう、だったの……」

 3人の間に沈黙が流れた。

「……状況は把握したわ。それなら警察を呼んだ方がいいわね」

「分かってくれて助かるよ、委員長」

「学校から脱出するのに何か良い方法は無いか?」

「そうね、それなら非常用階段を使いましょう。あれならすぐに外へ出られるはずよ」

「道順分かるかな?」

「もちろん。付いてきて」

 教室を出て、慎重に廊下を進んでいく。

「ところで、襲っていた不審者ってどんな姿だったの?」

「え、えっと、何て言えばいいんだろう……」

「そうだな、とにかく大柄な人間、だったな」

 委員長が思っている不審者とはかなりかけ離れた存在、化け物だった。それをそのまま言っても信じてくれないだろうと思い、言葉選びに苦労していた。

「随分と不明瞭ね。何か隠してる?」

「いやいや! ちょうど逆光になってて良く見えなかったんだ! それに、その、パニクってたし……」

「そう、それなら仕方ないけど……」

 ベチャっと、上から大きな水滴が落ちてきた。それも粘り気の強い涎の様な。

「…………」

「…………」

「あ、あ……」

 3人はゆっくりと、天井を見る。


 そこに、友人を襲った肉塊の化け物がいた。


「うわああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

「きゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!???」

 委員長も大きな叫び声を挙げた。それに呼応するように化け物は口らしき部分を大きく開けて奇声を発した。

「2人共危ない!」

 奇声を発したと同時に3人に襲い掛かって来た。それにいち早く反応したのはもう一人の友人の方だった。咄嗟に2人を突き飛ばし、全員に覆い被さることは無かった。たった一人の犠牲だけで。

「ああ……!」

「待ってて今助けるから!」

「来るな!!」

 覆い被さっている化け物に必死に抵抗している最中、大声をあげて2人を止める。

「2人は早く助けを呼びに行くんだ! 俺の事はいいから行け!!」

「でも……!」

「これ以上、こいつの好き勝手にさせるかよ! 行け!! 早く!!」

「っ……!」

 何も出来ない訳じゃない。加勢してあの化け物を退治する事も出来る。しかし、勝てる見込みは0に等しい。例え助け出したとしても自分達が無事では済まないだろう。

「行こう、彼の意思を無駄にしてはいけない」

「ま、待ってくれよ!? あいつはまだ……!」

「俺に構わず先に行け! うじうじすんな! 後で必ず追いつく! だから行け!!」

「くっ……」

 自分の無力さを呪った。下唇を噛みながら何も出来ない自分を呪った。

「……必ず追いついて来いよ…!」

「ああ、約束だ」

 この窮地を脱するために、委員長と共にその場から走り去った。悔しそうな顔をしながら。

「へへ……、生きろよ」

 覆い被さってくる化け物と力の押し合いを続ける。確実に力負けし始めているのは一目瞭然である。

「こんの化け物め、今退治してやる!」

 最後の力を振り絞り、化け物を押し返した。速さは無いが、確実に押し返している。そして自身の体がしっかりと立った状態にまで持ち直した。歯を食いしばり、開いている窓にまで追い込んだ。

「このまま地面に突き落としてやる!」

 さらに力を込めて突き落そうとする。が、その時、『あるもの』に気付いた。

「え……」

 その『あるもの』が全ての思考と行動を止めた。自分の命が危うくなる大きな隙を作ってしまうほどにそれは衝撃的だった。

「まさか、そんな、嘘だろ」

 理解するまでにそんなに時間は掛からなかった。その止まった思考が自らの無事を失わせた。

「うあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 断末魔の叫びと共に、音はなくなった。


 ・・・


 残された2人は非常用階段に向かって廊下を走っていた。

「今の声、まさか」

「足を止めちゃダメ、早く!」

「ちくしょう、もう一刻の猶予も無いのかよ!」

 悔しい思いを膨らませるだけしか出来なかった。その思いを胸にただただ走るしか無かった。

「あそこを曲がれば非常用階段まで一直線よ」

「後もう少しか」

 その希望も階段から飛び出してきた肉塊によって打ち破られた。曲がる直前の横の壁部分には階段がある。そこから別の肉塊共が這い上がって来る。まだ別に多くの肉塊が存在していたのだ。

「嘘だろ……!」

「避けて!」

 下敷きにならない様に2人はスライディングで肉塊の体当たりを避けた。一端崩れたがすぐに起き上がり始める。

「こんの!」

 委員長は素早い動きで非常用シャッターのレバーを下ろした。ガラガラと音を立てながらシャッターがしまって行く。だが肉塊達もそれを阻止しようと迫ってくる。

「早く、早く……!」

 後数m。半分以上シャッターが閉まったがそれでも肉塊が通り抜けるには十分な隙間がある。

「早く閉まれよ! 早く!」

 後数㎝。

「閉まって! 早く!」

 肉塊が2人に向かって手を伸ばす。

「閉まれええええええええええええええええええええええええええええええ!!」

 大きな金属音が、響く。

「はあ、はあ、はあ」

「はっ、はっ、はっ……」

 息を巻きながら、シャッターが閉まったことを確認した。肉塊は間に合わなかった。

「ふう……、何とか抑えたな」

「ええ、危なかったわ、痛っ!」

「?」

 委員長が足首を押さえていた。よく見ると酷く腫れていた。

「委員長、その足首!」

「ええ、今日に限って捻挫したの。最初はこんなに腫れてなかったんだけどね……」

「手貸すよ、ほら」

「いえ、私はもうダメ。一人で行って」

「何言ってるんだ! ここで諦めちゃダメだ!」

「いいから行って。ここもそう長くは持たない」

 シャッターが無理矢理変形していく音がする。肉塊が体重を掛けたり体当たりしている。シャッターが破られるのは時間の問題だろう。

「痛みが激しくて立つこともままならない。だからお願い、必ずあの肉塊を倒して」

「っ……」

 委員長の顔を見てすぐに分かった。額から汗が溢れ、息も乱れている。言っていた通り立つのもままらないだろう。

「それでも、委員長を置いてけないよ!!」

「…………」

「もう嫌なんだ! 誰かがいなくなるのわ! もう何も失いたくない!!」

「甘ったれるな!!」

「っ!」

 自分よりも大声で委員長は怒鳴った。

「皆君に託したんだ! 押しつけだと思うかもしれないが、それでも君に生きて欲しいから皆命を賭けたんだ!」

 痛みで苦しいはずなのに、今にも崩れそうなのにも関わらず大声で怒鳴り続ける。

「だから生きろ! 例え多くのものを失っても生きろ! 死んだらそこで終わりなんだ!」

「委員長……」

「頼む、早くこの事を、外に伝えるんだ。そして、皆の仇を取ってくれ」

 力を使い果たし、ぐったりと壁に寄り掛かる。

「……分かったよ委員長、俺行くよ」

 委員長に背を向け歩きだす。

「委員長」

「何だ……?」

「俺、必ず助けに来るから。だから、生きて」

「……ああ」

 そう言って彼は非常用階段に向かって走って行った。すぐに角を曲がって姿は見えなくなった。

「ふふ……、らしく無い事言っちゃったかな」

 痛みを感じながらもその顔は安らいでいた。

「頼りになるお兄さん、ね。あの子の言ってた通りだったわ」

 ポケットからスマホを取り出し写真を開く。そこにはさっきまで一緒にいた彼が中央に映っていた。

「でも、ずっと前から知ってたよ、頼りになる人なのわ」

 シャッターが一気にひしゃげた。その勢いは収まらずとうとう破かれてしまった。そして大量の肉塊が委員長を襲う。

「(生きて、私の、大切な……)」



 ・・・



 そして今も彼は非常用階段に向かって走っている。

「殺されてたまるか……! 絶対、絶対生き残ってやる!!」

 暗くなった廊下を全力で走る。大量の肉塊が背後からゆっくりと押し寄せて来るの感じながら走り続ける。

「見えた! 非常用階段!!」

 あまり視界が良好ではなかったため、非常用階段の明かりをすぐに確認できなかった。ある程度近付いた事によって確認出来るようになった。

「あそこから外に出れば……!」

 そう安堵した瞬間、横から体当たりされた。その衝撃で壁にぶつけられた。

「が、はあ!?」

 衝撃があまりにも強かったせいで肺から大量の空気が吐き出されてしまう。一瞬息が出来なくなった。

「は、はあ、はあ」

 ぜえぜえと喉を鳴らしながら周りを確認する。

「だ、誰だ……?」

 ぼやけていた視野が良くなっていく。その体当たりしてきたものを確認した。

「っ!!」

 そこには肉塊がいた。やや小ぶりだが間違いなくそれだった。

「ひっ!?」

 恐怖で顔が引きつる。慌ててその場から離れる。

「後ちょっとなんだ! こんなところで死ねるもんかあああ!!」

 しかし肉塊は咄嗟に足を掴んだ。走った勢いを止めることが出来ず倒れてしまう。

「こんの、離せ! 離せ!!」

 ジタバタと暴れるが肉塊はお構いなしにのしかかって来る。

「うわあああ!! 来るなあああ!!!」

『お兄ちゃん』

 聞覚えがある声が聞こえた。

「……え?」

『お兄ちゃん、お兄ちゃん』

 その声は肉塊から聞こえた。

「え、え」

『お兄ちゃん、大好き』

 肉塊が上体をゆっくりと上げる。

 そこには、見知った顔が、あった。

「お、前」

『お兄ちゃん、一緒に帰ろう』



 肉塊で滅茶苦茶に崩れて混ざった


 

 向日葵の髪飾りをした



 妹の顔が



「あああああああああああああああああああああああああああああ!!!??」

 理解の追いつかない狂気が精神を一気に蝕んだ。理解したくても頭が拒み、思考は原理も理屈も分からない目の前の現象と現実に混乱するだけだった。

「ああ、ああああ! うああああああ!!!」

 無理矢理振り解き非常用階段の扉に辿り着いた。一刻も早くこの悪夢から覚めるために必死に扉を開ける。

「何でだよ、何で開かないんだよ!!!」

 扉には鍵が掛かっていた。体当たりすれば開きそうだがそんな余裕はなかった。後ろには大量の肉塊達が迫ってくる。

「ひいいいいいいいいいいいいいいいい!!?」

 あまりの恐怖と狂気に精神と理性が崩れていく。それに追い打ちを掛けるように非現実が襲ってくる。

「あ、ああ、嘘だ……、こんなの嘘だ」

 トイレで襲われ、廊下で足止めしてくれた友人達、そして、必ず助けると誓った委員長、その全員が肉塊の化け物に成り果てていた。

「あ、あは、は、はは、そうだ、これは夢だ。悪い夢だ。そうに決まってる」

 彼の精神は限界を迎えた。そして思考は現実から完全に切り離された。もはやまともに人間としての精神は瓦解した。

「こんなのありえないんだ。そうだよ、皆悪い夢なんだ」

 肉塊達はじりじりと確実に距離を詰めていく。

「悪い夢なんだ! あははははははははははははは! ひいひひひひひひひひひひひひひ!!」

 狂気に蝕まれ、異常な笑いしか出来なくなってしまった。

 そして、彼は肉塊達に一斉に襲われ、呑まれた。



「うるせえなあちょっと黙れや」



 非常用階段の扉が強烈な勢いで吹き飛んだ。吹き飛んだ扉は肉塊達にぶつかり連鎖反応のように吹き飛んだ。

「こちら四宮、非常用階段使って2階に到着。後ここの男子生徒1人発見。あーでも精神的に壊れてるわこれ」

『《受肉》された痕跡はある…?』

「うーん、無い」

『他に異常はある……?』

「目の前に何か中途半端に《受肉》された生徒が多数いる。こいつら片付けてから合流する」

『了解……、こっちも外に出ない様に処理する……』

「おう、それじゃあ片付いたら2階中央階段前で合流な」

『ああ……』

 通信機の通話を終了し、スイッチを切った。それと同時に目の前に吹き飛ばした肉塊達がゆっくりと体制を立て直し終えた。

「早速で悪いけど、ここでじゃれ合ってる暇ないんでな、とっと片付けさせてもらうわ」

 胸に手を当てると胸の中心が怪しく光りだした。

第一刀偽・草薙乙型、抜刀」

 怪しく光る部分からゆっくりと大剣が現れる。どうやってそこから出現させたのか、現実離れした現象を起こしていた。徐々に姿を現し、その全貌が明らかになる。両刃で、大昔の鉾の先端の様な形をしており、大きさはゆうに2mはある。

 柄から現れた大剣は宙に浮いていた。剣先と柄の位置が変わるようにして半回転する。そのタイミングに合わせて右手で柄を掴んだ。

「さてお前ら、こっちの準備は整った。だから……」

 男は片手で大剣を振り回しながら

「……叩き潰す!!」

 満面の笑みで肉塊の大群に突っ込んでいく。




 2




 日が暮れ、辺り一面真っ暗になった夜。とある校舎に轟音が響き渡る。

「どらあ!!」

 青年が一人、片手で2mを超える大剣を振り回している。その振り回している相手は化け物呼んでも過言ではない肉塊そのものだった。

 そんな化け物を相手に大剣の一撃で切り裂く、というよりも叩き潰していた。潰された衝撃で血肉が弾け飛び、まるでハンバーグの種を作るように簡単に変形し沈黙した。軽やかなステップを踏みながらテンポを取るようにして間合いを詰めながら攻撃を連続させていく。

「どうした? そんなもんか!?」

 まるでゲームの様に肉塊達を粉砕していく。倒していった後には猟奇的殺人現場の様に血と肉片が散乱していた。

 それでもお構いなしに片手で大剣を振るい、叩き潰しながら前進していく。襲ってくる速さもそこまで早くないため冷静に対処すればなんら問題は無かった。

「残り4!」

 驚異的な速さで50近くいた肉塊を叩き潰していた。その勢いを殺さずに突撃を続行する。

「おらあ!」

 一番手前の肉塊に一閃を叩き込む。大剣の大きさを考えれば間合いは十分、確実に両断できる。肉が細かく千切れる音と奥へ入っていく音が合わさり、切断音に変わる。さらに大剣を振り回す力と衝撃が直に伝わり完全に切れた頃には、上半身が血を撒き散らしながら吹き飛んでいた。

「残り3!」

 勢いを着けて大きくジャンプする。大剣を逆手に持ち、肉塊に目掛けて突き刺す。両断する時と同じ様に、いとも容易く貫通する。痛みを感じているのか、少しばかりもがくように動いたがそんな事もお構いなしに追撃する。

「オオオオオオオオオオ!」

 立ったまま馬乗りする状態で大剣を通常の持ち方に組み換えて前に押し出す。上半身だけを縦断し、大剣を肉塊の中から取り出した。

「後2!」

 倒れる寸前に肉塊を踏み台にして残り2体の方へ飛んだ。大剣を大きく振りかぶって、

「ふん!」

 近くにいた1体を大剣の面で殴り飛ばし残りの1体にぶつける。そのまま2体とも被さるような形で壁に激突する。その威力は強力で、壁を凹ませるほどだった。ズルズルと崩れて床に着地する直前に大剣を投げつけ2体とも串刺しにした。少しピクピクと動いたがそのまま沈黙した。

「これで、0」

 大剣を回収し合流場所へ移動する。後ろには多くの血肉が廊下のあちこちに飛び散り廊下が赤く染まっていた。



 ・・・


 

 四宮が肉塊の大群を倒し終える数分前。夜になり始めた頃、とある学校の正門前から2人の外人の男が入っていった。

 一人は長い髪で自分の右顔面を隠している青年、バロン。ワイシャツとメンズスーツの黒いズボンを穿いている。顔立ちは世間一般的に言うイケメン、目つきは半目にに見えるほど細く、冷静沈着だと分かる程整った細身の体型をしている。

 もう一人は長身で筋肉が服の上からでも分かるボディビルダーの様に各所綺麗に盛り上がっている大男、ガラード。茶色のコートにタイツの様にぴっちりとしたタートルネックのシャツ、ダメージ加工を施したかに思える使い古したジーパン、手には黒革の手袋。顔には大量の切り傷や火傷の跡がありいかにも物騒な感じを醸し出している。髪は隣にいる青年ほどではないが長めの髪をしている。

「四宮はもう着いたかな……?」

「あいつはせっかちな所がある。既に到着しているだろう」

 バロンは流調に日本語を喋っていたが、ガラードは片言の日本語で喋っていた。

「今回の任務は僕等に回させる程厄介な相手では無いだろうに……」

「裏があるのだろう。だからわざわざ上層部が遠まわしに命令してきたのだろう」

「まあ……、時期に分かるか……」

『こちら四宮、非常用階段使って2階に到着。後ここの男子生徒1人発見。あーでも精神的に壊れてるわこれ』

 バロンの通信機に四宮から連絡が入った。通信機はチョーカー型で、首に装着して使用することが出来るものだ。

「《受肉》された痕跡はある……?」

『うーん、無い』

「他に異常はある……?」

『目の前に何か中途半端に《受肉》された生徒が多数いる。こいつら片付けてから合流する』

「了解……、こっちも外に出ない様に処理する……」

『おう、それじゃあ片付いたら2階中央階段前で合流な』

「ああ……」

 向こう側から通信機の電源が切られた。

「だそうだ……」

「ああ、なら先に1階にいる奴らを片付ける」

 校門の下駄箱付近に何体もの肉塊が外に出ようとしていた。2人に気付いたのか、動きは遅いが外に向かって一斉に動き出す。

「僕は左を……」

「俺は右を排除する」

「了解……」

 2人はほぼ同時に校内に向かって走り出した。

「《グリモアアーツ》No50【フルカスの大鎌】」

 バロンは左腕から黒く濃い煙の様なものが現れ、一瞬にして巨大な大鎌が現れた。大きさは本人の身長をゆうに超え、黒色の長柄を持ち、刃の部位も相応の大きさで赤く染まりきっている。

 ガラードは両手を交差するようにしてコートの内側に手を入れる。そこから取り出したのは自動拳銃ベレッタM92、M9と呼ばれているタイプの銃だった。それを両手で1丁ずつ持ち肉塊の化け物に照準を合わせる。

「切り刻む……」

「撃ち抜く」

 それぞれの掛け声で戦闘が始まる。

 バロンは素早い動きで肉塊達の中に飛び込む。接触しないように間をすり抜け大群の中心と思わしき場所で止まる。ほんの一瞬、呼吸を整えるために短く深呼吸する。

 息を整えた瞬間、肉塊が切り刻まれた。目にも止まらぬ速さで大鎌を正確に振り、無駄の無い踏み込み、体重移動をこなして中心とした場所から数十体もの肉塊をバラバラに切り刻んだ。

「次……」

 そのままさっきと同じ要領で肉塊達に飛び込んでいった。


「遅いな、これではただの的である」

 ガラードは肉塊に的確な場所へ銃弾を撃ち込んでいく。乾いた銃声を連続で響かせながら次々に命中させる。

 しかし命中と同時に不可解な事が起こった。

 ベレッタM92の威力は基本的な自動拳銃と変わらない。

 だがガラードの撃った銃弾は直撃と同時に直径30㎝程の大穴を空けている。

 肉塊達は大穴が空いたことで絶命したのか次々に倒れていく。全弾打ち終えた頃には足元に空薬莢と倒れて動かなくなった肉塊が広がっていた。

「さて、奥に行く」

 肉塊を踏みながら校内の散策を続ける。


 バロンも校内の散策をしていた。

 ガラードとは逆方向に進み音楽室や多目的室などの文系の部室の教室が多いエリアだ。

「……結構多いな……」

 耳を澄ませて動きを探る。壁の向こうから肉が擦れる音、重い足取りで動いている音、肉が擦れ合う音、様々な音が耳に入ってくる。

「おおよそで40……、いや、50、……70か……」

 目を細めて耳に神経をとがらせる。両側の壁から聞こえるだけでかなりの個数いることが分かった。

「フルカスだけじゃ時間が掛かるな……」

 左手に持っていた大鎌は黒い煙に戻って左腕に戻っていく。

「《グリモアアーツ》No5【バルバスの霧】」

 バロンの周囲を怪しい霧が覆っていく。それは一定の動きを寸分違わず動いている。まるで意思があるかのように同じ流れを繰り返しているかのように

「行け……」

 霧は扉や窓の隙間を通って教室の中へ侵入していく。ほんの数分で肉塊のいる教室には大量の霧で一杯になった。

「……犯しつくせ……」

 その一言で霧は一瞬にして赤色に染まった。そして肉塊達の体に纏わりついていく。

 纏わりついたのと同時に次々と肉が腐り始めた。塩酸で肉が溶けるような音をさせながらドロドロに溶けていく。肉塊は成す術もなく溶けて崩れ落ちるだけだった。

「……終了……」

 数分後、音は静かになり静寂が生まれる。音が無くなった代わりに強烈な腐敗臭が残る。

 肉塊を溶かした霧はバロンの元に戻り姿を消した。

「さて……」

 各教室に入り電気を付けて中を見る。そこにはさっき腐らせた肉塊の残骸と悪臭、本来使われているはずの音楽室の機材が散乱していた。

 溶けた肉塊の上を踏みながら教室の中を探索する。肉塊が現れる寸前まで使われていた楽器や譜面台、壁に床、天井など全体に目を通す。

「ん……?」

 天井を見ていると不自然な亀裂があった。亀裂の入り方からして、天井裏の内部から何か出てきた様に見える。それも相当量だ。

「ここからじゃよく見えないか……」

 高くて届かない天井の亀裂に手を伸ばす。

「《グリモアアーツ》No9【パイモンの魔水晶】」

 手の甲からすり抜けるようにして水晶玉が現れる。小ぶりで片手でも握れるほどの大きさのものがバロンの伸ばした手の甲の上で浮遊している。

「見通せ……」

 水晶の中が怪しく光り、映像が映し出される。ビデオカメラの様にズームして映像を拡大する。暗くて見えなかった天井裏も鮮明に映っている。

「これは……」

 ものの数分で不自然に破損した『それ』を見つけた。

「しかし、何故これだけが……」


 ガラードは外廊下を渡り体育館前にいた。辿り着くまでに多くの弾薬を使っていた。

「ベレッタの弾数も少ないです。気を付けて使わないといけないです」

 間違った日本語を言いながら体育館の扉を開ける。中は真っ暗で何も見えない。

 いきなり襲われない様に警戒して懐から暗視ゴーグルを取り出し装着する。周りを観察しながら肉塊の個数を確認する。

「(数えて20から30程度、問題無い)」

 ベレッタを戻しサイレンサー付きのUSPという拳銃を取り出す。さっきと同じ様に両手持ちにして狙い定める。定まったと同時に撃つ。当たったのを確認しながら次に狙いを定めて撃つ。弾丸の装填もタイムラグが出ない様に正確に詰め替えていく、流れるように撃っていき、ものの数分で片付いた。

「これで、0」

 連射したことで熱くなったサイレンサーを振って冷ましながら電気を付ける。

 大型の照明のため完全に着くまで数分かかった。

 中はバレーに使われるネット、バスケットボールのゴール、様々なボールが入っている大型のかご、剣道の道具が散乱していた。それと一緒にガラードが倒した大量の肉塊が倒れていた。

「ここも全滅している」

 体育館の中を歩きながら何か残ってないか探す。人の影は一切ない。落ちているのは靴や破れた衣類の端切れくらいだ。

「これだと時間がかかる」

 そこそこ広い空間だったため一人で散策するには少々時間がかかる。まして人を待たせすぎることになる。

 目を瞑り意識を集中する。ガラードの体が壊れたテレビ画面の様にぶれ始める。

「『存在探知』」

 神経を通して周りの『存在』を探索する。

「…………いる」

 早足で体育館の奥にある体育倉庫に到着する。開けようとしたが扉に鍵が掛かっている。力づくに開けようとしたが時間がかかると思いベレッタで鍵を破壊した。扉を開けて中に入る。耳を澄ませて人が息を潜めている音を聞き取る。

「大丈夫です。外の化け物はいないです。安全です」

 外が安全になったことを知らせる。奥から一人の女子生徒が顔を出した。

 見た目は普通の女子高生と言うには少々ためらう。規定より短いであろう短いスカート、着崩したワイシャツ、チャラチャラとした飾りを身に着けた遊んでるという雰囲気を醸し出している。

「無事です、か?」

 彼女はガラードの姿を見て人であることを確認した。

「警察の人、ですか?」

「まあ、そんなところです」

「う、うああああ……」

 ホッとしたのか、その場で泣き崩れた。余程肉塊が怖かったのだろうとガラードは彼女の感情を感じ取った。

「何がありました、か?」

「うう、分かんない……。でも、『あれ』が出てきて、皆を……」

「『あれ』……?」


「……遅い」

 四宮 剣は2人が来るはずの合流場所で待機していた。階段に座り暇を持て余していた。

 ここに到着するまでに大量の肉塊を叩き切り、天井に張って移動してくるタイプも全滅させた。そのついでに今回の案件の原因を探した。

「それでも1時間近くかかってるのはどういうことだ……?」

「待たせたね……」

 先にバロンが階段から上がって来た。

「遅いぞ」

「すまない……、探索に時間がかかった……」

「何かあったか?」

「ああ……、だが話すのはガラードが来てからにしよう……」

「そうだな」

 バロンは四宮の隣に座り仮眠する。

「おいおい、ここで仮眠かよ。相変わらずマイペースだな」

「グリモアアーツは体力を消耗する……。少しでもベストな状態でいるためには必要だ……」

「分かった分かった。ガラード来たら起こしてやるよ」

「その必要はないです」

「うお?!」

 気が付いたらガラードが目の前に立っていた。音も無く現れたの四宮は驚いていた。

「びっくりした。いきなり現れるなよ」

「すみません」

「その日本語練習は仕事場ではすんな。情報伝達に支障が出る。英語くらい俺でも分かるから英語で話せ」

「そうです、か」

 ガラードは一度咳払いをして英語で話し始める。

「[遅れてすまん。その代わりに有力な情報を手に入れた]」

「ガラードもか。実は俺達も気になるものを見つけたんだ」

「そうなんだ……。ガラードが来てから話そうと思っていた……」

「まあ時間も無いから移動しながら情報交換だな」

「[目星はついてるのか?]」

「ああ、目指すは屋上だ」



 3人は屋上に出た。見渡す限りでは転落防止用のフェンスで囲まれている以外特に変わった様子は無い。ただ一つを除いて

「あったあった。外国にあるかどうか知らないけど、あれが今回の元凶だ」

「あれは……」

「[貯水タンクか]」

 学校でも設置されている大型の貯水タンクが置いてある。

「さて、逃げ場なんてもう無いだろう? 主犯さん」

 四宮は大きな声で周りに聞こえるように喋る。すると、貯水タンクの奥から人が現れた。

「………………」

 無言でゆっくりと三人の前に現れる。かなり太めの体型、遠くからでも分かる異常な発汗と呼吸、若者にはうけない古い縁の眼鏡、見ていてあまりにも残念な格好の男子生徒でえした。

「……どうしてここが分かった?」

「簡単な事さ、お前はこの数日間結界と召喚術を使うために入念な準備をしてきた」

「そして今日……、それを実行した……」

 3人は一歩一歩、貯水タンクに近づいていく。

「あの肉塊はこの学校の生徒を強制的に『魔』を《受肉》させた半端もの。最終的にはその肉塊を使ってでかい事をやろうって腹だったんだろう?」

「………………」

 田島は口を固く閉ざして黙秘している。

「だんまりか……」

「それなら先に俺達がここに辿り着けた種明かしと行こう。結界についてだが、あれは簡単な幻覚系と妨害系の魔術結界だ。それを貼っておけば外から中で何が起きているのか分からなくなるし、内部から外へ連絡することができなくなる」

 四宮は淡々と説明を続ける。

「その証拠に学校の裏には術式を固定するための魔法陣が均等な距離で設置されていた。そしてその中心にその貯水タンクがあったわけだ」

「だがここで疑問が浮上する……。今回の目的のためにわざわざ結界を貼る利用だ……。あれだけの人数を肉塊にする事が出来るなら結界なんて貼らなくてもすぐに街に出る事が可能だ……」

 バロンも静かな口調で話を続けていく。

「考えられる理由は一つ……。全員を肉塊にするには時間がかかる方法だったからだ……。悠長にやっていれば誰かに異変を気付かれ、外にこの事が漏れてしまう……。そうなったら自分が不利なる……。だから結界を貼った……」

「そしてここで疑問が浮上する。その時間が掛かる《受肉》方法がどんなものだったのかだ」

「この学校の生徒の大半が肉塊になっていたのなら軽く200近い人間に《受肉》させなければならない。しかも一か所に集まってる訳ではないのだから、困難を極めるだろう」

「だがそれを可能にする方法を君は思いついた……。それがこの貯水タンクだ……」

「仕組みはこうだ。お前は『魔』をこの貯水タンクが満たされるまで注入し、一杯になったのを見計らって水道管の中に侵入させた」

「そして水道管を通して人が多い場所、蛇口がある場所まで移動させ、面倒なく《受肉》出来た……。音楽室や部室の破損した天井や水道管がそれだ……」

「だが『魔』の操作を使い慣れてなかったためにスムーズにいかず、所々で水道管を破裂させてしまった。理科室の水道管が壊れていたのがその証拠だ」

「実際ガラードが《受肉》するところを見たという女子生徒を見つけた……。体内に入って無理矢理受肉するところをね……」

「外に出さなかったのは校内にいる生徒全員が《受肉》してないのを分かっていたからだ。だから校舎の外に出さなかった」

「そしてそれらの情報を照らし合わせてここに辿り着いた……」

「以上が俺達の種明かしだ。どうだ、合ってるだろ?」

 2人が説明し終わり、相手の反応を待った。説明している途中、体が小刻みに震えていた。

「……ぷふ、くくくくく……」

「……?」

「はははははははははははははは!!」

 田島は突然大声で笑いだした。

「それがどうした!? もうお前たちの負けだバーカ!!」

「へえ、まだ勝負も始めてないのにか?」

「もう始める前から決着は付いてんだよ! 足元見てみろ!」

 視線を落とすと、足元に水が集まっていた。グチュグチュと音を立てながら3人を覆い尽くす。

「あー……、なるほど」

「お前らが誰か知らねえけど、そこまで知られたら消えてもらう他ねえんだよ! 助かりたかったら土下座でもして俺に絶対服従を誓うんだな!!」

 四宮達は瞬く間に液体に全身を飲まれ姿が見えなくなる。残ったのは3人を飲み込んだ液体がそのままへばりついている状況だけだった。

「『魔』とか《受肉》とか訳分かんねえこと言ってんじゃねえよ! この厨二病共! 俺はこの力で散々馬鹿にして蔑んできた連中に復讐し、この町、この国を俺の意のままに動く王になるんだ! 誰も俺を馬鹿にしない、俺が頂点に立つ王国を作るんだ! ははははは!!」


「『魔』とは、魔術、魔法、呪術、召喚などの現象を成立させる力の根源のこと」


 高笑いしている中、誰かが語りかける。咄嗟に周りを見るが他に誰もいない。

「(……まさか)」

「《受肉》とは、魔術師である第1者が標的である第2者に『魔』の力を行使し、影響を受けたことを意味する」

 ゆっくりと目の前に視線を戻す。3人を飲み込んだ液体が全く変化していない。本来なら液体によって肉塊化されているはずだった。

「言っとくが、お前の魔術は半端中の半端、素人に羽着けた程度だ。本職連中には到底及ばない」

「それに僕等何かと比べたら虫未満の存在……。はなから勝負にすらならない……」

「月とスッポンと同じである」

 3人を覆っていた液体が吹き飛んだ。3人は肉塊になる予兆はなかった。変形どころか傷一つ付いていない。

「な、何で……?!」

「さっきは散々言ってくれたな。今度はこっちの番だ」

 四宮は走って田島に突っ込んでいく。それに合わせて2人も突っ込む。

「ひいい!?」

 慌ててその場から逃げようとするがすぐに追いつかれて捕まってしまう。

「さーて、どうしてやろうか?」

「まずこんな素人がどうやって『魔』を手にしたのか、それを探そう……」

「[こっちにカバンがある。引っ繰り返せば何か出て来るかもな]」

「や、止めろ……!!」

 バロンとガラードは鞄をひっくり返して入っている物全て外に出す。それを一つ一つ確認していく。

「お、お前ら良い気になるなよ! まだこっちには肉塊になったあいつらが残ってるんだ! あいつらがどうなっても……!」

「知らねえよそんなの」

 四宮が呆れた声で返答する。ついでに溜息も漏れた。

「俺達にはそんなの関係無いね。お前さえ捕まえれば全て解決するんだ。脅したところで痛くも痒くもないっての」

「本気で言ってるのか……?!」

「嘘ついてどうすんだよ」 

「あったぞ四宮……」

 バロンが一つの本を見つけた。古びてボロボロになり変色を起こしている相当古いと思われる本だった。

「これは間違いなくグリモワールだ……。クラスでいえばおそらくAは下らない……」

 グリモワール。魔導書と訳されるその本は、魔術に疎い人間に魔術を使用することを可能にする古本。

 その強さはピンからキリまで存在し、基本的にAからEの範囲でクラス分けされている。

「[なるほど、確かにこれなら素人が使っても事足りるな]」

「お前あれどこで手入れた? 言わなかったら痛めつけてでも……」

「た、助けて下さい! お願いします!」

「……あ?」

「「あ」」

 四宮のこめかみに青筋ができる。それを見た2人はつい声が出てしまった。

「助けて下さい、だと?」

「なんでもしますから! 反省するから許して---」

「ふざけんなこのクソデブ野郎!!」

「うぎゃあ?!」

 四宮はいきなり田島の顔面を殴り飛ばした。肉が断裂する音と血が飛び出る瞬間が見えた。

「何が助けて下さいだあ?! 下らねえこと言ってんじゃねえぞてめえ!!」

 床に叩きつけて蹴り、起こしては顔面を殴り、ふらついたら腹を殴った。それを順不同で繰り返す。

「あぎい! こ、殺さないでえ……!」

「自分のやったこと分かって言ってんのか!? そんな虫の良いこと許されると思ってんのか!!?」

 四宮の行動を2人は止めなかった。彼は取り返しのつかないことをしたにも関わらず、自分の身の安全しか考えていない発言をしたのは不愉快きまわりない。それを何よりも許せない性格だと知っているから止めようとしない。

 顔はボコボコに腫れあがり、腹には強く殴打した跡が出来、体のあちこちに靴の跡が増えていく。

「お前こんだけの事やらかしておいてよく言えたな!! お前のくだらない計画で被害出しておいて助けて下さいだあ!? 調子乗ってんじゃねえぞ!!」

「ひいい!」

「逃げんなてめえ!!」

「そろそろいいか……?」

 バロンは四宮の肩を掴んで静止させる。これ以上続けると下手に気絶して事情聴取に時間がかかるのが嫌だったからだ。

「…………ああ、すまねえ。ちょっと興奮し過ぎた」

「それでいい……。さて、話を戻そう……」

 四宮の代わりにガラードが取り押さえて尋問を進める。田島はボコボコにされて体力がほとんど残っていない、

「とりあえず、これについて色々と聞かせてもらう……。まず質問1、どうやってこれを手に入れた……?」

「話すわけねえだろニヒル野郎……。 教えて欲しけりゃそれ相応の態度見せろよ……」

「お前……!」

「ガラード、右小指……」

「[ああ]」

 ガラードはバロンの指示を聞いて右手の小指をへし折った。

「ぎゃあああああああああああああ!!!?」

「繰り返す、これをどこでどうやって手に入れた……?」

「ひい、ひい、ひい……!」

 骨折した痛みで呼吸が乱れて上手く喋れない。

「ガラード、右薬指……」

「[ああ]」

 そのまま容赦無く薬指をへし折る。

「ああああああああああああああ!!」

「繰り返す、これを……」

「露店だ! 露店で売ってたのを買ったんだ!!」

 指を折られた痛みで正直に話す態度になった。バロンは目でガラードに骨を折るのを止めるように指示する。

「質問2、誰が売っていた……?」

「こ、焦げ茶色のボロボロのローブを着たじいさんだった……。何か逆に向いた十字架の痣がを首にあったけど……」

「魔術協会の関係者か? だけど逆十字は異端者の印だったような……?」

「なるほど、だから僕たちに依頼したのか……」

「[おそらく本部の書庫から盗まれたのだろ。関係者の不祥事だから表沙汰にしたくなかったために俺達に依頼した、か。そうと分かったらさっさと捕まえに行くぞ]」

「その前にこれの処分だな」

 グリモワールを床に投げる。

「ガラード、ライターと油……」

「? 何でだ? グリモアアーツなら一瞬だろ?」

 バロンの魔術、グリモアアーツには実に様々な技がある。自然五属性、錬金術、疫病、呪術といった幅広いレパートリーを誇る。その多様性は十二分にある。

「さっき一通り見たが『魔』を含んだ炎に接触すると発動する魔術の記載があった……。うかつに『魔』が元になっている現象をぶつけるのは危険だ……」

「なるほど」

 ガラードはコートの内側からライターと油を投げ渡す。若干距離が届かなそうだったため四宮が慌ててキャッチする。

「ほいバロン」

「ああ……。少し離れてろ……」

 本に大量の油をかけて火を点ける。少しずつ黒くなりながら燃えていく。

「止めろおおおおお!! 俺の、俺の野望があああああ!!」

「少し黙っていろ」

 ガラードは田島の顔面を床に叩きつける。思いっ切り叩きつけた衝撃で歯と鼻が折れる音がした。

 数分後、グリモワールは完全に焼け、真っ黒な灰になった。床に直に燃やしてしまったため、黒い焦げ跡が残ってしまった。

「あ、ああ、ああ……」

 それを見ていた田島はがっくりと肩を落とした。もはや抵抗する気力も無いと判断し解放した。

「さて、その爺さんの居場所を突き止めないとな。ガラード、検索頼む。バロンは俺と一緒に後始末だ。いくぞ」

「[任せろ]」

「分かった……」

 3人がその場を去ろうととした瞬間、別の気配を感じて全員足を止めた。

「……高みの見物とはいい根性しているな、じいさん」

 振り向くと空中に浮いている男がいた。

 焦げ茶色のボロボロのローブ、首から下げている逆向きの十字架、さっきの証言と一致する。

「ふん、お前ら如きに姿を見せるはめになるとはな、人選を誤ったよ」

「あんたは今回の依頼の要だからな、本丸を探す手間が省けたよ」

「さっさと投降してくれるか、自首してくれれば一番楽だ……」

「[とっととケリを付けようじゃないか]」

「いくぜ、2人共」



 3



 夜の冷たい空気が屋上を包み込む。その屋上では5人の人物がより空気が冷たく感じるほどの殺気で支配していた。

「あんたか、今回の首謀者は」

「いかにも、私は魔導士ランブル。名前を聞けばどんな人物か知っているだろう?」

「魔導士ランブル……。水魔術のエキスパートで位の高い魔導士の資格を持つ魔術師……」

「[その実態は賄賂と権力で築いた偽りの地位と名声、さらに違法な人体実験を多数行っていた。それを暴露、告発された事で永久追放された哀れなじじいだ]」

「黙れ! 貴様に何が分かる!」

 ランブルはすごい剣幕で怒鳴った。

「私は不老不死、永遠の命を求め続けた。そのためには地位と金が必要だった! そして手に入れた! 順調だった。順調に研究は進展していたのだ! それをあいつらは横取りした挙句、異端指定の永久追放処分だ! 私から全てを奪ったのだ!」

「そのために沢山の命を散らしていいと?」

「研究が成功すれば彼らは大いなる礎になれたのだ!」

「そんな研究成功したとしても誰も見向きもしない……」

「[犠牲があまりにも多すぎる]」

「貴様らに言われたくないわ!」

「お? 俺達の事知ってるんだ」

 四宮はニヤリと笑う。

「知ってるも何も貴様らの存在自体協会において異端そのものではないか!? ブラックリストに載るほどの危険因子だと聞いてるぞ! そこいる2人に関してはファーストネームしか載せられない程の大悪党という噂も聞くぞ!」

 ランブルの言うブラックリスト、それは魔術協会において敵対する者、危険だと判断された者が載せられた危険人物一覧のことだ。3人はそこに記載されている。

「まあね、でもその話はじいさんを豚箱に入れてからだ」

「ふん! 簡単に捕まると思っているならまだまだ青いな」

 ランブルはゆっくりと貯水タンクの上に降りた。貯水タンクに手をかざして『魔』を送る。

「いでよ! 我が『魔』の結晶よ!」

 呪文を詠唱したと同時に貯水タンクの水が一気に外へ飛び出す。その水は意思を持つかのように動き回る。

「生贄をもって《受肉》しろ!」

「! まずい!!」

 四宮がいち早く気付き田島の下へ走る。田島はグリモワールを燃やされたショックで動けないでいた。

「おいクソデブ! 上見ろ! 上!」

「…………?」

 だが時既に遅し。大量の『魔』を含んだ水は田島を飲み込み。《受肉》を始める。

「うぐああああああああ?!!」

 田島の体が水が沸騰して泡立つようにボコボコと膨らみ、人間の姿が崩れていく。皮膚は破れ、肉は異常に変形し、目はえぐれ、顔のパーツは福笑いの様に滅茶苦茶になっていく。そして、完全な化け物になった。

「ぐああああああああああああああああああああ!!」

 怒号を上げる怪物が誕生した。肉と水が混ざり合った半透明の巨体、顔はもはや人間とは言えない程崩れ、まるで芋虫の様な風体で動いている。

「見よ! これが我が英知の結晶! スライムだああああああ!!」

「……………………」

 三人は巨大な化け物を見上げていた。誰も言葉を発することはなく、ただただ見上げるだけだった。

「ははははは!! どうだ!? 恐ろしくて声もでないか?!」

「……くだらねえ」

 四宮は大きなため息を吐きながら落胆していた。

「そうだな……、くだらなくて本当にガッカリだ……」

「[俺も同じ意見だ]」

 バロンとガラードも残念なものを見たような感想を漏らした。

「き、貴様らどこまでも馬鹿にしよって……!」

「そんなんだから追い出されるんだよ。もうちょっと人の役に立つもの作れってんだ」

「まあどれにしても、ここからは本気で戦っていいという事だろ……?」

「あんなもん出してきたんだ、容赦なんて必要ないだろ」

「[なら、全力で潰す]」

「あれくらいなら手抜きで良いでしょ」

 四宮は胸の前に手をかざす。

第一刀偽・草薙乙型、抜刀」

 胸から大剣を抜き、構える。

「《グリモアアーツ》No50【フルカスの大鎌】……」

 バロンは左腕から大鎌を出現させる。

「[あれならこれでいいだろう]」

 ガラードは大型拳銃コルトパイソンを懐から取り出す。

「じゃあ行くぜじいさん……、徹底的に叩き潰す!」

「魂ごと切り刻む……」

「[全て、撃ち抜く]」

「行けスライム! 押しつぶせ!」

 スライムはグチャグチャと気味の悪い音を立てながら、全身からランダムに水の球体を発射する。コンクリートの床を抉る程の威力で乱射してくる。

「バロン! 左頼む!」

「分かった……」

 このまま突進しても上手く近づけないと判断し、二手に分かれて攻撃を仕掛ける。

「喰らいやがれ!!」

 最初に四宮が仕掛けた。大剣を持ったまま大きく跳躍し、十分に間合いを詰める。その好機を見逃さず、一撃を入れる。

「ちっ! やっぱりダメか!」

 一撃を加えたが、その感触がまるで無い。本体が水のため、ダメージを与えられなかった。それどころか、切った部位がすぐに塞がってしまう。

「馬鹿め! そんな剣ごときで傷を負うスライムではないわ!」

「ならこれならどう……?」

 バロンも大きく跳躍し、スライムとの距離を詰める。飛んでくる水球を体をひねって空中でかわしながら鎌で切り付ける。一撃だけではなく、1秒も無い内に連撃を加える。瞬きしていれば全く目に見えなかった。その傷跡は大きくえぐられた様に残った。しかし、すぐに元に戻る。

「ダメか……」

 傷の確認を終えるとすぐに後退する。四宮とバロンが後退したと同時にガラードは後方から援護射撃する。乾いた轟音が連続して空中に響く。コルトパイソンはリボルバーのため装弾数は6発。しかし、その威力は凄まじく、人間に当たれば簡単に致命傷を負わせることができる。ただ今回の相手が人間では無いため、ダメージをどれほど与えられるかは不明である。だからといって撃たなければ何も分からない。ガラードはその下調べの意味も含めて撃っていく。

 直撃した部分には大穴が空いた。それでもすぐに治ってしまう。

「[これでもダメみたいだな]」

 全弾打ち尽くした後、空薬莢を取り出し、新しい弾を入れていく。

「無駄だ無駄だ! このスライムに貴様らごときが敵うはずが無いのだ!!」

 スライムから水の球体が乱射される。素早くかわすが、四宮だけ足がもつれた。

「おっとっと、と!」

 咄嗟に体勢を直したが、その隙を突かれた。

「捕まえろ! スライム!」

 手の形をした部位が四宮を掴む。

「うお!?」

「四宮……!」

 バロンが腕を切るが、切断までに至らなかった。そのままスライムの目の前まで連れてこられる。

「[こいつ!]」

 スライム向かって発砲するが、さっきと同じことの繰り返し、全くダメージが無い。

「ははははは! 無様だな青二才! これでお前は終わりだ!」

 高笑いしながら四宮を見下す。 

「このまま水圧で潰してやってもいいが、浸食して肉塊にしてやろう!」

「ぐおおおおおおおおおおおお!!」

 スライムの雄たけびと共に水が四宮の肉体に染み込んでいく。

「っ……」

「さっきは『魔』の濃度が薄かったせいで浸食出来なかったのだろうが、私自身が『魔』を送って浸食されれば防ぎようがあるまい!」

 浸食は進み、水は全身に回っていた。このまま行けば四宮の体が持たないのは一目瞭然。

「死ねえ!!」

「『邪気退散』」

 パン、とスライムの手が弾けた。断面には煙、蒸気が上がっていた。四宮は手が吹き飛んだと同時に落下し、着地した。

「なっ……!」

 ランブルは何が起きたのか理解できなかった。

 スライムには大量に『魔』を注ぎ込んでいる。その『魔』に異常が見られればすぐに感知する事が出来る。浸食中なら相手の肉体の『魔』の流れも把握できる。しかし、そんな予兆は無かった。急にスライムの腕が爆発した。一体何が理由で爆発したのか全く分からないのだ。

「スライムの手が爆発した理由が知りたいか、じいさん?」

 四宮はニヤニヤしながらランブルに問いかける。

「き、貴様……!」

「時間が惜しいから今ネタばらししてやるよ」

 四宮は上着を脱いで上半身裸になる。

「なっ!」

「これが答えだ、じいさん」

 その体には無数の黒い墨で書かれた文字があった。

 全身にくまなく文字が書かれており、肌は殆ど見えない。文字がそれぞれ細かく動き、まるで生きているように見える。

「これが俺の『魔』、『呪詛経文』だ」

「『呪詛経文』、だと……?!」

「その顔からして知らないようだな、こいつは全身にあらゆる作用を起こす経文に『魔』を流すことで発動する代物だ。流し方を変えて多数の経文パターンを作成可能だ」

 説明を淡々と言っていく。

「さっき使った『邪気退散』は『魔』を祓う技でね、発動状態で『魔』に触れたら、その部位は灰になるか爆発するかしちまうのさ」

「っ!?」

 ランブルは戦慄した。もしそれが本当だとすれば、多くの魔術師、呪術師、『魔』を行使する者にとって脅威となる存在になる。

 『魔』が通った物は簡単に全て灰にされれば、いくら強固で高度な魔術でも意味がなくなる。

「今怖くなったろ。じいさん」

「っ……!」

 心の中を見透かされ、内心焦りが生じた。それもずっと年下の青年にだ。

「この青二才があ! 馬鹿にしよってえええ!!」

 スライムに指示を出し、四宮達に再度攻撃を仕掛ける。

「来るぞバロン!」

「任せろ……」

 四宮が数歩下がると同時に、バロンが前に出る。

「《グリモアアーツ》No41【フォカロルの風】……」

 大鎌が消えたのと同時に右手をかざす。右手から風が発生し、スライムを包んでいく。すると、スライムが徐々に絞められていく。

「ぎゃああああああああああ!!?」

「フォカロルは水を操る……。水の主導権を取られれば、100%水分のスライムには致命的だろう……」

 バロンが手で何かを握り潰す動作をしていくと同時に、スライムは叫び声を上げながら悶えている。

「馬鹿め! 貴様自身ががら空きではないか!」

 ランブルは魔法を詠唱を始める。

「[それはお前も同じだ、ジジイ]」

 ガラードはその隙をついて発砲した。コルトパイソンの高威力の弾丸をランブルの足、腹、胸に命中させる。肉塊達と同様に、命中した部分を中心に大穴が空く。血と肉が空中で飛び散り、骨は破片になって原型を残さなかった。直撃の衝撃に耐えきれず、口や鼻から残りの血液が噴き出す。

「が、か、げ」

 言葉にならない声をさせながら、地面に落下する。

「終わったな」

「[ああ]」

「いや、まだだ……!」

 バロンは何かに気付いた。2人は何のことか一瞬理解が追いつかなかった。

「……あ!」

 先に気付いたのは四宮だった。ランブルを倒したはずなのに、スライムがまだ生きているのだ。

 さっきランブルは自分自身の『魔』を注いでコントロールしていると言っていた。そうだとしたら、『魔』を注いでいた本人が倒されれば必然的にスライムが消滅する。なのにスライムはさっきと変わらず活動している。

「って事は……」

 3人はランブルが落下した方に目を向ける。

 爆音と共に大量の水が空高く噴出された。ただ噴出されたのではなく、龍が天に昇るように、意思を持って噴出されたのだ。

「くははははは! そう簡単にやられるとでも思っていたのか!? 愚か者め!!」

 噴出された水の頂点にランブルの姿があった。スライムと同様に、水と融合している。

「半人半水ってところか、こりゃもう完全に人間止めてんな」

「[だが、討伐対象としては分かり易い]」

「ゲームじゃないんだから……」

「何を呑気な事を言っている! これで貴様らは終わりだ!」

 ランブルが短い詠唱をすると、バロンが捕らえていたスライムがランブルの方へ引き寄せられ、水同士混ざり合っていく。

「あー、これはちょっとまずいか……?」

「だね……」

 バロンと四宮は見上げながら素直な感想言う。

「それだけでは無い! この地で肉塊になった者共の魂と地脈を掌握する!」

「[まずいな、魂と地脈を吸われたら倒せないぞ]」

 『魔』の起源は『魂』である。『魔』がその真価を発揮されるのは、命の魂があるアクションを起こした時である。そのアクションが何なのか、一言では表しにくい。環境なのか、感情から来るのか、発現パターンが多すぎるため絞り切れなかった。とりあえず分かっているのは、命がある者しか『魔』を使用できない。簡単に言えば、1つの魔術に『魔』を使用する者が多ければ多い程、その魔術はより強力な物となる。

 地脈は、大地の中を巡るエネルギー『気』が流れている部位である。そのエネルギーはいわば地球の血であり、地脈は地球の血管ともいえる。それを人間が吸収すると、『魔』が体内で増幅され、より強い『魔』を発現できる。しかし、人間の体の『魔』の貯蔵量は個人によって決まっている。それを超えれば肉体が限界を超え、崩壊する。そのため、『魔』を使用する者は、容易に『気』を取り込もうとはしない。

 その2つが合わさればどうなるか、3人にはすぐに理解した。

「お前たちの様な青二才でも事の大きさが分かったようだな! お前たちの負けだ!」

「ああ、そうだね」

 四宮は俯きながらつぶやいた。そして、ゆっくりと顔を上げながら

「それでも負けるのはあんただ、じいさん」

「あ? 何を……」

 ランブルは違和感に気付いた。吸っているはずなのに、力が一向に上がらない。『魔』どころか『気』の流れすら感じられなかった。それだけではなく、肉塊になった者達の魂も集まる気配が無い。

「?!! き、貴様ら何をした……?!」

「別に、ただ対策をしていただけさ」

「対策、だと……?!」

「俺達がむやみやたらにここの生徒たちを倒したと思ってるのか?」

 四宮は余裕の笑みを浮かべながら答えていく。

「そもそも俺達はここに来るまで誰も殺してなんかいないぜ?」

「というより、肉塊だけしか殺していないよ、僕たちは……」

 バロンも続いて語りだす。

「ただ肉塊になったあの子達を斬っていたわけじゃない……。斬った物は肉塊の中枢だ……」

「それさえ壊せれば全員を元に戻せるからね」

「な、何を言って……」

「俺の剣は肉体ではなく『魔』そのものを祓う特殊な大剣」

「僕の《グリモアアーツ》は『魔』そのものを掌握する術」

「[俺の弾丸は『魔』という『存在』そのものを撃ち抜く異常な力]」

「つまり俺達は最初から誰一人殺さず『魔』を潰してたっていう話さ」

 3人は最初から生徒を殺していなかった。『魔』という原因そのものだけを取り除いていたのだ。

「し、しかし、もしそうだとしても何故気付けなかった?! この偉大なる魔術師である私が……?!」

「結界だよ」

 四宮は勝ち誇った顔でランブルを見上げる。

「最初にあのデブに設置するよう仕向けた結界を利用させてもらったのさ、ちょっと書き換えて、お前に誤送信し続ける結界に貼りなおさせてもらった」

 四宮は最初から何かある事に気付いていた。しかし、それを修正しようとすればすぐにばれる恐れがあった。そこで、逆に利用してやろうと四宮は考えた。本人に都合の悪い情報は全て届かず、何もかも順調に進んでいるとしか伝えない不良品の機械のような結界に『調整』したのだ。結果、肉塊が全て無力化されていたこと、地脈との接続が出来なくなっていたこと、結界そのものが別のものになっていたこと、それらに何一つ言われるまで気付けなかった。

「あんたは最初から俺達の掌で踊らされていた訳だ、ランブルの爺さん」

「しばらくは崩れた肉片のままだが、あと数時間もすればあの子達元通りになり、目を覚ますだろう……」

「か……、あ……!」

 ランブルの頭に血管が浮かび上がる。

「おのれクソガキがあああああああああああああああああああああああ!!!!」

 怒りのあまり大声を上げた。顔を真っ赤にし、息を上げながら、怒り狂っていた。

「何なんだ貴様たちは!? 一体何なんだあああああ?!」

「俺達か? なら耳の穴開けてよく聞きな!」

「『魔』においての危険度が異常に高いが故にブラックリストに乗せられた危険因子……」

「[その中で群を抜いて危険視されている三人組、それが俺達]」

「奴らは俺達をこう呼ぶ、『ブラックスリー』ってな!」

 三人は悪人の様な笑みを浮かべて名乗った。自身に満ちたその表情は間違いなく本心から言っていると確信させるものだった。

「この様な、この様なふざけた連中が危険因子?! この私が負けるだと?! 青二才に?!!」

 ランブルの怒りは収まらず、ひたすら怒号を上げるしかなかった。  

「[そうだ。だからここで終わりだ]」

 ガラードがコルトパイソンを構えなおし、スライムを撃ち抜く。

「馬鹿め!! スライムは無敵だ!! その程度弾丸で……!」

「[じゃああれが倒れても問題ないのか?]」

「あ?」

 バキンっと、何かが壊れる音が聞こえた。ランブルは音のした後ろを振り向く。そこには支えを失い、屋上から落ちそうになっている貯水タンクがあった。

「な、何故?!!」

「[威力や弾数ならデザートイーグルの方が上だ。だが、お前に気付かれずに変則的な軌道で撃たなければならなかった。そのために俺は銃身に癖や遊びを付ける事が出来るコルトパイソンを打ち続けていた]」

 ガラードの言う遊びや調整は、いわゆる一種の整備不良で起こる現象だ。本来直進しなければならない弾道が大きく変形するというのは、不良以外の何ものでもない。

 それを逆手に取り、相手の目を騙して目標に打ち込んでいたのだ。

 コルトパイソンを懐にしまい、ロケットランチャーの一つ、RPGを取り出す。

「[貯水タンクの中にはこの日のために溜めていた『魔』の水が大量に入っている。もしそれが全て使い物にならなくなったらどうなるんだろうな]」

 躊躇なくRPGを貯水タンクに向けって発射した。ランブルが咄嗟に止めようとしたが、すでに手遅れ。見事、貯水タンクの残りの支えを爆破し、吹っ飛ばした。その威力は貯水タンクそのものにも伝わり、屋上から投げ出され、地面に落下した。中に入っていた水は全て漏れ出し、土へと帰って行った。

「ぐあああああ!!?」

 ランブルが突然苦しみだした。あまりの苦痛のせいか、激しく体を動かしている。

「な、何だ? どうした?」

「もしかして、固定魔法陣が壊れたのか……?」

「[かもな、貯水タンクの底にでも描いていたんだろう]」

 個人で巨大な魔法を維持するには、それ相応の魔法陣が必要となる。自身の負担を軽くするためというのが、一般的である。巨大スライムのような疑似的生物なら尚更である。もし、途中で魔法陣が機能しなくなった場合、それまでかかってなかった莫大な負担が一気に押し寄せる。その負担は尋常なものではない。

「がああああ! あああああ!!!」

「とにもかくにも、今が絶好のチャンスって訳だ。行くぞ2人共!」

「締めは四宮に頼む……。疲れた……」

「[同じく]」

「お前ら……、真面目にサポートしろよ」

 呆れて溜息をつく。愚痴ても仕方ないので、スライムとランブルを倒すため、息を整える。

「それじゃあ、バロン。早速固定してくれ」

「分かった……」

 バロンはシャツの袖をまくり、両手をかざした。

「《グリモアアーツ》No50【フルカスの大鎌】……」

 ゆっくりと、左手に大鎌を呼び出した。

「《グリモアアーツ》No25【グラシャラボラスの殺意】……。No18【バティンの転移】……」

 全身から暗い赤と黒のオーラを放ちながら、消えた。正確には、瞬間移動したのだ。

「行くぞ……!」

 バロンは地上に瞬間移動していた。『殺意』の力で大幅に肉体を強化した腕で、大鎌を大きく振りかざし、一撃を加える。

「ぐああああああああああああ!!?」

 切られた部位は再生することなく、そのまま切れた状態で崩れ始めた。

「行ける……!」

 切った直後にまた瞬間移動する。瞬間移動した直後に、スライムの中腹部を切る。そしてまた切る。瞬間移動と斬撃を繰り返して、全体に切り傷を増やしていく。高速に近い速さで追撃を繰り返し、確実に追い込んでいく。

「おのれえええええええええええええ!!!」

 ランブルは痛みに耐えながら周囲に高圧の水鉄砲を乱射する。

 高圧の水は、武器としても使える極めて危険な代物である。現に、『ウォーターカッター』は正確に金属を切断する威力を誇る。高圧の水弾もそれと同様、それ以上の威力を発揮することもある。

 バロンに向けて発射されている水弾も、地面に当たれば土を抉り、大きな穴を開ける威力である。しかし、バロンはそれら全てをかわしている。正確に、まるでどこに飛んでくるのかが最初から分かっているように。

「何故だ!? 何故当たらない?!」

「【グラシャラボラスの殺意】だ……。お前の殺意が俺に全てを語ってくれる……。どこを狙って打っているのか、正確にな……」

「ならば逃げ場のない攻撃をすればいいだけの話だ!!」

 バロンの周りごと吹き飛ばす範囲で、大量の水弾が乱射される。地面が木端微塵になる威力で乱射されるそれは、大量の土煙を上げる。

「ははははははは!! やはり大した事はなかっーーー」

「誰が大した事が無いって?」

 直後、ランブルの左腕が切られた。高い所から綺麗に落ち、ドサリ、と音を立てた。

「あ……?」

「【バティンの転移】……。最初に見せた瞬間移動だ……。数分で忘れるとは、ボケたか爺さん……?」

「ああああああああああああああああ??!!!」

 ランブルの左肩の断面から大量の出血が始まった。咄嗟に右手で押さえるが、止まる気配はない。

「冥途の土産に教えておこう……。僕の全ての名前を……」

 耳元で囁くような細い声でつぶやいた。ランブルの見たブラックリストには『バロン』としか書いてなかった。四宮とは違い、隠されていたのだ。

「僕の名は『バロン・ユダ・ソロモン』。ソロモン王の正当後継者だ……」

「そ、ソロモン王だと?!」

 ソロモン王。かつて神からあらゆる知識を授かり、72体の悪魔と四大天使を従えることに成功した賢王。その存在は世界各地に影響を与えたとされている。

「ば、馬鹿な、そんな事はありえない……! ありえてなるものか……!」

「別に信じなくても良い……。だが、今目の前にある真実は変わらないがな……」

 狙いを定めて大鎌を握りなおす。

「お喋りは終わりだ……」

 最も踏み込みやすい位置に瞬間移動する。

「《グリモアアーツ・コンビネーション》……」

 強化した両足で、スライムの中腹部に跳躍する。


『死の舞踊曲:25×50【デスワルツ:25×50】……!!』


 目にも止まらぬ速さでスライムをズタズタに切り裂いた。まるで使い古されて、至るところにほころびやほつれが出来たボロ雑巾の様に。

「後は任せる……!」

 スライムに手をかざして、スライム全体を学校の上空に瞬間移動させる。

「任された!!」

 大剣を拾い、左手を胸に当てる。

第二刀偽・草薙甲型、抜刀!」

 もう一本胸から大剣を取り出す。同じように軽々と振り回す。

「終わりだじいさん!」

 呪詛経文の力で肉体を大幅に強化し、一直線に突っ込んだ。

「馬鹿が!? それでは良い的になるだけだぞ!!」

「それはどうかな?」

「何?!」

 次の瞬間、四宮の姿が消えた。周りを見渡してもどこにも見当たらない。

「奴は!? 奴はどこへ……?!」

「耳なし芳一って知ってるか? じいさん?」

 突然声が聞こえた。どこから聞こえたのか分からないが、確かに聞こえた。

「経文は幽霊や『魔』を孕んだものから見えなくなる効果がある。耳なし芳一はそのおかげで耳だけで済んだ」

 四宮の声が徐々に近づいてくる。

「だが俺は違う。俺は呪詛経文の可変性を利用してその不可視化を自由自在に制御する事が出来る。物体に流し込んで同様の効果も発揮できる」

 ランブルの耳から音が途切れた。

「だからあんたの負けだ。じいさん」

 

『大剣奥義! 不視不殺ミエズコロサズ!!』


 ランブルが四宮を次に視認した時には、既にスライム本体から切り離されていた。正確に言えば、ランブル、スライムのコア、取り込まれていたキモデブの三つだ。

「がああああああああああああ!!!」

 叫び声を上げながら、屋上へ落下する。

「まあ、殺しはしないけどな。あいつとの約束だから」

 屋上に落下した後、震えながら体を起こした。しかし、スライムと完全に融合出来ていなかったのか、肉体の半分がスライム状のままだった。動こうにも感覚が狂った状態にあるため、上手く動くことが出来ない。

「う、ううう……」

 起こした視線の目の前に、誰かの足が見えた。顔だけ上げて確認すると、ガラードが見下ろしていた。

「[無様だな、ジジイ。自分の命すら救えない状態にされて]」

「く、ぐう……!」

 ランブルは目の前にいるガラードだけでも葬ろうと、懐に隠し持っていた魔導書を取り出そうとする。

「[そうだジジイ、俺のコートの秘密を教えてやるよ]」

 ガラードはコートの裏側を見せる。そこには、『闇』が広がっていた。

 正確に言葉で表現出来ないその『闇』はあまりにも異質だった。そこにあるのは見えているのに見えていない、感じてるようで感じていない、掴めそうで掴めない、何から何まで判断出来ない『闇』だった。

 この中には謎があった。どこからともなく大量の重火器、銃器などが無尽蔵と言える程現れた。一体どうやって収納していたのか、どう推測してもしきれないものだった。

「[これの元は何なのか、その疑問に答える前に質問だ。この距離なら聞こえるはずだ、このコートの裏から聞こえる歌が]」

「……?」

「…………Look to the sky, way up on high There in the night stars are now right. …………」

 奥の部屋から響いてくる様に聞こえる歌。美しい女性の声だった。

「何だ……、この歌は……?」

「[俺は昔、ただの少年傭兵だった。戦地に永遠と送られ、捨て駒にされようと必死に生きてきた。だが、そんな俺に転機が訪れた]」

 唐突に昔話を語りだした。言葉一つ一つに『魔』は感じられない。しかし、何の意味も無くこの状況で音楽を聴かせるのは不可解である。

「[その時俺は全てを失った。仲間と言える連中も、愛せなかった女も……]」

「……Look to the sky, way up on high There in the night stars now are right. They will return……」

 歌が終わった直後、空が割れた。

 まるでガラスにヒビが入ったかのように、目の前の光景に傷が入った。そのヒビの隙間から盛れる瘴気は悪意、憎悪を超える心の闇そのものだと思えるほどどす黒かった。

「[------------、---------------------]」

 ガラードは何かを発した。

 目の前で倒れているランブルには何かを発したとのか理解できず、自分自身何を聞いたのか思い出すことも出来なかった。とにかく何かを発した。それ以外の表現が思いつかない。

「[……話は付いた。喜べジジイ、今からお前は《---------------》の元へ送られる]」

「な、なにを言っている……?」

「[全てを失った代わりに、俺はある連中と同格になった。それもとんでもない連中にな、そして『存在の有無』を操る力も手に入れた]」

 言葉が止まったのと同時に、ヒビが大きくなり、もう一つの世界と繋がった。そして、ランブルの目にそれは映った。

「[その者たちの名は、『旧支配者』。俺は邪神と同等の存在になった]」

「あああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


「------------------《クトゥルフの大海》」


 ランブルの叫びが消え、静寂に包まれた。

 周囲にはスライムの残骸、壊れた貯水タンク、ボコボコに変形した屋上の床、まるで嵐が通過していった様な状態だった。

 バロンとガラードはその状況を見て、終わったことを確認する。

「終わったね……」

「[ああ……]」

「ああ……、じゃねえ!!」

 四宮が残骸の裏から出てきた。

「邪神呼ぶなら先に言え! 耐性が無いんだから、視線かすっただけでも大ダメージになるって前にも言ったろ!!」

「[すまん]」

「そんな事より……、あれどうする……?」

 バロンが指さした方向には、キモデブだった物が落ちていた。四宮が近づいて状態を確認する。既にスライムと9割程融合し、人間とは思えない程ゲル状になっていた。このまま放置しても死にはしないが、普段の生活には一生戻れないだろう。

「これは、……持って帰るか。人体実験のお土産として」

「そうか……、それは楽しみだね……」

「ガラード、ボストンバック」

「[おう]」

 懐から取り出したバックを四宮に投げ渡す。キャッチしてすぐにバックへ放り込んだ。

「さて、電波回復させて後始末をお願いするか」

「もう連絡した……。後1時間もいらないそうだ……」

「そうか。それじゃあ帰るか!」

「ああ……」

「[おう]」

 四宮は爽やかな笑顔で、2人と一緒に学校を後にした。






「うわあ!?」

 少年は勢いよく自室のベッドから起き上がった。その勢いで布団が床に落ちた。

「……あ、あれ?」

 何か悪い夢を見ていた気がする。だが、思い出すことが出来ない。一体に何にうなされていたのか、見当も付かなかった。

「何で俺飛び起きたんだ? ……分からん」

 思い出そうとしていると、ドアからノックの音が聞こえた。

「お兄ちゃん、まだ寝ているの?」

 ドアが開けられ、部屋に妹が入って来た。いつも向日葵の髪飾りを付けているしっかり者だ。

「ああ、おはよう。今起きたばっかりだから……」

「急がないと遅刻しちゃうよ、私がいないと本当にダメなんだから」

「はいはい」

 嫌な夢だったかもしれないので、無理して思い出す必要はないだろうと考え、夢の事は頭の片隅おいておくことにした。



 登校中、友達2人と合流した。

「うっす、おはよう」

「おう! おはよう!」

「朝から元気だな、おはよう」

「おはようございます」

 妹は礼儀正しく軽くお辞儀をして挨拶する。

「妹ちゃんはしっかりしてるな、さすが未来の生徒会長」

「いえいえ、そんな事ありませんよ」

「謙遜しなさんな、お兄さんと違って超真面目だから絶対なれるって」

「それどういう事だよ」

 談笑しながら4人並んで歩いていく。

「ところで、その向日葵の髪飾り、ずっと付けてるけど、何か大切な物なの?」

「これですか? えっと、その、好きな人がくれたんです。ずっと前に」

「え? お前好きな人いたの?」

「おいおい、それくらい察してやれよ」

「いや、今思えば思い当たる節結構あるかも」

「まあ、兄さんじゃ分からないわ」

「何だよそれ」

「いいんです。分からなくて」

「あら、皆で登校?」

 横から声を掛けられた。そこには自分のクラスの委員長がいた。

「おはよう委員長。珍しいね、こんな所で会うなんて」

「そ、そう? いつもこのくらいな気がするけど……」

「?」

 目を合わそうとしたら避けられてしまった。何かまずい事でもしただろうか、思い当たる節を探す。

「いいねえ、いいねえ。朝からお熱いことで」

「は? 何言ってんだ?」

「な、なにを急に言い出すのよ?! 私は別に……!」

「……ふん」

 妹がなぜかそっぽを向いた。思い当たる節が中々見つからず苦労する。

「あ、田島だ」

 友達が離れた所にいる人物に視線を向ける。そこにいたのは、金髪で濃いメイクをしたバリバリのギャルだった。服装も乱れていて、あっちこっち見え隠れして同い年の男子にはかなり刺激が強い印象がある。

「え? 田島? あれが?」

「いや、どう見ても田島でしょ。校内一の問題児」

「同じクラスなのが痛いわ……」

 それぞれ意見が出るが、どれも良い評価ではなかった。

「ふーん……」

 何か違和感を感じた。今までとは何かが違う。当たり前の様に言われても、どこか納得いかない。

「うーん……」

「あれ? お前田島みたいの好きなの?」

「え? いや、別に……」

「そうなのか?!」

「お兄ちゃんああいうのはどうかと思うわ!?」

 委員長と妹が凄い剣幕で迫ってくる。

「いやだから違うって……」

「嘘だね! あの目は間違い無く狙ってる眼だった!」

「おい話をややこしくするな!」

「ちょっとお兄ちゃん! 私の話を無視しない!」

「私の話もだ!」

「はいはい、リア充リア充……」

 朝から賑やかな会話をしながら、4人は学校へ向かっていった。







 とあるビルの1階にある喫茶店『ロマノフ』に、四宮、バロン、ガラードがいた。

 四宮は特製のジャンボパフェを目をキラキラと輝せながら食し、バロンは紅茶を優雅に飲み、ガラードは液晶タッチパネル式の携帯電話をいじりながら苦く濃いコーヒーを飲んでいた。

「いやー、仕事終わりのパフェは最高だね!」

「いつも通りだな……、四宮は……」

「ああ、全くです」

 3人はいつも仕事終わりにこの喫茶店で各自好きな物を頼んでくつろぐことにしている。3人の要求をいっぺんに叶えることが出来る店は、近所を探してもここしかない。

 そこへ、ロングツインテールのメイド従業員、榊 千代が話しかけてきた。

「3人とも、仕事終わりですか?」

「おう、そんなとこだ」

「昨夜終わらせてね……、今休憩しているところだ」

「そうなんです。大変だったんです」

「ガラードさん積極的に日本語で話しかけてくれて助かります。何か力になれることがあったら何でも言って下さい!」

「ありがとうございます」

 ガラードのケータイに着信音が鳴った。すぐにメールを確認する。

「……今日は良い日です」

「何か良い知らせですか?」

「そうです」

「(多分女だな)」

「(だね……)」

 ガラードは女好きで、よく夜のお遊びをしてくる。そこら辺の界隈ではAV男優より凄いという噂だ。

「ところで、今回はどんなお仕事だったんですか?」

「企業秘密」

「同じく……」

 3人は普段協会から依頼が無いときは、探偵業を営んでいる。ここら近辺では有名な事務所である。協会からの依頼は全て探偵業という事でごまかしている。周囲から怪しまれない様にするためだ。隠れ蓑にしている事務所はこのビルの2階にある。 

「ペット探しでは無いってことは、大きい山だったんですか?」

「さーて、どうだろうね」

「えー、教えて下さいよ剣さーん」

 四宮はかなり前からこのお店に通っている。店長と従業員とは親しい仲である。そのため、営業時間中でも、下の名前で呼び合っている。

「千代ちゃん、お仕事は?」

「う! い、今行きまーす……」

 三つ編み眼鏡巨乳メイド従業員の羽場切 京香に呼ばれ、すごすごと奥へ戻って行った。

「……ところであのキモデブ……、あれで良かったの……?」

「ああ、根っから腐ってたし、一から作り直した方が楽だったよ」

 四宮が持って帰った田島と言う少年は、あのまま放置しておけばまた『魔』に関わろうとする危険性と性格が人間として曲がり過ぎているため、四宮の呪詛経文、バロンのグリモアアーツ、ガラードの存在操作を合わせて、肉体から魂や記憶まで全て作り直したのだ。3人はかなり前からこの様な事を繰り返している。理由やきっかけはそれぞれだが、楽しんで改造を行っている。

「[おかげで記憶の改ざんにやたら力と時間を費やしたがな]」

「そこは感謝してるよ、元に戻した後の処理を向こうだけにやらせるのは心もとないからね」

 他にも、肉塊になってた生徒たちの無事を確認した後、操って帰宅させたり、肉塊にならず今回の件を目撃した生徒は記憶を改ざんし、壊れた校舎は協会の後始末部隊に全部直させた。

「魔導書に関しては戦闘中に大破したという事で納得してくれたからね……」

「ランブルの野郎は協会の深部について詳しかったという話もあったから、いなくなった方が都合が良かったんだろうね」

 四宮のケータイに着信が入った。

「………………」

「仕事か……?」

「だな、ガラードのお楽しみもある。夜までに終わらせるぞ」

「[そうしてもらうと助かる]」

「千代ちゃんお会計!」

「はいはーい!」

 それぞれ自分の分の会計を済ませて店を出る。

「いってらっしゃーい!」

「行って来ます……」

「[行ってくるぜ]」

「行ってきます!」

 3人は今日も仕事に出るのだった。『魔』に関わる仕事に。

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ブラックスリー ~闇の中で蠢く~ 弦龍劉弦(旧:幻龍総月) @bulaiga

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