罪の泉の水、全部抜く作戦

ちびまるフォイ

そのまま捨てるなんてもったいない

「あった……! あったぞ! 罪の泉だ!!」


泥道を歩き、汗だくになった男はついに罪の泉を見つけた。


「泉の女神様、私はおろかにも自分の腹を満たすために盗みを働きました! この泉で罪をすすがせてください」


「よろしい。泉に足をつけてごらんなさい」


男が冷たい泉に足をつけると、みるみる心が洗われるような気がした。


「あなたの罪の一部はこの泉が洗い流しました。泉が吸い込んだ罪は森に還します」


「ありがとうございます女神様!」


男が村に帰るとこれまでのような盗人扱いはされなくなった。

それからしばらくしてまた男は罪の泉を訪れた。


「女神様、おろかな私はついカッとなって人を殺めてしまいました!

 どうかこの泉で罪をすすがせてはくれませんか?」


「よろしい。泉に肩までつかってごらんなさい」


「……ひえっ、冷たっ!!」


「この我慢があなたの罪を浄化するのです」


「あ、ああああ、あの、あのあのあの……もう出てもいいででででですか……」


「まだです」


「か、かかかか、感覚がなくなって……しししし死にそうなんです」


「まだです。まだ罪はすすがれていません」


「あばばばばばば……」


冷たい罪の泉に浸かった男はなんとか心臓を止めまいとマッサージをしながら耐え抜いた。


「あなたの罪はこの泉に溶け出しましたよ」


「ああああ、ありがとうございます……」


男は泉から上がると寒さに震える体で感謝した。

森から戻った男には殺人の罪もきれいさっぱり消えていて、村の人達も何食わぬ顔で接した。


男はこれからはもっと真人間として生まれ変わろうと努力したが、

勤勉に働くのは向いていないし、協調性がないのですぐにケンカになってしまう。


その都度、遠い森の奥まで行っては罪の泉で洗い流していたが、だんだんそれも面倒になってきた。


「そうだ。泉の水を全部抜いちまおう」


男は女神の不在を狙って、罪の泉を満たしている水を必死にバケツでかきだした。

かきだされ泉の水は容器につめて村の自分の地下室へと運んだ。


その作業は何日も何日も続いた。

何度も往復するので汗びっしょりの泥だらけになりながらも男は続けた。


そうして自分の地下室に罪の泉の水すべてを運ぶことができた。


「ようし、これで悪さしほうだいだ!!」


今までは森まで行く手間があったので、もう悪さしないと誓ったものだが

こんなに近くに罪を洗い流せる水があるのなら話は別。


罪を見逃してもらえる免罪符を手にした男は悪さし放題。

どんなに悪さをしても泉の水を使えばリセットされる。


とはいえ、罪の度合いに応じて冷たい水に長時間浸かるのは大変。

男は罪の泉をわかしてお風呂にしてしまった。


「わっはっは。これならいくらでも浸かってられるぜ!」


風呂に浸かった男はすっかり上機嫌だった。

そして、これをあえて自分の悪い仲間たちにも教えてやった。


「実は俺の家の風呂は罪を洗い流せる風呂なんだよ」


「そ、そんなばかな!?」


「お前も罪を湯に溶かして、みんなから追われる日々から抜け出したいだろう?」


「ああ抜け出したい! たのむ! 風呂に入れてくれ!!」


「だったら、お前の全財産をよこすんだな。

 それで人生を再スタートできるなら安いものだろう?」


「わかった! 渡すよ!! 罪をすすがせてくれ!!」


罪のリセットができるなら悪い仲間たちは喜んで全財産を差し出した。

自分から手を汚すことなく金儲けできた男は大満足。


何人もの命を奪った殺人鬼。

幾度となく盗みを働いた大泥棒。

多くの人を騙した詐欺師。

さらには国家転覆を狙うテロリストまで。


さまざまな悪人を呼び寄せては自分の風呂に入れてやった。


最初は澄んだ色をしていた罪の泉の水も、今では人の脂が浮いた汚い色になっていた。

森にあったときは時間とともにろ過されたが風呂にためていてはそれもできない。


「……ここいらが最後かな。なんかもう罪を洗い流せなさそうだ」


男は罪の風呂へと入ることなく、お湯を捨てるように使用人へ命じた。

悪人を呼び寄せてのお風呂事業は大成功で、男は大金持ちになっていた。


そんな成り上がりを聞いた一国の王は、ぜひ悪人の話を聞きたいと王国へ招待することに。


かつてはスラムの貧乏悪人だった男が王に謁見できると聞いて大喜び。

王室の人間と人脈ができれば、ますます出席できるかもと男は画策した。


「おい! 俺の服はどこだ!!」


「ご主人さま、こちらに」


「お前ふざけてるのか!! 王への謁見だぞ!?

 こんなラフな格好で王城の門をくぐれると思ってるのか!」


「す、すみませんっ」


「あれをだせ! 俺のお気に入りの服だ!」


「しかしご主人さま、あの服はこないだ森から泥だらけで帰ったあと洗濯したばかりで……」


「その服だけ急いで乾かせばいいだろう! 早くしろ!!」


男は金で使用人をひっぱたくと、すぐに自慢の服を用意させた。

スパンコールをつけてギラギラと光るお気に入りの服を着た男は王城へと馳せ参じた。


「王の謁見の予定でやってきた! さあ、この門を開けてくれ!!」


男はどや顔で兵士たちに命じた。

兵士たちは男の顔を見るなり、険しい顔になって叫んだ。


「こいつ、殺人鬼で泥棒で詐欺師でテロリストだ!! 捕まえろーー!!」


「え、えええ!? そんなことしてないよ!?」


男は兵士にぼこぼこにされて身ぐるみ剥がされ、王国の地下牢へとぶち込まれた。

殴られた拍子に血のついた服は男の家へと送り返された。


事情を知らない使用人は送り返された服を見て困惑した。


「ご主人さまったら、またこんなに服を汚して……また洗い物が増える……」



ふたたび、使用人は風呂にまだ残るお湯で汚れた主人の服を洗っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

罪の泉の水、全部抜く作戦 ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ