「ぷはあ」


「おつかれさま」


 手が伸びてきて。引き上げられる。波止場。


「爆破は確認したわ。仕事は完璧ね。報酬は何がいいの?」


「それよりも」


 協力者。ごほごほと、むせている。


「電話あるか。警察に電話しろ。カップルが小型船で退避している」


「なによ。船員助けたの?」


「盗品なんぞと一緒に殺すことはないだろうが」


「全員、盗品を盗品と知らずに取引してるばかどもよ。海に消してしまったほうが」


「だめだね。たとえばかだろうと、幸せそうなカップルを海に沈めるのはごめんだ」


「おやさしいことで」


「電話しろ。はやく」


「電話の必要はないわよ。管区からヘリが来てるわ。新式のステルスヘリが」


「そうか。よかった」


「報酬の話をしましょう」


「その前に。俺に。見覚えは。ないか」


「何言ってんのよ」


 男の姿。服はびしょびしょ。顔は煤だらけ。わかめなのか昆布なのか分からない海藻も貼り付いている。


「俺はお前に見覚えがあるけどな」


「なんの話よ。やりとりは全部足がつかない方法だし、これが初対面でしょ」


「あの日も。そんな顔をしてたよ。しにたいような顔をな」


 女が。何かに。気付く。


「初めて会った日だな。コンビニで買った安物の日本酒を、からくて呑めないって言いながらちびちび呑んでた」


「うそ、でしょ」


「お前がいなくなってからさ。俺、酒をってたんだよ。もしかしたら、生きててさ。いつか、逢えるかも、しれないってな」


「なんでここに。なんで」


「たまたまだよ。盗品なんぞと一緒にカップルが沈みそうだったから、助けた。それだけだ」


「あなたは。いつも。そうやって、見境なく助けるんだから」


「見境がないわけでもないよ。助けたいと思った人間しか、助けない」


「わたしも?」


「おまえは特別だし、助けようなんて」


「そっか。そうだよね」


「俺が。助けられてたから。助けたいとは思うけど、無理だとも、思ってる。釣り合わないのさ。おまえのやさしさの前では。俺なんか霞んじまう」


「なに言ってるのよ」


「おまえが、これからも、幸せでいること。それが、報酬ってことにしてくれ。じゃあな。生きてて、よかったよ。顔が見れた。生きていてくれた。それだけで俺はいいよ」


 男が、立ち上がる。よろよろと、力なく。


「日本酒」


「あ?」


「わたしが幸せになるには。その報酬のためには、必要なものがふたつあるわ」


「なんの話だ」


「コンビニで日本酒買ってきて」


「日本酒が、おまえの幸せか。からくて呑めないって」


「買って、ここに戻ってきて。わたしと、いて。わたしが幸せになるには。お酒と、あなたが必要、だから」


「そうか」


「また。初めて会ったときみたいに。からくて呑めないやつを。ここに」


「そんな、しにたそうな顔をするなよ。買ってきてやる。だから泣くな」


「泣いてない。泣いてないわ」

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