⚓ラストクルーズ・アルファ (15分間)

春嵐

01 アルファ

 彼女が死んだと報道されてから。日付が変われば、ちょうど十年。


「長かったなあ」


 夜。甲板。カップルでごった返す、豪華客船。


 船外から持ち込んだ炭酸飲料のふたを開けて。夜景を見ながら、ちびちびと呑む。


 彼女がいなくなってから、酒はっていた。願掛けみたいな、ものかもしれない。


 彼女は、どこかできっと。生きている。そう信じていられるから、自分は今日も生きていける。


 彼女が、自分にとっての。文字通りの生命線だった。生き方も死に方もろくに知らない自分に、寄り添って、一緒にいてくれた。それだけで。彼女のためなら、何をしてもいいと思っていた。


「なつかしいな」


 湾岸線の、街の夜景。綺麗に、にじむ。


 いちど、彼女に言ったことがある。お前のためなら、俺はなんだってやる。何か、つらかったり、大変なことがあったら。俺が代わりになる。


 彼女は、それを聞いてさびしそうに笑った。ありがとうと口では言っていたけど。きっと、俺ではどうしようもないことを肚の底に抱えている。それを隠して、笑う彼女に。寄り添って、一緒にいてやりたいと。思った。


 でも、彼女は。


 死んだ。


 信じなかった。


 彼女は。


「生きてるさ。きっと、どこかで」


 自分は、そうやって。なんとかして、日々を紡いでいる。


 彼女が、肚の底に抱えているもの。なんだったんだろうか。


 やっぱり。


「いや、なんというか」


 口に出すのはやめた。


 きっと。


 自分と出逢う前の、恋人のこととか、だろうな。生まれつきあんなにやさしい人間なんて。存在しない。傷ついて。傷つけて。その果てにあるやさしさのようなものを、彼女は持っていた。そして俺にも、やさしかった。


「甲板から。あなたに向けて。乾杯」


 ちいさく、呟く。夜景に向けて、炭酸飲料を傾けながら。


 俺と出逢って。


 少しの間だけ、だけど。俺の側に、いてくれて。ありがとう。


 せめて今日だけは。あなたのことを、思い出していたい。


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