【完結】愛することと、死ぬことは同じ

かしこまりこ

第1話

 エリカが部屋に入ると、そこにいた女たちがみな、口をつぐんだ。エリカは気にもとめない。いつものことだ。エリカを好ましく思う貴族の女など一人もいない。


 エリカは、従者のアランに下がるように命じる。従者は別の部屋で主人を待たなければならない。他の従者から見下されないように、アランには上質な服を着せるようにしている。それでも、アランはいつもひどい目にあわされているようだ。寝所に召しあげるとき、いつも新しい傷を発見する。


「ごきげんよう。」お茶会の主催者であるナオミが話しかけた。


「ごきげんよう。」とだけ、エリカが答えると、他の貴族の女たちがひそやかに嘲笑する。


 ナオミはこの星で、もっとも美しく、権威があるとされている女だ。身分が上のものに話しかけられたら、気のいた賛めことばで返すのが常識だ。ナオミのように完璧な女であれば、教科書通りの、どの常套句じょうとうくを口にしても外れるということはない。


 この星は、人口の一パーセントにも満たない貴族の女が、すべての権力をにぎっている。貴族に男はいない。平民の男女がすべての労働を行う。平民の中で最上階級に属する者だけが、貴族に仕えることが許される。その者たちでさえ、貴族の女にしてみれば、気に入った筆記用具よりも取るに足らない存在だ。


 貴族の女の仕事は、子を生むこと。美しくあること。教養を身につけること。


 エリカは、そのどれも忌避きひしている。


 過酷な生活を強いられる平民の寿命は短い。貴族の女の半分も生きられない。それでも、エリカは下働きの女たちをうらやんでいる。粗末な食事をし、ムチで打たれ、台所の床にはいつくばったまま一生を終えるほうが、無意味で忌々しい貴族としての日々を生きながらえるより、よほど救いがあるとエリカは思う。


 ここにいる貴族の女たち全員を、エリカは心の底から軽蔑している。この女たちに賛辞のことばを贈るくらいなら、今ここで死ぬほうがいい。


「今日は、ハレの月が一段と輝いておりますけれども、ケの月には雲がかかっているようですわね。」


 貴族の女の一人が、とりなすようにナオミに言う。ナオミはニコリとして、みなが席につくのを待つ。


 この星には、月が二つある。大きさに若干の差があり、大きいほうがハレの月、小さいほうがケの月と呼ばれる。ハレの月は「強者」「味方」「善人」を表し、ケの月は「弱者」「敵」「悪人」の隠語として使われることがある。


 先ほどの女の言葉は、「ナオミは今日も一段と美しいが、エリカはみにく愚鈍ぐどんである」とあからさまに言っている。隠語をこのように直接的に使ってくるのは、エリカがその程度の教養しか持ち合わせていないと思われているからだ。


 お茶会で、エリカは何もしゃべらない。それは、この星の社交界において、常軌じょうきいっした愚行ぐこうだ。しかし、なぜかエリカは、ナオミのお茶会でどんなに無作法をはたらいても、ナオミから処罰やいやがらせを受けたことがない。

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