89話最後の日

あっという間に二週間が過ぎ、いよいよ旅立ちの前日となる。


カグラと普通のデートをしたり、模擬戦をしたり……。


ついでに、ダインさんやアスナとも模擬戦したり……。


クロイス殿やクレハさんとお茶をしたりと……。


短い時間だが、中々濃密な時間を過ごせたと思う。


いや、短いからこそ……その時間を大事に過ごせたのだと思う。


そして……寂しいが、これくらいで良かったのかもしれない。


滞在時間が長ければ長いほど——別れは寂しくなるだろうから。





そして、最後の晩餐となる。


皆さんと会話をしつつ、料理を食べ……。


楽しい時間が過ぎ、締めの挨拶としてクロイス殿が壇上に立つ。



「皆の者! アレス様は明日よりグロリア王国に親善大使として任務に赴く! かの国とは戦争こそないが、関係はあまり良いとは言えない! きっとアレス様には困難が待ち受けているだろう! しかし、アレス様は仰った! 必ず我が娘を娶りに、この地に帰ってくると!皆、それを楽しみして一年を過ごそうではないか!」


「オオオオオォォォ——!!」


めちゃくちゃ盛り上がって……嬉しいな。


「うむ、アレス様……最後に、一言頂けますか?」


「はい、もちろんです」


席を立ち、宴会場の壇上に上がる。


「静粛に! アレス様よりお言葉がある!」


「皆の者、まずは感謝を伝えたいと思います。私は聖痕がない、出来損ないと言われる第三皇子です。幼い頃は、それを苦々しく思うこともありましたが……今はありません。むしろ、良かったとさえ思えます」


皆の視線に熱を感じる。


「それがなかったからこそ、色々な方に助けて頂きました。もしかしたら、聖痕を持っていたら大切な人達とも関係性が変わっていたかもしれません。そして、そんな風に思えるようになったのも……カグラのおかげです」


「ふえっ!? せ、拙者ですか!?」


名前が出てくると思っていなかったのか、カグラが驚いている。


「皆さんは当然ご存知かと思いますが、彼女はとても真っ直ぐな子ですね。出会った日のことは、今でも覚えています。いきなり拙者と名乗り、仲良くして欲しいと言われたものですから」


「クスクス」


「お嬢様らしいな」


「ほんとね」


「あぅぅ……恥ずかしいのだ」


「正直言って、最初は変な子だなって思ってました。出来損ないと言われる俺に、侯爵家の女の子が何故近づいてきたのか……もちろん、あとで理由は聞きました。そして、私はすぐに彼女を気に入ってしまいました。もう一人の婚約者であるセレナは平民なのですが、彼女は出会った日から今日に至るまで、彼女に偉そうな態度をとったことはありません。婚約者となってからも、友達として対等な関係を築こうとしております」


「あ、当たり前なのだっ!」


「ふふ……あの子らしいわね、あなた」


「ああ、嬉しく思うな」


「は、母上、父上……」


「二人の結婚相手の私としては、物凄く有り難いことです。そして、私自身も彼女に助けられました。恥ずかしながら、大臣や貴族から色々と言われてしまうのですが……私が落ち込みそうになると、彼女がいつも言うのです。アレス様はすごい、アレス様を尊敬してます、アレス様が……好きだと」


「はぃ……」


「その言葉を、その笑顔を見るたびに、私は元気づけられました。そして、そんな彼女に惹かれていき、いつのまにか好きになっていましたね。そして、彼女のためにも強くなろうと決心したものです」


「アレス様……」


「カグラ、ありがとう。君の励ましのおかげで、俺はここまで来れた気がする。少し困ったところもあるけど、それも楽しいと思ってる」


「グス……は、はぃ」


カグラの目から一粒の涙が溢れる。


「少し話が長くなってしまいましたが……つまり、ここにいる皆さんのおかげでもあるということです。ここにきてすぐにわかりました、カグラがどんなに愛されて育ったか。それこそ、貴族も平民も末端の兵士も使用人も関係なく……ここにいる皆さんが、カグラを真っ直ぐな素敵な女の子に育ててくれたのですね。ありがとうございます、お陰で私もそれなりにましな男になれたと思います」


「そうですよ!」


「カグラお嬢さんはみんなの娘だっ!」


「みんな……ありがとうなのだ」


「ええ、わかっております。なので、宣言します。必ずや、ここに戻ってくると。それも、皆に愛されるカグラに相応しい男になって」


「お待ちしてます!」


「その間は我々にお任せを!」


「ありがとうございます……それでは、これにて終了とさせて頂きます」


こうして、最後の晩餐会は終わった。


あとは、明日に備えて寝るだけだな。










……はて? どうしてこうなった?


「ふ、ふつつか者ですが、よろしくお願い申し上げます!」


「いや、待って。ねっ、カグラ。まずは状況を整理しよう」


寝ようとしたら、カグラが部屋に突撃してきた。

もしカグラが刺客だったら、俺の命はなくなっていただろう。


「は、母上が……」


「あらあら、ごめんなさいね」


扉からクレハさんが顔を出す。


「えっと?」


「一年も会えないわけですから。最後の夜くらいは、一緒に寝てあげて頂けないでしょうか?」


「い、いや、それはまずいのでは?」


婚約者とはいえ、まだ結婚したわけでもない男女が……。

それに、俺とて思春期なわけだし……。


「おや? 婚約破棄する予定でも?」


「ふぇ!? あ、アレス様!?」


「ゆ、揺さぶるんじゃないっ! 肩が取れちゃう!」


「ご、ごめんなさい!」


「ふふ、別に手を出してもいいですよ?」


「出しませんからっ!」


「だ、出さないのですか?」


「前も言ったろ。女性の身体は、まだ成長過程で未熟だ。なので、負担が大きすぎる」


「あらあら……アレス様は女性のことを考えられる良い殿方ですわね」


「そうなのだっ!」


「というわけなんで、カグラは帰りなさい」


「嫌なのだっ!」


「えぇ〜……」


顔を膨らませ、断固として動かない姿勢を示している。

うーん、可愛い……って、違う違う!


「だ、だって、一年も会えないのだ……寂しいのだ」


「カグラ……」


「アレス様、素敵な殿方なら婚約者の願いを叶えて差し上げないと」


……まあ、それもそうか。

単純に、俺が自分を律すれば良いだけの話か。


「わかったよ、カグラ。ただし、普通に寝るだけだからね?」


「手、手は繋いでもいいですか……?」


しおらしくなると、ドキッとするからやめてくれ……。

これだから天然は怖い。


「ああ、それくらいなら良いよ」


「わぁーい! やったのだっ!」


「ふふ……アレス様、ありがとうございます」


「いえ、義母さんになる人の頼みですから。今のうちに点数を稼がないといけませんし」


「あら……これはこれは。ええ、ばっちしですわ」


「アレス様! 早く寝るのだっ!」


振り返ると、すでにベッドの中に入っている。


……えっ? 一緒の布団なの?


「今更ダメとは言えないな……」


仕方ないので、同じベッドの中に入る。


「では、私はこれで。お休みなさいませ」


「はい、おやすみなさい」


「お、おやすみなさい!」


クレハさんが出て行き、いよいよ二人きりになる。


「えへへ……アレス様の手あったかいのだ。それに、良い匂いがするのだ」


……落ち着け、俺。

こういう時こそ、和馬の出番だ。

相手は十二歳、俺も十二歳、いたすには早すぎる……これで良し。


「カグラ……あれ? ………はは、こいつはまいったな」


「ピスー……むにゃ……アレス様……」


いやいや、寝つき良過ぎだろ……。


それに、どんな夢を見ているんだか……。


「おやすみ、カグラ」


カグラの可愛い寝顔を見つつ、俺も安らかな眠りにつくのだった……。

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