79話それぞれの別れの時
結婚式から数日が過ぎ、いよいよしばしの別れの時がやってくる。
一番早く旅立つのはカグラだった。
「カグラ、泣かないでくれ。また、みんなで会えるさ」
「うぅー……寂しいのだ」
「俺も用事を済ませたら、挨拶も兼ねて行くからさ」
「でも……あんまり良くないって」
「そうだな、確かに色々と言われてしまうかもな。ただ、そこだけは押し通すつもりだ。そうだ、それまでに料理なんか覚えててくれたら嬉しいかな?」
どうやら、俺は少々やり過ぎたらしい。
色々なところから、色々な意味で目をつけられてしまった。
「アレス様……はいっ! 頑張るのだっ! 待っておりますっ!」
そう言い、ようやく笑顔を見せてくれる。
よし、胃薬の準備をしておこう。
一応念のために……。
「カグラちゃん、お休みになったら会いに行くねっ!」
「セレナ! 約束だぞ!」
「うんっ!」
二人が涙を浮かべつつ、抱き合っている。
セレナは宮廷魔道士見習いとして、これから皇城で働き出す。
カグラと会えるのは、しばらく先になるだろう。
「カグラさん、お元気で」
「オルガ、言っておくが……拙者は奥方としてアレス様の隣にいるが、戦場でもアレス様の隣に居続けるつもりなのだ」
「欲張りな方ですね。いいでしょう、では負けないように研鑽を積むとします」
二人はがっちりと握手をする。
この二人は友であり、良きライバルでもあるようだ。
それに挟まれてる俺としては、少し照れくさいけどね。
そして……カグラが馬車に乗り込む。
「みんなー! 本当にありがとうっ! みんなのおかげで、拙者は掛け替えのない存在を知ることができたのだ! また会える日を楽しみにしてるのだー!」
そう言い、手を振りながら馬車は走り去って行く。
その馬車が見えなくなるまで、俺たちは手を振り続けるのだった……。
それから数日後、また新たな一人が旅立って行く。
残念なことに、セレナは既に忙しくて見送りには来れなかった。
ただ、前日にお別れの挨拶はしてある。
「それでは、行ってきます」
「ああ、気をつけてね」
「アレス様こそ、気をつけてくださいね? これからは、色々と動きそうですから」
「まあね……今も少し面倒なことになってるからね。留学前に、一度行きたかったけど」
とある理由により、オルガの領地にはいけなくなった。
このままだと、カグラの領地にすら行けるか怪しいくらいだ。
「いえ、無理をなさらずに。きちんと、父上達には報告をしておきます」
「うん、俺の方でも手紙を書くよ。もちろん、友達のオルガにも」
「アレス様……僕は、貴方に会えて良かった。どうして我が家は不当な扱いを受けるのかと常々思っておりました。国境付近という要所を任されているのに爵位は上がらず、責任ばかりが増していく。こちらにきても、貴族達には見下されて……でも、そんな中貴方だけが違った。僕を男爵だからと見下すこともなく、それどころか友とまで呼んでくださいました。何より……領地に来て父上に相談され、色々と手配してくださいました」
「俺は何もしてないよ。ただ、今までの功績に見合ったものがきちんと与えられただけだよ」
オルガの家の爵位は、これから上がる予定だ。
俺が父上に進言し、俺が皇都の政治に関与しないことを条件に議会で認めさせた。
そうしないといけない理由があったからだ。
「しかし、アレス様の立場が……」
「いいんだ。俺はどっちにしろ、政治に関わる気は無かったから」
「……貴方のような方こそ……いえ、忘れてください」
「うん、そうするよ」
「オルガ」
タイミングを見計らって、カイゼルがやってくる。
「師匠……短い間ですが、お世話になりましたっ!」
「お主の頑張りには眼を見張るものがあった。胸を張って領地に帰ると良い。アレス様やカグラと己を比較して落ち込むことはない。お主とてたゆまぬ努力を続けていけば、その高みへと行けるだろう」
「は、はいっ! これからも言われた通りの鍛錬を重ねてまいります!」
「うむ、また会える時を楽しみにしていよう」
「じゃあ、邪魔者は去るとしようか。オルガ、また会える日を楽しみにしてるよ」
「はいっ! 僕もです! アラドヴァル家の者として、貴方の友として、必ずや貴方の力になれるように研鑽を積んでまいります!」
「そっか、俺も負けないように頑張らないとね。カイゼル、いくよ」
「御意」
カイゼルを連れて、振り返らずに家の中へと戻る。
きっと今頃、カエラと最後の挨拶をしてるだろうから……。
それから、しばらく家の中で待っていると……。
「アレス様、オルガ君は行きましたよ」
少し眼を腫らしたカエラが帰ってくる。
「そっか、カエラは」
「それは言わない約束ですよ、アレス様。私は、ここに残ります。ただでさえ、貴方がいなくなることでエリカ様が大変なのに……私は、ここでエリナ様とエリカ様、カイゼルさんとお待ちしてますから。そ、それに……オルガ君が必ず迎えに来るって言いましたから」
「へえ、オルガもやるね。それでこそ、大事なカエラを任せられるってもんだ」
「もう! 私のことは良いですよ! それより……」
「わかってるよ。もう一度行ってくる」
階段を上っていき、エリカがいる部屋へと向かう。
「エリカ?」
「やっ!」
「こら、嫌じゃないでしょ? 入って良いわ」
「失礼します」
扉を開けて中に入ると……泣き腫らした顔をしたエリカがいる。
今朝、俺がいなくなることを告げたらこうなった。
「むー!」
「エリカ、機嫌を直してくれ。お兄ちゃんだって、寂しいんだから」
「じゃあいかないで!」
「いや、そういうわけには……」
「おにいちゃんはわたしが嫌いなんだっ!」
ゴハッ!? い、いかん! ダメージがでかい!
「エリカ!」
「マ、ママ……」
「そんなわけないでしょう? お兄ちゃんに謝りなさい」
「いや、母上……」
「アレスは黙ってなさい」
「はいっ!」
「エリカ、お兄ちゃんは私達のために、これから頑張ってくれるのよ?」
「あぅ?」
「私達が今、こうして平和に暮らせるのもお兄ちゃんのおかげなのよ。アレスが頑張ってくれたから……私が不甲斐ないばかりに……」
「ママ……どっかいたい?」
「母上……」
「だから、怒るならママを怒りなさい……」
「うぅー……?」
「エリカ、いずれ分かる時が来る。別に俺を嫌いになっても良い。ただ、母上のことよろしく頼むな」
「き、嫌いじゃないもん! ご、ごめんなさいぃぃ! わぁーん!」
「はいはい、可愛い顔が台無しだぞ?」
母上からエリカを受け取り、優しく抱き上げる。
「き、きらいになった……?」
「なるわけないさ。エリカ、お兄ちゃんはお前が大好きだからな」
「うぅー……すぐかえってくるの?」
「どうだろうな……少し長くなってしまうかも」
状況が色々と変わり、俺は早めにここを出て行かなくてはならなくなった。
「グスッ……」
「だが、約束する。必ずや帰ってくると」
「……ホント?」
「ああ、本当だ。お兄ちゃんが嘘をついたことあるか?」
「……ないもん」
「じゃあ、良い子で待てるかな?」
「良い子だったら、おにぃちゃんよろこぶ……?」
「ああ、もちろんだ。安心して行けるってもんだ」
「じゃあ……頑張る」
「おっ?」
「ヒルダおねえちゃんが言ってたもん……おにぃちゃんにはやることがいっぱいあって……それを笑顔で見送るのが良い女だって」
おいおい、何を言ったんだ?
「そっか、ヒルダ姉さんは良い女だからな。なれると良いな?」
「うんっ!」
「では、それを楽しみにしてるよ」
さて……俺も、これからのことを考えていかないとな。
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